21 悪魔を呼ぶのは
「……今回の戦い、恐らくある魔導士が参戦しているかもしれない」
全てを話すことはできないが、多少の情報を開示することはできる。なので、それを伝えるべく通信機を起動させて全員に通達する。
「灼髪をショートボブにしていて、左の頬に形の崩れた炎の痣のようなものがある少女。得意とするのは恐らく炎系の魔術。並みの魔導士では太刀打ちできない。そして、数週間前に街を火の海にした犯人が、その特徴を持っている。レイフォードの遺産を使ったわたしですら太刀打ちできなかった。撃退できたのは、ただの偶然よ」
シルヴィアの乗る車内と、通信機から息を飲む気配が伝わる。
現時点でユリスとシルヴィアの血族、そして学院長以外、レイフォードの遺産の能力を知る者はいない。しかし、反則レベルの大魔術であることは知っている。
それを使ってもなお太刀打ちできなかったという告白に、全員が信じられないといった様子だ。
「おいおい、流石に嘘だろ? 我らが勝利の女神様が太刀打ちできないなんてよ」
「女神呼びは辞めろって言ってるでしょ。そして紛れもなく事実よ。学生としての実力は確かに高いと自負しているけど、所詮は実戦経験の浅い学生よ。本物の魔導士に、経験のない学生が圧倒できる道理はどこにもないわけど、その魔導士は、例え正規魔導士が束になっても、太刀打ちできないくらいに強いわ」
声は真剣そのもの。嘘を吐いている様子もなく、それが真実であることがひしひしと伝わってくる。
シルヴィアの部隊に選ばれた学生達は、シルヴィアがいるから大丈夫だろうという安心感を持っていたが、それはその告白で消し飛んだ。
一人が飛び抜けているからと、頼り切ってはいけない。それをしっかりと理解し、そう思ってしまっていた自分を恥じる。
「あと、何を変なことをって思うかもしれないけど、その特徴を持った魔導士の出した炎には絶対に意識を集中させてはダメ。凶悪な精神破壊魔術らしきものがかかっていて、少しでも意識を集中させたらそれだけで心が壊れる。ユリスもそれを受けて、きっかり一週間意識を失っていたわ」
意識を失ったきっかけでもある亡者の叫びを思い出したのか、さっと血の気を引かせるユリス。
「レイフォードは平気なのか」
「精神防御を何重にもかけて、やっとって感じ。あと少し撃退が間に合わなかったら、わたしの心が壊れていたかも」
嘘八百である。戦いはベリアルに任せて、自分は内側に引っ込んで意識をアモンだけに向けていれば、壊されずに済む。
それでもじわりじわりと染み込んでくるように聞こえてくるので、長時間の戦闘は避けたほうがいいかもしれない。
「とにかく、今言った特徴を持った魔導士を見かけたら、真っ先に逃げなさい。どうあがいても、あなた達に勝ち目はない」
「……シルヴィは?」
ユリスが心配そうな目を向ける。
「太刀打ちできないって言ったけど、ちょっと語弊があるわね。攻め込むことはできないけど、攻め込まれることもない。一撃一撃が速くて重いから、受け止めるだけでボロボロになるでしょうけど、撤退する時間稼ぎにはなるはずよ」
アモンを相手に、ベリアルを出さずに時間稼ぎができるのであれば重畳。それだけで親友と級友を守ることができる。多分無理であろうことは想像に難くないが。
『シルヴィアちゃん、本当にその魔導士はいるの?』
三年生の乗る高機動車にいる女子生徒が、疑わしそうに聞いてくる。
「言い切ることはできませんが、少なくともあの手の類の魔導士は、戦いで喜びを感じるタイプです。今回の戦いはかなりの大規模なものになると予想されるので、可能性は高いです。出てこないかもしれませんが、警戒をしていて損はないはずです」
『おれ達は最低限レイフォードの指示には従うが、多少は自由にさせてもらうぜ』
「構いません。ですが、繰り返してくどいようですが、今挙げた特徴の魔導士とは戦わないでください。数週間前のあの惨状を、一人で作り上げた張本人ですので」
浮かべるのは、街を包む炎と熱。それに焼かれて地面に倒れ、熱さと痛さで発狂するか、それすらできずに消し炭になった住人達。
悪魔を自分の中に入れている時点で言えないかもしれないが、あれは存在していていい者ではない。野放しにしておけば、更に大きな被害を発生させるだろう。
どうにかしてアモンを止める方法を考えなければと、考えを巡らせる。果たして本当に、止める方法が思いつくのかという一抹の不安を抱きながら。
♢
奪還作戦が開始してから、早くも七時間弱が経過した。
主戦力である第一から第三部隊が、今回の戦場であるリンバート湖の最前線で戦い、膨大な魔術を撒き散らして敵を蹴散らしている。
当然帝国も黙ってはおらず、同じように魔術を撒き散らしていて一進一退を繰り返している。
