20 奪還作戦

 リンバート湖。それはマーセリア王国の水産業の四割を支え、かつ一番人気なリゾート地だ。

 ここを敵に抑えられたら、両方とも壊滅的な損害を受けることになる。そのため優先的にここに戦力を常駐させていたのだが、無茶な戦法を取り始めたインヴェディアに奪われてしまった。


 既に結構大きなダメージを受けており、魚介類の値段が右肩上がりに上昇している。

 残っている魚介系といったら、まだ奪還されていない小さな湖や池や川から取れる、それもそこまで大きくないものしかない。早く取り返さなければ、いずれまともな魚がなくなるかもしれない。

 ブリーフィングに入る前に、全ての指揮権を持つ第一部隊隊長で王国最強の魔導士のクラウディアが、演説台の上に立って演説を始める。


「今回の奪還作戦は、類い稀にみる大戦となることが予想される。だから正規魔導士、学生魔導士諸君には、戦いに参加することを強制はしない。愛する者、親しい者とこれからもいたいと強く願うのであれば、ここで引き返しても構わない」


 その発言に、全員が動揺して広場がざわつく。


「特に学生魔導士諸君。諸君らには我々以上の未来がある。輝かしく、幸福な未来がある。私はそれを、摘み取りたいなどとは思わない。だから、帰りたい者がいるのであればここで背を向けても構わない。私は何も言わないし、その道を選んだ者達の意志を捻じ曲げることは絶対にしないし、誰にもさせない」


 華のある学生達の多くが、その言葉を受けて揺れ動く。

 当然だ。上層部からの命令を受けて今この場にいるが、クラウディアもまた上層部の人間。指揮権が全て彼女にある現時点で、彼女の発言はそのほか軍上層部でも取り下げることはできない。


 かつてクラウディアは、強制的に戦いに参加させられて多くの友人の命を落とした。その中には幼馴染もいて、片思いしていた異性もいた。

 戦いに出て戦死することが名誉。そうであると教えられ続けてきたが、大切と愛する人を失うという心の痛さを知ってしまったクラウディアは、それを今の若者に与えたくなかった。

 だからこその、『引き返しても構わない』という発言。彼女なりの、最後の配慮だ。


「……それが、お前達の意志ということか」


 動揺して揺れ動いていた生徒達は、しかし誰一人として引き返すことはなかった。

 今ここで引き返せば、後ろ指を刺されるのは確実だが生き延びることができる。誰も死にたくはないのだろう。無理して恐怖をねじ伏せているのが分かる生徒もいる。

 だが、それ以上に戦いから逃げてそこで友人が死んでしまったら、生涯に渡って後悔することになる。

 それだけじゃない。リンバート湖は水産業の要でもある。

 ここを帝国に奪われたままでは、魚介類の根が高騰し続けて、最悪店頭からなくなるかもしれない。


 このまま放置してインヴェディアが次々と他の場所を攻めて奪って行ったら、その副作用として多くの飢餓者や餓死者を出してしまうかもしれない。

 それだけは、避けなくてはいけない。

 そんな強い思いが胸に秘められている学生達に、引き返すという選択肢はなかった。


「それが諸君の意志だと言うのなら、私はそれを尊重する。そして私はこう言おう。決っして後悔はするな! 自分でその道を選んだのであれば、怖気付いて逃げ出すという恥を見せるな! 自分を信じろ! 仲間を信じろ! 諸君らは一人ではない! 誰かに頼るのは恥ではない! 仲間を頼れ! 仲間と共に守るものを守り抜け! それが諸君の大きな誇りとなろう! その大きな誇りこそが、誰にも負けぬ鋼の剣となる!」


 ビリビリと響く大声量。強い決意の込められたその声は伝播し、魔導士達の心を奮わせる。

 この演説は、士気を上げる以外にももう一つ別の役割がある。

 それは、精神状態を強固にすること。


 魔術の威力は、精神の状態によって変化する。なにせ魔力は、精神エネルギーであるからだ。

 自分に自信がある魔導士の魔術は、強大な威力を発揮する。返せば、心が弱いといたずらに魔力を消費するだけで、大火力を出すことはできない。

 なのでこうして演説をし、士気を高めながら一人ではない、仲間に頼るのは恥ではない。そう響かせることで仲間がいるという心強さを実感させることで、魔術の威力を上げさせる。


