第3話一知半解、イレブンシス
*
グレイストン公爵夫妻が部屋を出た後程なくして、控えめなノックと共に扉が開き、銀色のトレイを持ったメイドが入ってくる。襟と袖口だけ白色なシックな黒のロングワンピースに、真っ白なエプロンとカチューシャを付けた……俗に言うクラシックスタイルなメイド服を着用している彼女は、見たところ現実世界の私と同じ程度、二十代半ばから後半頃といったところだろうか。ダークブラウンの髪をシニヨンにして纏めた美人さんだ。
彼女が持つトレイの上には白磁のティーポットとティーカップが二脚。それから黄色い箱が目印な某ブロックタイプのバランス栄養食品を思わせる、長方形の焼き菓子を──多分ショートブレッドだ──乗せた平皿。
「
そう言って、メイドは恭しい仕草で応接テーブルに給仕し、ティーポットの中身をカップに注ぐと一礼して去っていく。注がれたのはミルクティー。多分アールグレイを使用したものだろう。
日本だと近年までは柑橘フレーバーのアールグレイでミルクティーは専門店での喫茶室でも眉を顰められるものだったけど、この世界のモデルになってる英国ではミルクティーといえばアールグレイってくらいに定番の一つなんだよな。まだうら若き十代だった学生の頃、別作品由来で紅茶に興味持った時に、専門店でアールグレイのミルクティー頼んで店員さんに「柑橘の爽やかさが死ぬのでオススメ出来ません」と言われ、恥ずかしい思いをした記憶は現在に於いてモヤモヤする思い出になっています、ありがとうございます。
……まぁ最近はネットの発達のせいか、大手飲料メーカーもアールグレイ使用を謳ったミルクティー出してるくらいには、日本でも定着しつつあるけどね。
それはさておき。
目の前に置かれたバターをふんだんに使ったサックサクのブロック型クッキー、もといショートブレッドとミルクティーを一頻り堪能したあと
「……さてアリシア、一先ずこちら側の状況を改めてキチンと確認したいのだけど、今は中二の夏休みでいいのよね?」
私の問いかけにアリシアはこくりと頷いた。
ちなみに今更だが、ゲーム作中舞台の大部分を占めるレイクランド魔術学園は日本でいう中高一貫の全寮制学校である。生徒の年齢も十三歳から十八歳まで。所謂パブリックスクールをモデルにしている格好だ。
しかも学園自体が超名門を誇っており、その伝統と格式に相応しい家柄な令息・令嬢が生徒の大半を占めているというおハイソ学校。
そしてその中でも特に錚々たる二世達が集うのが、アリシアとルキアの在籍するクラス。
主人公であるアリシアは特殊な魔力を持つ特別枠で入学を許可された庶民層の出身だが、他のクラスメイトは総じて親が有名企業や大地主、芸能人などの著名人、それからルキアのような世襲貴族や、国の要職についている職業貴族(こちらは一代限りの称号だ)の出身であり、更にそこに皇太子やその従兄弟である第二王位継承権保持者も混ざっている……という、割とぶっ飛んだおハイソ具合である。
一代貴族の子供たちも、首相を筆頭に国立銀行頭取やら国防省高官を親にもってる奴らだしなぁ。あのクラス全員人質に取るだけで、やり方によっては国家転覆狙えるレベルなんじゃないんだろうか。前作ラスボスがマッド系研究者でその辺りを微塵も考えてないタイプでヨカッタヨナー。
なおこのクラス、六年間クラス替え無しである。
というのも、一年生の時分から毎年学年末、そして最終学年はこれまでの学園生活の総決算を賭けた「クラス対抗杯」を、他の同級クラスと競い合っているからだ。
あ、クラス対抗杯ってのはアレ。映画化で世界的ヒットを飛ばした──丸眼鏡に額の傷がトレードマークな主人公と親友二名の冒険譚を描く──英国産某魔法学校もの児童小説で、作中四つの寮がポイントを競い合っていたアレみたいなものと思ってもらえばいい。それのクラス版であり、元からモデルとなった国に現実にある伝統的な学校文化だそうだ。
更についでに、最初に中高一貫と説明したり日本式に〇年生と言っているが、作中ではモデル本国と同様に年齢数+年生呼びが使われていたりする。例えば、中一は十三年生、中二は十四年生といった風に──……
──て。
「あれ? もしかしなくても、さっきからずっと私たち日本語で会話してる?」
中学校も中二も今めっちゃフツーに伝わってましたよね?
