27 奪還作戦後
結果だけ言えば、リンバート湖の奪還は成功した。
一週間にもわたる長期間の奪還作戦は、王国帝国ともに重大な損害を与えることとなった。
第一部隊の隊長で最強の魔導士と名高いクラウディアの、緻密な戦略。それを最大限駆使しながらも、戦いに出た四割ほどの魔導士が死亡。
第一から第三部隊の魔導士も、最初の頃こそ被害はなかったが終わりに近付くにつれてそれなりに数を減らしてしまった。
それ以上に帝国は、王国が奪還しにきた時に湖にいた九割が殲滅され、援軍に駆け付けた魔導士部隊も七割壊滅。残りの三割は捕虜となり、王国の檻の中にいる。
こんなにも壊滅的な損害を受けたのは、途中でアモンという反則レベルの存在が、同じ存在であるベリアルによって討たれたからだった。
帝国は実力至上主義。アモンはそもそもとして人ではないので、人より強いのは道理。なので、彼女の主軸とした作戦を立てていたのが仇となった。
虚構の時間を動くベリアルと同等の動きをするアモンがいなくなれば、あとはただの烏合の衆。戦況を把握して指揮を出していたクラウディアは、初日以降の動きがあまりにも稚拙になっているのを見抜き、一気に畳み掛けた。
それでも捨て身の進軍で終わる頃には四割を削られてしまい、戦いが終わったあとクラウディアは、戦場で命を散らしていった部下達のために涙を流した。
「―――っていうのが、今回のあらましだよ。ちなみに学生部隊は、二日目辺りから本当に中間地点か後衛にしかいなかったよ。なんか急に、帝国側の動きがおかしくなったから」
「そう。ありがとう、ユリス」
体のあちこちに包帯を巻いて実に痛々しい姿のシルヴィアは、報告してくれたユリスに礼を言う。
結局のところ、シルヴィアが戦いに参加できたのは初日だけだった。
魔力を完全に使い果たして重度の魔力欠乏を引き起こし、重傷と失血も相まって冗談抜きで生死の境を彷徨った。
真面目に三途の川らしきものを渡りかけたが、直前に意識を取り戻したのでことなきを得た。
目が覚めた時、見慣れない治療院の天井と、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったユリスの顔が映り込み、目を覚ましたと気付いた瞬間に飛びつかれ、危うくまた死にかけそうになったが。
「シルヴィが倒したあの赤髪の女の子。あの子が帝国の指揮官だったんだね。今度シルヴィに、王族から直々に褒賞が渡されるって」
「ありがたく頂戴したいわ。要求できるなら、わたしの工房が欲しい。というか、素材を買うためのお金が欲しい」
「こんな状態なのになお衰えない、時計作りに対する情熱が凄すぎる件」
包帯を巻かれてはいるが、実は怪我自体はすでに治されている。
じゃあなんで包帯を巻いているのかと言うと、まだ空気に触れさせるとヒリヒリと火傷の痛みが蘇ってくるからだ。
焼け爛れた皮膚が敏感になっているから、それが落ち着くまでこのままということになっている。勝手に外すと、笑顔の怖いナースさんがやってくる。
「けど凄かったなー。あんなに強い指揮官を、シルヴィアあっという間に倒しちゃったんだもん。すっごいボロボロになってた時は、気絶しそうになったけど」
「……」
一応、ユリスにだけは時計を使って、違う時間の流れの中で倒したとだけ説明してある。今の所、同級生で時計のことを知っているのはユリスしかいないから。
嘘ではないが本当でもないので、騙している感じがして罪悪感が凄い。だからって、ベリアルとその神性のことを説明するわけにはいかない。
何度か神性を解除しているため、ユリス達にはその時のシルヴィアとアモンの姿しか知らない。
その合計時間は二分行くか行かないか程度なので、あの時あの場にいた部隊の仲間達は、その短い時間の中で倒したと思い込んでいる。
「一ヶ月も意識失ってて、シルヴィの叔父さん凄かったらしいよ? 学院長のところに直談判しに行ったんだって」
「おおよその内容を予想できるけど、知ってるなら教えて」
「えーっとね、『自分の可愛い娘がボロボロになるような危険な場所に、もうこれ以上行かせられない。今すぐにでも退学させて欲しい』だったかな」
「やっぱりそうか」
もしこれが本当の両親だったら、まあ当然だろう。元は時計職人とはいえど、今は良家のご令嬢だ。嫁入り前の体に傷がつくのもそうだが、大事な娘が傷付くのは許せないだろう。
しかしジャクソンの場合だと、どうしても時計とシルヴィアの体目当ての発言にしか聞こえなくなってくる。
「娘じゃないってのにっ、何回言ったらっ、気が済むのよあのエロ親父っ!」
「気持ちは分からなくもないけど、一回落ち着こう。ね?」
びきびきと青筋を額に浮かべるシルヴィアを、ユリスがなだめる。そんなに嫌いなんだぁ、と苦笑する。
「時計は無事なんだよね?」
「どこにあると思ってんの。ここが無事なら、時計も無事よ。壊れたらわたし、お父さんに顔向けできない」
