26 ベリアル vs アモン 4

 ベリアルの斬撃が檻の様に迫る。体を捻りながら回避し、斧槍を振るって叩き落とす。

 右目を潰そうと大鎌の石突きが放たれる。首を傾げて回避し、槍部分を突き出す。それを回避し、低い体勢から回し蹴りを腹部目がけて放つ。


 ぎりぎりのところで左手で受け止めるアモン。体を焼くほどの熱が表面にも出始め、その熱でベリアルの脛を焼く。

 咄嗟に離れるもそこは焼け爛れ、じくじくと痛む。


 残り一分八秒。


(魔術は使えない。下手な誘導はこいつには効かない。より多くの魔力を義眼に使う? ダメ、使用時間が減るだけ。真っ向から挑む? 捩じ伏せられておしまい。あえて隙を晒す? 論外)


 次々と策が浮かんでは消える。

 残り五十六秒。


 両者にやや焦りが生じ始める。ベリアルは残りの使用時間に、アモンは自分に迫る命のタイムリミットに。

 内側から焼けていくアモンの体は、すでに所々がボロボロに焼け焦げ始めている。残された時間は、あと僅か。


(っ、対応し始めてきたよこの化け物。仕方がない、使用時間が減るけど……)


 義眼に魔力を多めに割り振り、更に速く動く。

 残り時間が一気に減り、あと三十二秒。


 アモンが斧槍をがむしゃらに振り回し、無差別に攻撃を仕掛ける。ベリアルはそれを掻い潜り、無数の斬撃を浴びせる。

 勘と膨大な運動エネルギーを駆使していくつか弾けたが、速過ぎていくつかもろに受けてしまう。

 流れ出た血は沸騰しているのか、それを浴びたベリアルの肌が焼かれる。

 残り十秒。


 アモンが体勢を崩す。右足が付け根からもげる。血は流れておらず、真っ黒に焦げて炭の様になっている。

 両腕も炭の様に焦げており、ヒビ割れている。それを強引に魔力で崩れないよう押し留め、失った右足は魔術を使って土の義足で補う。


 崩れぬように魔力で補強し、左足で踏み込んで斧槍を振るう。死の暴威が壁のように迫るが、ベリアルは速さで受け流し弾き飛ばし、ギリギリのところで回避する。


 三秒。


 ここでベリアルが一気に畳み掛ける。体の発条を存分に使った、猛烈な斬撃の嵐。僅かに義眼に多めに魔力を使い、左腕を斬り飛ばす。


 二秒。


 アモンが炎を解放して、ベリアルの右半身が焼かれる。焼け爛れ、右半身が僅かに炭化する。

 それを魔力で押し留め、左手を離して右腕の付け根に殴打を入れる。


 一秒。


 その衝撃で魔力が乱れ、アモンの右腕が崩れる。その目が驚愕に揺れる。

 逃げようと地面を蹴るが、それよりも速く大鎌を振るう。


 そして、零。


 同時に大鎌を引き、自分諸共刃を突き立てる。

 アモンの目が見開かれ、二人の神性と魔性が解除される。

 繰り広げられてきた暴虐の嵐が同時に爪痕を刻み、破壊する。

 地面が抉れ、木々は薙ぎ倒され、岩が砕け散る。


「ふ、ふ……。まさ、か、自分ごと刺すなんて、思いもしなかったよ……」


 両腕を失い、残った右足も完全に炭化して崩れる。足だけではない。体の端の方から、ボロボロと崩れていく。


「魔力が切れて、神性が強制解除されると同時に巻き込む……。こうでもしないと、勝てる確率が低かったのよ……! シルヴィアの体、だから、できれば使いたく、ない手だったけど……!」


 アモンの下半身が完全炭化し、残った上半身が地面に落ちる。触れた草花が燃え、ちりちりと火の粉を散らす。


「また、私の負け……。初めて勝ち越された、私の最高のライバル……」


 自分に刺さっている大鎌を引き抜き、傷口から血が流れ出て、失い過ぎたことで立っていられなくなり地面に倒れる。血色のドレスが、消滅する。


「戦いこそが、私の全てだった……。それ以外に、存在理由はなかった……。だから、退屈な戦いが続く、なら……、自分で自分を焼いて、死ぬ方がマシだと思ってた……」


 もう胸まで崩れ、首もゆっくりと焼け焦げ始める。


「でも、最後の最後で、ベリアルと戦えた……。最後の戦いが、あなたとのものなら、これは私にとって最高の思い出……。悪魔に殺された悪魔は、二度と復活はできない……。寂しいけど、思い残すことはもう、何もない……」

「アモン……。あんた、バカよっ……! 本物の、大バカ者よっ……!」


 ここまで殺し合いをしてきたが、ベリアルにとっても良きライバルだった。なんだかんだで悪魔時代からの付き合いがあったから、目の前で崩れ行くアモンに向かって言う。


「ベリアル……、バアルに気を付けて……。あいつはまだ、帝国に、いる……」

「バアル……? なんで、ここで……」

「分からない、けど、なんとなく……。あいつは、危険……」


 バアルは七十二柱の中で最強の悪魔であり、バアルこそが帝国の皇帝を唆して戦争を始めさせた張本人。

 そんな奴が危険なのは当たり前だ。生きているのであれば、王国側にいるベリアルはバアルを殺さなければならない。


「戦争を始めさせた、張本人とかじゃなくて……、もっとこう……表現できない、けど、嫌な感じがする……。何なのかは分からない、けど、とにかく気を付けて……」


 ついに首も崩れ、顔もなくなっていく。もう声も発することができなくなった。


(さようなら、ベリアル。私のライバル。私の親友。―――私の憧憬)


 最後にすっと目を細め、全て崩れる。その場に残ったのはアモンだった炭だけで、風に吹かれてかさかさと散っていく。

 ベリアルの目に、赤色の炎のようなものが映っていたがそれも刹那のうちで、弾けるように消えてなくなってしまう。アモンの魂が、消滅した証。

 それを見届けたベリアルは、全身の激痛と失血で意識を保っていられなくなり、その尻尾を手放してしまった。

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