そう気付いた途端脳直で漏らした言葉に、アリシアはやはりきょとんとした顔で小首を傾げる。そのリアクションに私も釣られて小首を傾げ……
いやいや傾げてる場合じゃないから!あれ?これ私がおかしいの?それともご都合主義的に──というかゲームのムービー演出として「洋画の翻訳・吹き替え形式」みたいな出し方してくる事があったから、それに則って──向こうにはこちらの日本語が、こちらには向こうの英語がそれらしくロスタイムなしで母国語吹き替えで伝わってるとか、そういう感じに処理してる的な……?
「……えっと、私にはアイワス様の言葉は英語に聞こえますけど。というか日本……?」
疑念に思った瞬間アリシアに答えを言われた。ついでにばっちり聞こえていたらしい日本語の部分に反応されてしまった。……仕方ない、ここは素直に白状しておこう。
「ええ。こっちの……魔法世界の方ではヒノモトと言う国ね、確か。非魔法世界だと私の世界と同じに、日本なはず。この国がエグバート王国であり、非魔法世界のイングランドと相違の関係にあるように。まぁ次元そのものは違うのだけれど、基本的には国名とかそういうものは同じよ」
英語圏ではないどころかヨーロッパも飛び越えた極東の島国の名前にアリシアはパチパチ目を瞬かせ、それから何故かずいっと距離を狭めて、ちょっと気合い入った風に聞いて来る。
「本当に日本の、ヒノモトの方ですか?! あのプレイストリームとか、万天堂のポケットペットとかで有名な、あの!!」
わー、よく創作物である商標やメーカー名を元ネタ露骨に分かるレベルで改変したセリフだぁー。て、まあついさっきまで元ネタの国名諸々を微妙にボカシた感じにしか表現してなかった私が言うのかよな感じだけど。
いやいや、今はそんな事マルっとどうでもよくて!
「多分そうだけど……アリシア、意外とゲーム好きなの?」
「えっ! ええ、まあ……ち、父の影響といいますか……」
「そうなのね。ふふ、私もゲーム好きよ」
ただ気に入ったタイトルやシリーズ以外しない上に、一本につき年単位でやり込むから流行り廃りは全く分からない系なオタクですけどね。でなきゃこの世界の大元である「青春サーティーン」に八年も居座れないっていうか。だからアリシア曰くの万天堂ポケットシリーズとかも新作出る度色んなとこでお祭り騒ぎになってるけど、私個人は初期のアニメチラ見したくらいで手ぇつけてないんだよなー。まあ当然その辺りは口に出さないけど。
でもってゲーム好きがバレて照れてるアリシアかーわーいーいー!
って、いかんいかん。ついついアリシアの可愛さに現実逃避モードが加速していってるが、今の状況をちゃんと飲み込んでおかねば。
前作では新入生──もとい十三年生の新学期開始の九月から、十四年生終業時の七月終わりまでが描かれていて、新作はPVで出ていた夏休み中の女王陛下への謁見イベ……前作サラッとおさらいを含んだムービーから始まり、三年生──十五年生一学期九月がゲーム開始となっている。
前作はアリシア曰くのプレイストリームⅢで出ていて、今回はプレイストリームⅣでの発売なためデータの引き継ぎが出来ず、前作のクラスメイト達とは問答無用の全員親友エンド且つストーリーはトゥルーエンド後から開始らしいという情報までは把握済。
そして先からのアリシアの話や状況、グレイストン夫妻の口ぶりから今が前作と新作の狭間だろうことはほぼほぼ確定済みなのだが、万一にもこの奇妙な脳内妄想世界での生活が長引いた時のために新作開幕を飾る女王陛下謁見イベまでどのくらい時間があるのかや、クラスメイト達の友情度やカプ関連がどうなっているのかを知っておきたい。
特にクラスメイトのカプ関連超重要。前作セーブデータ引き継ぎ設定だった場合はワタシ得……こほん、こうラノベとかでよくある事故った衝撃でゲーム世界でキャラ成り代わりみたいなものでなく、完全無欠な妄想明晰夢でFA出来るし。
……うん、実はその辺りの想定も一応はしている。とはいえ、さすがにそれは薄いと思うけど。もし成り代わり転生とかいうのなら、オーソドックスに前作のゲームスタート時点スタートか、楽しみにしていた新作開始時点がセオリーだろう。しかし現状は、妄想の余地のある空白地帯な時点な訳で。