「まさにレイフォードが作り出した、至高の魔術だもんねぇ。しかも二百年以上前から続けてやっと完成したやつ」
「えぇ。これは重要なもの。まさに国の宝たり得るもの。それをあの年下に欲情するエロ親父っ、自分の手柄のために欲しがるとかっ!」
「はいはい、落ち着こうねー」
なんだか、一度ジャクソンに会ってみたくなってきたなー、とぼんやり思うユリス。
数年後に魔導軍に入るので、いずれ会う機会はあるだろうけど、親友の姿を見ていると、すぐにでも会ってみたいと思わざるを得ない。
「とりあえず、傷自体は治ってるけど、絶対に包帯を外さないこと。シルヴィって意外とそういうこと破るから、ボクはシルヴィの監視として退院するまでここにいることになってる」
「随分信用ないのね」
「昨日勝手に外したのがいけないんだよ」
「蒸れて仕方ないんだもの。体拭く時くらい、自分の自由なタイミングでいいじゃない」
「またレーナさん呼ぶよ」
「拭く時はあなたに任せるわ」
レーナは笑顔の怖いナースの名前だ。彼女の笑顔は本当に怖い。魅力的なのに、心の底から恐怖させられるくらい。
あまりの怖さに、彼女も悪魔なのではないかと疑ったほどだ。
『結局、アモンがどうやって復活したのか分からずじまいだったわね。復活は一回だけなのか、複数回できるのか分からないのに殺しちゃったし』
(それは仕方ないんじゃないの? あの状況で、殺さずに倒すなんて絶対に無理だったし)
『それもそうね。……それにしても、バアルには気を付けろ、か。随分意味深な言葉を残したものね。元から大分ヤバい奴ではあったけどさ』
アモンの残した言葉。バアルには気を付けろ。
ベリアルはその言葉の意味が気になって仕方ないのか、ずっとうんうん唸っている。
『……考えても仕方ないし、一回この件は先送りにしましょう。それに、バアルはどの道いつか殺すつもりだったし』
(最強の悪魔をどうやって倒すってのよ。勝った試しないんじゃなかったっけ)
一応、シルヴィアは一週間前には目を覚ましている。奪還作戦終了から三週間は過ぎていたが。
目を覚まして三日目辺りに、バアルについて少しだけ聞いた。曰く、ベリアルが全力を出しても、一回も勝った試しのない悪魔。
同じ悪魔でフェニックスもいるそうだが、フェニックスは温厚な性格で人間のことを好いているので、ベリアルと同じ人間を滅ぼさなくていいという考えで、王国側にいる。
バアルに次いで位が高い上不死身なので、殺されてはいないそうだ。殺しても殺せないが。戦いを好まないから、前に出てきていないというのもあるが。
『勝ったことはない。なら、勝てる方法を編み出すだけよ。人間はそうやって、強者に牙を立ててきたのでしょう?』
(まあ、ね)
『だったらこっちも、弱いなら弱いなりに勝てるための手段を編み出すまで。わたしは強いって自信はあるけど、バアルには策なしで挑んだら勝てそうにないし』
(死ぬってことは、ないでしょうね?)
『可能性はあり得る。でも、死なない可能性もあり得る。未来は誰にも分からない、日記で言えば何も書かれていない真っ白なページ。未来を決めるのは自分の動き。だったら、生き残るために動けばいい。そうでしょ?』
極論ではあるが、間違ってはいないかもしれない。
『卑怯な手でも、生き残ればそれは正しいこと。戦いとはそういうものよ』
(昔の騎士の人が聞いたら、怒るようなセリフねそれ)
ふっと小さな笑みを浮かべるシルヴィア。今回はきっちりとユリスの相手もしているので、飛び付かれるということはない。
「ねえシルヴィ。退院したらボクのお家に来る?」
「え、いいの? 前に行くって約束してたのに、意識失っちゃってたからどうしようとは思いはしてたけど」
「お母さんにシルヴィのこと話したら会いたくなっちゃったみたいで。面会も学院長と同級生以外謝絶状態で、お母さん来られなかったし。下のきょうだいも会いたがってるから、ちょうどいいかなーって」
本当だったら奪還作戦後に行く予定だったが、アモンとの戦いで一ヶ月も意識を失っていたため、非常に申し訳ないと思っていた。
なのでユリスの申し出は非常に嬉しく、あと二週間入院が必要だが退院したら、すぐに行くことになった。
「約束だよ? 破ったらおっぱいもみもみの刑だからね」
「絶対に辞めてね、その刑。やったらやり返すから」
そう言い返し、にゃははと無邪気な笑みを浮かべるユリス。
ほぼベリアルに頼った形となったが、結果的に一番の親友を死なせずに済んだので、そっと感謝する。
その後、退院後のことを話し合っていく。
これからこの時代の中、どうやって楽しい思い出を紡いでいくのか。
ゆっくりと、笑顔を浮かべながら二人で。
果てなく続く戦場で、血濡れた姫は高らかに笑う 夜桜カスミ @Mafuyu2001
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