 クラウディアの演説を聞き心を奮わされた魔導士達は、決意の雄叫びを一斉にあげる。

 ビリビリと空気が揺れる。地鳴りが起きていると錯覚するほどの、大声量。

 それを聞いたクラウディアが、にっと口元を釣り上げる。


「諸君らは戦士であり、一人一人が英雄だ! 心を奮わせろ! 得物を持て! 魔力を練り上げ、周りを見ろ! そこには何がいる!? 敵がいる! なら隣に立つのは誰だ!? 仲間だ! 仲間に守られたなら、その仲間を守れ! その仲間が死ぬ時は、自分も死ぬ時だと思え!」


 その雄叫びに負けぬ声を、クラウディアがあげる。より一層、雄叫びが強くなる。


「さあ、勝負を始めよう! 勝つか負けるか―――つまり生きるか死ぬかだ! だがそれがどうした! 攻められたのであれば、攻め返すまで! 諸君、反撃の狼煙を上げろ! 下劣な侵略者共に、目に物見せてやろうではないか!」


 大地が揺れると錯覚するほどの雄叫びが、広場を埋め尽くした。

 五分にも満たない、非常に短い演説。それだけでも、重要な部分だけをはっきりと端的に言うだけでも、魔導士達の意志は鋼のように強固となった。


 演説後、きっちりとしたブリーフィングを受けてから高機動車に飛び乗り、各隊に分かれて移動している。

 今回の戦いは、かなり大規模な戦闘になると予想される。故に、シルヴィアには学生限定の部隊長を務める権利が与えられた。


 シルヴィアの乗る高機動車にはユリスを含め九人の同級生。その後ろを、同数の先輩、同級生、後輩の乗った高機動車が三台走っている。

 合計で四十人編成の学生部隊。作戦命令が下されたのが四日前だったので、誰を部隊に選ぶべきかを夜遅くまで悩んだ。

 ちなみに同級生十人の中にシルバーもいる。学生魔導士としては信頼できるから選んでいる。


「今回は奪還作戦ってなってるけど、学生部隊であるわたし達は当然前線に出ることはできない。前に出るのは正規の魔導士部隊だけど、彼らが全てを抑え込むことはできないのは百も承知。だからわたし達の役割は取りこぼした敵を討ち取ること。……クラウディア隊長に先走るなって今回は徹底的に釘刺されてるから、勝手に前には出られないわ」


 シルバーが期待した目で見てきていたが、その事実を伝えると見るからに落ち込む。戦闘狂気質だなと、呆れて息を吐く。

 前回はその行動のおかげで、結果的に帝国の小隊を潰して学生魔導士達を救うことができたが、今回はそう上手くことが運ばれることはないと見ていい。

 勝手な行動を取って仲間を死なせてしまったら、立ち直ることができないほどの心の傷を負うことになる上に、なんらかの厳しい処罰が与えられるだろう。

 処罰は嫌なので、今回は大人しくクラウディアの指示に従う。


「わたし達は学生隊でも、かなり前の方には出てる。だから成績上位者からしか選んでいない。生半可な実力じゃ、殺されるだけだからね」

「それは道理だな。けど、俺達二年や先輩達はともかく、後輩はかなり危険なんじゃないか?」

「えぇ。だから彼らには直接的な戦闘は避けるように指示を出してある。一対一では戦ってはダメ。必ず二人以上で組んで行動すること。そして、二年か三年のサポートをすること。これが一年に出した指示よ。少なくとも、勝手な行動をされない限りは死ぬことはないはずよ」


 そう言うが、それはあくまで普通の魔導士相手だったらの場合だ。

 数週間前、アモンという悪魔の宿った魔導士が、王国内に足を踏み入れていた。

 結局どのようにして入り込んだのか判明していないが、ベリアルの『血濡れの殺人姫』に追随する身体機能を発揮するので、認識すらされずに入り込むのはそう難しくないかもしれない。


 そして今回の戦い、シルヴィアもベリアルも、アモンは必ずやってくると確信している。

 アモンは根っからの脳筋で、戦うことを至上としている。リンバート湖はマーセリアにおいて重要な場所だ。そこを奪還しにくるとなれば、大規模な戦闘になるのは必至。


 見るからにアモンの宿主もシルヴィアと同い年だが、実力主義でもある帝国なら正規魔導士となっていてもなんら不思議ではない。

 アモンが戦場にいて向こうがシルヴィアの存在に気付いたら、遭遇するまで辺りを破壊しながら探し続けるだろう。

 もしアモンがシルヴィアのところに来たら、全力を出す以外に生き残る道はない。

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