命を落とすのを厭わない戦法を取る帝国、それを忌避して戦う王国。
最初は若干押され気味だったが、時間が経つにつれて拮抗して来て、今ではマーセリア側がやや有利な状況にある。
それでも戦えば負傷者が出るし、死者も出る。
手足のいずれか、または両方を失って運ばれてくる負傷兵。胸部に風穴を開けて虚ろな目を向ける死体。そういったものが後衛の臨時基地に絶え間無く運び込まれてくる。
学生隊ということもあって、指示を受けて一度補給しにシルヴィア達は後衛基地に引き返したのだが、真っ先に目に飛び込んで来たのは負傷兵と死体だった。
「酷い……」
ユリスが口元に手を当てて呟く。シルヴィアも同じ気持ちだった。
見たところ、第一から第三までの主戦力の魔導士の数は少ないようだが、第四以降の魔導部隊の魔導士達の数があまりにも多過ぎる。
手足を吹っ飛ばされ、胴体の一部が抉れて、内臓がまろび出ているいる。それでも死ぬことができず、想像を絶する痛みでうなされている男性魔導士。
親しい友人だったのか、はたまたそれ以上の関係だったのか、死体となって帰ってきた男性魔導士に飛びついて、嗚咽を漏らす女性魔導士。
アモンの時ほどではないにしろ、ここもまた別のベクトルでの地獄絵図だった。
「この調子で、本当にここを奪還できるのか……?」
ぽつりと、険しい顔をしたシルバーが零す。
「今回の作戦の指揮を執っているのはクラウディア隊長よ。あの人は何の策も用意せずに、こんなことをするような人じゃない。勝てるという自信があるから、実行に移した」
「それにしたって、これだけの被害が出ているんだ。その隊長は、他の魔導士を捨て駒にしているんじゃないのか?」
「そんなだとしたら、あの人の持つ絶大な人気はどうなるの? 誰も見捨てず、無茶でも自分の部隊の仲間を必死で守ろうとする。部下の顔と名前を全て覚えていて、一人でも死んだら誰よりも悲しんで、欠かさず墓に花を手向ける。こんな人が、他人を捨て駒にすると思う?」
クラウディアは由緒正しい貴族の家に生まれながら、誰よりも他人と平等に接する。
自分の家を自慢せず、自分の実力を驕らず、自己を磨き上げるのを怠らず、親身になってくれる。
貴族であって貴族らしくない。そんな女性だ。
過去の作戦会議で、小さな町を一つ犠牲にするという案を出したら、激昂してその案を出した将軍に殴りかかったという逸話まで残っている。
「人を見捨てない、捨て駒になんか絶対にしない。だから隊長は、大規模戦闘の総指揮官をまかされているの」
「ボクも流石に捨て駒作戦なんて絶対考えてないと思うな。だって、もしそれを採用しているなら、なんで正規魔導士からすれば足手まといなボク達が、前線に行かないでここにいるのって話になるし」
シルヴィアとユリスに言われて、シルバーはぐうの音も出なかった。
「でもシルバーの言うことも分かる。開始して十時間経ってないのに、もうこれだけの被害が出ているのはおかしい」
大規模な殲滅魔術を連発すればありえなくはない話ではあるが、そんな手段が取られたという様子はない。
それなのに、運ばれて来る魔導士の数が多い。こちらの主戦力が敵勢力を削っているから拮抗しているようだが、もしかしたらそれは時間の問題かもしれない。
『これは確実に、アモンが戦場に来ているわね。一度奴の戦い方を見たあなたになら、予想できることじゃなくて?』
ベリアルが茶化すように言う。
(分かってる。大規模な魔術が使われた形跡がないのに、これだけの被害を出す。魔性によって得られた膨大な熱量を、あなたの『血濡れの殺人姫』に追随するほどの運動エネルギーに変換することができる『亡者の悲鳴』がなければ到底不可能)
『その通り。でも、妙ね。アモンだったらこんなちまちま戦わないで、大火力で一気に殲滅するのに』
(わたしが来ているって確信しているから、温存でもしてるんじゃない? また戦場でって言ってたみたいだし)
アモンの目的は恐らく、ベリアルとの再戦。これ一択のみだろう。
未来予知にすら匹敵する勘の鋭さを持ち合わせているアモンは、リンバート湖がマーセリアにとって重要なポジションであり、それを奪還するのにたとえ学生部隊でもその最大戦力を送り込んで来ると踏む。
帝国側の人間(もしくは悪魔)であるなら、シルヴィアの戦場で着けられた不名誉なあだ名を知っているはず。
学生の中でも飛び抜けた実力者で、何かをきっかけにいきなり人が変わったように笑い出し、殺しそのものを楽しむように戦う。
こんな話は向こうにも伝わっていて、ただの魔導士が見ればただの多重人格者だ。しかし、悪魔から見ればそれは同族であることを示す、かもしれない。
