22 偽りの神性、大炎の魔性
魔銃使いの弾丸や魔力回復用の結晶を補給したあと、再び前線と後衛の中間地点辺りに戻って、抜け出して来た帝国魔導士部隊と一戦交える。
それを二度繰り返した後、マーセリアが奪還しに来たという情報がインヴェディア本国に伝わったようで、いくつかの増援が駆けつけて来た。
耳につけている通信魔術道具からは、第一から第三部隊の魔導士が殺されたという情報は入ってこないが、戦況が明らかに悪化し始めて来た。
また、増援が来たということも相まって、後衛の補給基地を目指す帝国魔導士の数が多くなって来た。
数的にも不利になって来たので、シルヴィアは仕方なくベリアルに体の支配権を譲り、任せることにした。
「あっははははははは! いい、いいわ! 肉と骨を断つ感触! 痛みと迫り来る死の恐怖から上げる絶叫! 胴体を断たれて飛び出る臓物に、派手に彩る赤い血飛沫! もう最っ高!」
結果、ベリアルが暴走した。
あらかじめベリアルのこと(もしくは裏人格)は伏せて、こうなることは説明済みだ。というか、一応シルヴィアが狂ったように笑うということは、学院内ではわりかし有名な話だ。
とは言えど、多くは噂でしか聞いたことのないので、実際に目の当たりにした後輩先輩と一部同級生は、目を丸くして少し引いていた。
湖の周りに茂る高い木々を足場にして高い機動力で翻弄し、一人で数十人を一気に斬り伏せて、その血を正面から浴びて血塗れになっている姿は、普段の清楚な印象を払拭してぞっと背筋を凍らせる何かを感じさせる。
『やっぱり任せるべきじゃなかったわね……』
数が多くなって来たからと、ベリアルに任せたことを後悔しているシルフィアが、うんざりしたように言う。
「本当にありがとう、シルヴィア。おかげで溜まりに溜まっていたフラストレーションが発散できたわ。でも、まだ足りないわ。もうしばらくこの体、借りるわよ」
また増援がやって来たので、ベリアルの表情が歓喜に染まる。
左目の『時繰りの義眼』を起動して、一方的に十数人を切り裂く。
ばっと派手に赤い血の華が咲き乱れ、ベリアルを赤く彩る。
「なんで人が変わるとあんなに強くなるんだよ」
魔術なしの模擬戦ではシルヴィアといい勝負をするシルバーは、あまりの変わりように呆然としている。
「ボクも分からない。前に聞いたことあるんだけど、できれば聞いて欲しくない感じだったよ。明らかに言葉濁してたし」
「人には秘密の一つや二つはあるって言うけど、シルヴィアちゃんの場合はまさに今の状態のことだね。普段と違って、残忍過ぎ」
三年の先輩がちらりと後ろを見ると、見慣れていない一年の後輩組が見るからに怯えている。
シルヴィアという少女に夢見ているからか、そのあまりのギャップに怖がってしまったのだろう。
「なあ、アンデルセン。レイフォードは自己加速魔術が得意だけどよ、あれはどう見たってただの加速じゃねぇ。お前、何か知ってるんじゃねぇのか?」
「………ボク、何も知らない」
不自然に目を逸らす。
「よし知ってるな。知っていることをキリキリ吐け」
「いーやーだー!」
無表情で何かを知っていそうなユリスから情報を聞き出そうとするシルバーに、必死に抵抗するユリス。
ほとんどの敵をベリアルが一人で倒してしまっているからこそ、生まれてしまった謎の余裕だ。
「何遊んでるの。あなた達も少しくらいサポートしなさい」
愉悦と興奮を隠しきれていない声でそう言いつつも、百人ほどはいたはずの帝国魔導士を全滅させて来たベリアルが戻ってくる。
制服が真っ赤に血で汚れ、白い頬と美しいプラチナブロンドの髪にも、べったりと血が着いている。
おぞましいその姿に、戦場に慣れていない後輩組が顔を青くする。
「少しくらい見た目を気にした方がいいんじゃない?」
シルヴィアが隊長を務める部隊の中で、一番彼女のことを理解しているユリスが、シルバーの拘束からするりと抜け出して清めの魔術をかける。
一応清めの魔術は水系統の物で、びしょびしょに濡れることはないが若干湿る感触がある。
それをかけられたベリアルは、みるみる血糊が落ちて元通りの綺麗な姿になる。
それでもさっきまでの血塗れの姿が強烈だったのか、後輩達は怯えた目を向けている。
『こうなるからあまり出したくなかったのよ。こんな怖がられるんじゃなくて、気軽に話しかけられる先輩を目指してるのに』
(もう遅いわよ。まあ、ああやって怯えられた目を向けられるのもなかなかそそるのだけれど)
『真面目にやめて。これ以上可愛い後輩に嫌な印象を植え付けないで』
怯える後輩を見て、ゾクゾクと背筋を嬉しさで震わせるベリアルに、シルヴィアは懇願する。
これ以上変な印象を植え付けられてしまうと、本当に同級生か僅かな先輩としか関わりがなくなってしまう。話しかけてくるとしたら、ドン引きするような特殊性癖の持ち主か。
などと思いながらもベリアルが勝手にあれこれ指示を出して、少し前に行くことになっていた。
『ちょっと。あまり前線に近付き過ぎないでよね』