そんな事を考えながら、私は口を開く。
「話を戻すけど、今は十四年生終わりの夏休みで間違いないのよね。……確か、法の書事件の功労者という事で貴方とルキアは女王陛下に謁見する予定が入っていると思うけど」
「ええ。陛下が是非に話を聞きたいと言っていたと、アーサー経由でお茶会のお誘いを頂いて」
アーサーか。なるほど。
現女王陛下の一人息子であり彼女達のクラスメイトでもある、金髪にオリーブグリーンの瞳を持つ皇太子の顔を思い浮かべて、私は納得した。
「という事は、貴方がルキアの御屋敷にいるのを鑑みると、そのお茶会まであまり日数がない感じととっていいのかしら?」
「いえ、私はあの日から意識を失ったままのルキアさんの看病を申し出て……夏の間の逗留をグレイストン公爵にお許し頂けたので居座ってるというか……」
少し照れくさそうな顔でアリシアはそう答えたあと、話題を変えるためにだろう、コホンと一つ咳払いをし
「今日は八月七日なので、陛下とお会いするのは十三日後の二十日の予定になっています」
「十三日後」
「はい。そしてあの日から今日で十三日目です」
その言葉に、ドキリとする。
七月二十六日、終業式──エンディングの前日。ラスボスとの最終決戦日。
私からしたら八年前に初めてクリアして以来、毎年感慨に耽ってしまう日であるが、そうだよな。今目の前にいるアリシアからしたらまだたった十三日前の事なんだよな……。
それはそれとして、流石「青春サーティーン」。というか寧ろさすが私。タイトル通りに色々と「十三縛り」が効いていた前作に準えて設定する辺りがこう……こう、な?二次創作者あるあると言うか……。
出来るだけ原作に準拠させながら脳内妄想満開にさせるのは得意です、お任せください。
などと、やはり隙あらば現実逃避する私の横で、アリシアは思い詰めたような顔をしながら続ける。
「その間ずっとルキアさんは目を醒さず、ようやく目が醒めたと思ったらアイワス様が中にいらっしゃる状態で……しかも学園に入った私を導いてくださった方と言うことで、今はすごく驚いていますけど……」
その表情に罪悪感が募る。
いつも人目のあるところでは人当たりよく、クラスメイトだけでなく教師陣からの信頼も篤く、さすが公爵家のご令嬢と言われ続けていたルキアに、人目のない場所で散々といびられ続けていたアリシアだが(ただし黙ってやられっぱなしだった訳では無い。プレイヤー選択肢にもよるけど基本行動は言い返すだったからな……)、その言動がアリシアを助ける為のものであり、最後の最後に命を賭けてアリシアの身代わりになったとあれば、ルキアに対して色々と思い、まずはキチンと話をしたいと願うのが彼女のキャラクターだ。
だから彼女は実家に戻らず、この屋敷に滞在させて貰えるようルキアのご両親にお願いしたのだろう。
それがようようルキアが目を醒ましてみれば、オタクプレイヤーが成り代わりなんて現実が待っていたわけで……如何に私の明晰夢中、パラレル時空内とはいえ、今私の目の前で憂いている彼女の心中は推し量るべくもなく、さぞ複雑だろう。
「……そうなのね。なんだかますます悪いことをしてる気分だわ。グレイストン夫妻も貴方も、今日までルキアの事を心配してたでしょうに……。……よりによって私なんかが成り代わってしまってるんだもの」
「そんな事! アイワス様はいつも、私に正しい道を示してくださったじゃないですかっ!」
私の言葉にアリシアはキッと眦を凛々しく上げて、叫ぶように言ってきた。
彼女のそれが、私の良心にグサッと刺さる。エンディングコンプ目的で割と酷い選択肢選んだり、わざと重要サブイベスキップした周回もあったからなー……あー、あああー……。
私が本当にこの世界の創造主である、メーカーのメインシナリオライターやら世界観設定担当スタッフならば、まだ救いはあるような気がするんですけどね。実態ただのプレイヤーで、二次創作妄想してるどうしようもないオタク以上の代物ではないからね!