ベリアルは殺しで快楽を得る異常性癖の持ち主で、アモンをそれをよく知っている。
そこに数週間前の戦いだ。ベリアルの宿る宿主の顔を覚え、特徴を踏まえて情報を探れば、シルヴィアという存在に行き着くはずだ。
そしてこう考える。
―――シルヴィアは学生としては優秀で、よく戦いに出る。彼女に宿ったベリアルと戦うチャンスがあるとしたら、恐らく最近奪ったリンバード湖。ここでなら、ベリアルと再戦できるかもしれない。
確証はないが、合っているという自信だけはある。そしてその予想通り、マーセリアが湖を奪還しに来た。
『離れているから存在を感知することはできないけど、でも間違いなくいる。大火力で攻め込まないのも、わたしと戦うために温存していると思えば不自然じゃないわね』
僅かに怒気の篭った声をするベリアル。
『気に食わないわ。わたしを差し置いて、絶叫と血飛沫を見聞きしているだなんて。最近全然見ないから、かなり溜まっているのよ』
(さっき見たじゃない)
『自分の手で殺したわけじゃないから、あんなの見たうちに入らないわよ。シルヴィア、数が多いようならわたしに体を貸して頂戴。というか貸しなさい。じゃないと、溜まり過ぎでおかしくなっちゃいそう』
(多かったらね)
また前に出る時に、多くいないことを願うしかない。
なんて思っていると、遠くで何かが炸裂するような音が鳴り、踏ん張らないと体が飛ばされそうなほどの衝撃波と熱風が走る。
灼けるような熱風。本能的に腕で顔をガードし、やり過ごす。
衝撃波と熱風が収まると、後衛基地は騒然としていた。
遠くから上がっている爆煙を見る限り、かなりの距離空いているのが伺える。にも関わらず、衝撃波と爆風が届いて来た。
灼けるような熱を持った熱風が吹き抜け、空気が一気にカラカラに乾燥する。
いったいどれだけの大規模魔術が行使されたのか、予想が付かないサポート組の魔導士達。
一方でシルヴィアとユリスは、過去に一度似たような経験をしている上に、シルヴィアはその意図を理解していた。
『「何をしているの、ベリアル。私はここにいるから、早く会いに来て戦いましょう」。そう言っているのが、はっきりと分かるわ』
今の爆発は、アモンによって引き起こされたもの。
アモンの目的はただ一つ、ベリアルとの再戦だ。なので恐らく、ちまちま戦うのが面倒になって一気に倒したとかではなく、戦闘を終わらせると同時に味方すらも巻き込んでシルヴィアに自分の存在を伝えたのだろう。
「これで確定ね。先の大惨事の犯人は、この戦いに参加している。あんなのを発生させる相手に、真っ向から戦って勝てると思う?」
「ぜってー無理」
真顔でシルバーが、顔を左右に振る。
その後ろにいる後輩組と先輩組とも目が合うと、真顔、もしくは青くしながら顔を左右に振っていた。
「ボクはアレを見たの二回目だけどさ、どうやったらあんなのを発生させた敵を撃退できたの?」
誰がどう見ても、アモンには勝てないと分かり切っている。
そんな敵を相手に、シルヴィアはどう生き残ったのか、ユリスは気になっているようだ。
「ほぼまぐれだったわね。時計を使った上で自己加速魔術を全開にして、今まで習って来た知識を総動員してやっとこ追いつけた。あとは意識誘導を何度も繰り返して、それで相打ちだった。あの時は場所が場所だったから、全力を出せなかったのも事実だけど」
「それだけやってやっと相打ちなんだ。じゃあ、今回は街よりも周りの被害気にしなくていいから、もしかしたら倒せたり?」
「五分ってところね。最悪、真面目に相討ちになるかも」
命がけで相討ち。あまりにも利に合わない。
だが、それくらいの覚悟がなければアモンは倒せない。
ベリアルが全ての魔力を神性行使に回せば、速度的な面ではアモンよりも有利になる。そこは前回との戦いで、二百五十年前と変わらなかったそうだ。
ただそれは継続的な速度のことで、瞬発的な速度はアモンが勝る。そしてその圧倒的な瞬発力が、攻撃力に直結している。
掠っただけでも即死級のダメージを与えてくる上に、瞬発力はベリアル以上。
とは言え、いかな悪魔でも基本的な運動性能は宿主の状態に左右される。以前戦った時から推測するに、シルヴィアの方が微妙に上であるようだ。
その微妙な有利が、アモンとの戦いに重要になってくることだろう。
「ともかく、補給を終えたら前に戻りましょう。くどいけど、絶対に灼髪の女魔導士とは戦わないように」
ふわりと長いプラチナブロンドを靡かせながら、補給テントに向かって行ったシルヴィアの言葉に、部隊の仲間達はこくこくと頷くしかなかった。
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