「安心なさい。クラウディアのいるところまではいかない。命令された場所のギリギリまでは攻めるけど」
『戦っているうちに忘れて、前線に飛び出そうで怖いわ』
「その時はその時。敵との戦闘に集中し過ぎてて、気付きませんでしたって言っておけば平気よ。多分」
『最後に不安要素を感じさせる単語を入れないで』
まあ、少なくとも命令違反を起こすつもりはないようなので、そこは安心していいだろう。
「し、シルヴィ……! も、もう少しゆっくり……!」
自己加速魔術を軽めにかけて走っていたベリアルだが、人間にとって悪魔のスペックは高過ぎるようで、後ろを走るユリス達は息も切れ切れになっていた。
ベリアルの神性が『虚数時間』というだけあって、加速系統の魔術との相性が異常に良い。軽めにかけただけでも、割と全開で身体強化などの魔術を使うユリス達を、置き去ってしまうほどに。
「仕方ないわね」
そう言ってゆっくりと減速して立ち止まる。
ベリアルが止まるとまずユリスがベリアルの隣に立って、肩で呼吸して手を膝に乗せる。
そのあとにシルバーが来て、近くの木の幹に体を預け、他の同級生組と後輩先輩グループも追いついて、地面に座り込んだりシルバーと同じ様に体を休めたりする。
「情けないわね。この程度の移動でバテるなんて」
「逆に何で、シルヴィは全然、平気なの……」
ベリアルの存在を話していないため、どう説明すべきか悩むベリアル。
「……あら、こっちに気付かれたみたいね。随分優秀な観測者でもいるのかしら」
言い訳じみた説明をしようと口を開こうとしたが、それよりも先に帝国兵がやって来ているのを察知したベリアル。
『倉庫』の中から大鎌を取り出して、バテている全員を庇う様に構える。
「クッソ、敵襲かよ……!」
「ツイてないなぁ……」
シルバーは腰の剣を抜いて構え、ユリスも両手にリボルバーを握る。
他も同じ様に各々の得物を構えるが、予想外なことが起きて反応が遅れてしまう。
いきなり帝国魔導士がやって来た方から膨大な炎が、決壊したダムから溢れ出た水の様に迫って来た。
それは帝国魔導士を飲み込み、瞬時に灰にしてしまう。
「っ、ここで仕掛けてくるか!」
その炎が誰が放った物なのかを瞬時に察し、ベリアルが多くの魔力を消費してそれに耐えうる結界を自分の後ろにいるユリス達の周囲に貼り、そして精神汚染を受けない様に精神防御の魔術を重ねがけする。
そして自分は炎に飲み込まれない様に『時繰りの義眼』を使って、飲み込まれない場所にまで移動する。
「自分の仲間まで巻き込むとか、随分と容赦ないのね。アモン」
大鎌をしまって、ベリアルの固有武装の『血塗れの大鎌』を出す。
向ける視線の先には、鈍色の斧槍を持つ灼髪の少女、アモンが歓喜に満ちた顔をしながら立っていた。
「あんな大げさな魔術防御を重ねなくても、別に死にはしないよ。尤も、私が魔性を使えばその限りじゃないんだけど」
「最初に仲間を巻き込みながら迫って来た炎は、あなたの魔性によるものではないとは分かっていた。けどどうせ、あなたと本気で戦うことになるんだから、少しでもあの声を聞いたらただの人間はただじゃ済まない。あの中には宿主の親友もいるから、失わない様に保険をかけておくのは当然のことよ」
ぱちぱちと弾ける音を立てながら、木を燃やして草花を灰にする炎。それはアモンの魔性ではなく、ただの大火力の炎軍用魔術だ。
炎の悪魔であるアモンからすれば、それはあまりにも出来損ないな魔術に映るかもしれないが、人間にとっては脅威だ。
何より魔性を行使していないのは、ベリアルとは万全な状態で勝負をしたいからだろう。
「さあ、ベリアル。私とあなた、二人きりの素敵なダンスパーティーを開きましょう。私達の剣戟が舞踏曲となる。最後に派手に彩るのは、どっちの血と臓物かしら」
「あら、素敵なパーティーに招待してくれるのねぇ。ありがとう、アモン」
ずっ、とそれぞれの左頬に、両者の魔性と神性を象徴する痣の様なものが浮かび上がる。
「悲鳴が奏でる協奏曲。飾り付けるのは真紅の鮮血。白いドレスを赤く染め、血海の中で笑いましょう」
愉悦混じりの、けれど真剣な声が、世界の時の法則が悲鳴を上げて破壊される詠唱を唱える。
「一は罪、二は罪人、三は咎人を裁く執行者。私は執行者で、汝が咎人。私を憎むな、罪を犯した自分を憎め。
追うように、アモンも恐怖を叩き込み、ベリアルと同じように法則を捻じ曲げる最悪の詠唱を唱える。
そして、
その名が叫ばれる。
「『血濡れの殺人姫』」
「『亡者の悲鳴』」
ベリアルの髪が赤黒く染まり、同色の魔力がドレスのように纏わりつき、世界の時の法則が絶叫して崩壊して破綻する。
アモンの灼髪がより鮮明になり、燃えていると錯覚する。そして彼女もまた、世界の法則を破壊して、自身をベリアルと同じ場所に捻じ込む。
再び時の流れが静止し、ここから先の戦いを認識した人間は、誰一人として存在しなくなった。
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