ていうか、こういうやりとりは中身私じゃなくて、キチンと中身ルキアなまま、二人で作中アレコレ絡めたヤツでやって欲しかった!はぁーー、なんだこの明晰夢、私の夢のくせに設定使えなさすぎじゃね?
胸中でそう悪態を吐きながら、私は彼女に語りかける。
「……ありがとうアリシア。でも、結果として貴方たちの仲を邪魔しているのは事実だから。彼女に聞きたいこと、言いたい事を貴方はきっとたくさん持っていたでしょ? でないと目覚めるまで御屋敷に逗留して看病を請け負うなんて、しないでしょうし」
「……それは」
言い淀むアリシアに、私はにこりと笑いかけ
「私はそういうアリシアが大好きよ。だからこそ、この二年間の事を沢山話し合う貴方たちが見たかった……今までのまま、貴方を見守りながらね」
「アイワス様……」
「自分をなんか呼ばわりしたのは謝るわ。でも、現状こんな事になってしまっているのも、明らかに私が原因だしね。少しくらい自分を責める物言いになってしまうのは、目を瞑ってちょうだい」
「……」
私のお願いにアリシアは僅かに顔を俯かせ、伏し目がちになった。納得はし辛いが、私の心中を考え押し黙ったといったところか。
私はそれを見ない振りをして、ミルクティーを一口啜り
「ところで、せっかくこうしてお話出来る機会が出来たのだから、貴方の話を聞きたいわ」
「えっ」
「一応見守りはしていたけど、この二年間の学校生活を貴方がどう感じていたのか、貴方自身の口から聞いてみたいなって。それと……出来れば、畏まった感じとか様付けもやめて欲しい。私は貴方達が思うほど、特別な存在というわけではないから。ただ、生きてる次元がほんのちょっと違うだけ」
言えばアリシアは、驚きと困惑で目をパチパチ瞬かせながら「わかりました」と言った後に、はっと口元に手を当てて「……アイワスがそう言うなら」と照れくさそうにはにかんだ。
*
メインストーリーを基軸にサブスト、サブイベ、それらから派生する各種の絆イベントが──クラス全体の団結力が増す「ボンズ」、個人間の友情値が増す「コード」、それから個人間の恋愛値が増す「タイ」の三種類──どの程度起こっているかを把握するために、それとなくアリシアを誘導しながら思い出話に花を咲かせる。
ボンズはメインストーリーを進めていけば勝手にマックスになるのだが、ある程度ボンズが上がらないとコードが発生しないキャラもいるし、タイの方は更にコード値と冒険パートの編成によって発生左右されるし、そうでなくとも自らコミュニケーションしようとアピールしてくる子も居れば、プレイヤーから動かないと交流してこない子も居るからなぁ。
共有する思い出のお陰もあってか、話すうちに畏まった口調が抜けて、いつも通りに柔らかくなったアリシアの話を聞きながら、私は彼女の「思い出」を元に、思い出せる限りの攻略情報を脳内で照らし合わせていく。……とはいえ、かなりのハイボリュームゲームなので手元に攻略本がないのが、ちょっと心許ないが……。
いくらクラスメイト全員好きと言っても、やはりその中に於いても好きの優先順位というのはある訳で。
とまれ、現在進行形で話を聞いている限りではタイの方はあんまり進んでなさそうな……。もしくは、人様の恋模様を口にするのは良くないと思って、且つ恥ずかしさもあって意図的にそっち方面の話題を外されているか。
ただでさえ十四、そろそろ十五歳の思春期真っ只中なお年頃だものなぁ。しかも話題が話題だから、こちらからも余り踏み込んだ事は聞き出せないし……。
さてどうしたものかな、と考えているところにコンコンと控えめなノックの音。はいと返事をすれば扉が開き、お茶を運んできてくれた美人メイドさんが再び姿を現した。
「失礼致します。……あら、イレブンシスのお茶とお菓子は綺麗に売り切れてますね」
「ええ、とても美味しかったので」
言えば彼女はにこりと笑い
「ありがとうございます。食欲が旺盛そうで何よりです。お昼はお嬢様の好きなステーキパイを作ろうと思っていますが、そちらも大丈夫そうです?」
聞かれた言葉に「ええ」とすまし顔で答えながら、ステーキパイって何だっけ?と内心で首を傾げる。メイドさんは私の言葉に頷くと、今度はアリシアの方を向き
「アリシア様も同じメニューで大丈夫でしょうか?」
「はい。よろしくお願い致します」
にこにこ笑顔で答えるアリシアに、メイドさんの眦が僅かに下がった。……まぁそうなるよな、アリシア基本天使だもん。
「畏まりました。ではいつも通り、あと一時間ほどしたらお食事に致しましょう。腕によりを掛けさせていただきますね」
言いながらテキパキとティーセットを片付けた彼女は、そう言って部屋を出ていった。一時間、と区切られた時間に今は何時になったかと室内を見回して時計を探す。
程なく見つけた、部屋の隅に鎮座するアンティークの部類に入りそうな大きな振り子時計の盤面では、長身と短針が間もなく真上で重なろうかというところだった。グレイストン夫妻が出ていってから、間もなく一時間ほど経つ。
私は時計からアリシアに顔を戻すと、そろりと口を開いた。
「……あの、ステーキパイってどういう料理かしら?」
「ああ、お肉のごろっと入ったビーフシチューをパイで包み焼きしたお料理よ。私も大好き。特に今のマーサさんのは絶品だから、期待してて」
「ビーフシチューをパイで……それは確かに聞くだけで美味しそうだわ。楽しみね」
ポットパイ的なものを連想しつつ答えれば、アリシアはニコニコ笑顔で頷いてくる。
「ええ! ウチの国の料理はメシマズなんてよく言われるし、こっちも自虐ギャグでネタにはするけど、美味しいものだって沢山あるんだから」
「……こちらでもやっぱりそういうネタはお約束なのね。うちの世界でも大体そういう感じだけど……」
「えっ……そ、そうなの……?」
思わず呟いたそれに、アリシアが顔を引き攣らせた。
大元はこちらの世界からの派生なのだが、次元を超えても本国がメシマズいじりされていると知れば、そのリアクションも致し方なし。特にこの子、食べるの好きな子だしな……。
「まあ、文化の違いで口に合う合わないはどうしてもあるものだし……」
うっかり失言をなんとかフォローしようと、そう口を開いた時だった。
ピピピピピッと電子音が鳴り、アリシアが慌てた顔でワンピースのポケットを探る。
「あら、アーサーからだわ。ちょっとごめんね?……ハロー?」
そう言って電話対応を始めるアリシアを眺めながら、私は表情に出さないようにしつつも、内心で眉を顰める。
ゲーム中でも電話やチャットを使って連絡を取り合うシーンがいくつもあるが、ストーリーやイベント上どうしても相手固定がある場合を除いて、相手側から掛かってくるのはコード値ないしタイ値が一番上の相手だ。
つまり、今の電話でアリシアと一番仲が良いお相手がアーサーである可能性が出てきた。しかし私は彼絡みのカプは、彼の従兄弟と女の子の幼馴染トリオによる緩い三角関係こそ至高派で、プレイヤーとしてオトした事も親友枠に据えたことも一度もない。
「ええ、そうよ。……大丈夫、今のところは問題ないみたい。顔色もいいし、食欲もあるし。話も凄く盛り上がっててね」
私の事を話しているのだろう。チラリとこちらを見ながら話すアリシアの声を聞きながら、私は先に「法の書」事件の事はアーサーが女王陛下に報告していたと言われた事を思い出していた。
にしても、流石に情報掴むのが早くないかな。いくら皇太子で先の事件にも関係してるとはいえ、一応はまだ学生の身分だ。ゲーム中、法の書が学園地下にあると知れた時にも、原本が数年前から写本とすり替えられていた事実を知らなかった程度には、情報を共有していなかったはずだが。
これが相手固定イベントであると分かれば色々憂うことも無いのだけど、今はルキアの体にいる現状、通話先の会話を知る手段はない訳で。
「わかったわ。それは私からお話しておく。……うん、わざわざ気にかけてくれてありがとう。でも平気よ。じゃ、またね」
……さて、この電話から何が始まり、どう転ぶのか。
電話を切るアリシアを眺めながら、私は現状の掴めなさと先の見えなさにこっそりと溜息を吐いた。
地雷夢想 紗倉サク @sak-7202
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。地雷夢想の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます