18 左目の時計
「んっ……」
ずぐんっ、と鈍い痛みを頭に感じ、それで目を覚ますシルヴィア。
ゆっくり目を開けると、見知らぬ白い天井。
鼻腔を薬品の香りが通り抜けていくので、すぐに治療院だと理解する。
左腕には点滴が刺さっており、栄養剤を打たれている。
ここで、視界の左半分が暗く塞がれていることに気付く。右腕を上げて触れて見ると、包帯が巻かれている。
「これ、意味ないんだけどな……」
左目は義眼。しかも大きな損傷ではないので、十分修復可能。
しかし包帯を取るにしても、どう説明すればいいのか思い付かない。
「……とりあえず起きよう」
異常に怠い体を起こし、周囲を見回す。そこは、隅々にまで清掃の行き渡った病室だった。
「一人にしてはやたらと広い気がする」
もしかしたら同室人がいないかなーと左側を見てみると、見知った顔の少女がベッドの上で横になっていた。
「ユリスっ」
はっとなってベッドから這い出て、点滴棒ごと移動させながらユリスの側に行く。
膝を突いて手を取り、顔を近付ける。
「……脈拍は安定してる。呼吸も穏やか。……はぁぁぁぁぁぁ……」
あの時、アモンの炎の叫びを聞いてしまった。ベリアルの咄嗟の指示のおかげで、精神崩壊を起こして息絶えるなんてことはなかったようだ。
「あっ! ダメじゃないですか、シルヴィアさん! 怪我も治りきっていないのに起き上がっちゃ!」
親友が無事であることを確認できて安堵していると、治療院のナースが入ってきて叱責する。
完全に意識を向けていなかったので、いきなりやや大きな声で怒られて、びっくりするシルヴィア。
振り向けば、お怒りの形相のナースさんがずんずんと歩いてくるのが見えた。
「まったく! あんな重傷を負っておきながらもう歩けてること自体凄いですが、シルヴィアさんは左目を潰されてるんですよ? もうしばらく安静にしていなきゃ―――」
「あの、ちょっといいですか?」
申し訳なさそうに言うシルヴィア。
「実は、わたしの左目って義眼なんです。小さい頃に病気になって、手術で取っちゃったので……」
「……へっ? ぎ、義眼……?」
信じてくれなさそうなので、包帯を外して証明することにする。
鏡の前に立ち、顔半分を覆う白い包帯を見て、幼き頃の記憶が蘇る。
するすると包帯を解き、まず鏡で自分の左目の状態を確認する。
左目に縦に切られた跡がうっすらと残っているが、これは後で消すこともできるので今は問題ない。……顔は女の命であるのだが、ここで都合よく魔術で消せるので、まあいいとしよう。
そっと瞼に触れながら引っ張って開けると、義眼にも縦に切られた跡がある。機能停止しているため、何も見えていない。
「本当に壊れていないのでしょうね……」
こればかりは確認しなければ始まらないので、繋がっている擬似神経を自分の魔力で遮断し、指をぐっと押し込みながら義眼を外す。
ころりと手の平に落ち、それをナースに見せる。
義眼でも本物そっくりなので、知らない人が見れば中々にグロテスクな光景なので、ナースは少し顔を青くしていた。
「お、レイフォード! よかった、起きた……」
とそこに学園長のハルターが、ノックもせずにやってくる。もし着替えていたりしたらどうするんだと思ったが、硬直したハルターを見て説明が面倒だと小さく息を吐いた。
♢
「……つまり、左目は五歳の頃から義眼だったと?」
「そうです。お父さんが代わりの目を作ってくれました。擬似神経が繋がっているのでしっかりと見ることもできます。今は歯車が壊れて動かないので、繋がっていても何も見えないのですが」
一通りの説明を終え、ふぅっと一息。コップに注がれた紅茶を一口含み、机の上に置かれた義眼に目を落とす。
眼球型のケースのようなものに歯車が収められていて、今はそのケースを開けて中が見えるようになっている。
ざっと見た感じ、確かに一部のパーツを交換すれば問題なく使用できる。
シルヴィアは自分の左目を、月に一度自分でしっかりとメンテナンスを行なっているので、大雑把に自分なりの設計図を書いてある。
壊れている箇所は内部にまで行っていないので、その設計図は必要なさそうだが。
「しかし、これまた随分とぶっ飛んだ魔術道具だな。限定的にではあるが、世界の法則に干渉して時間の流れを変えるだなんて」
まじまじと義眼を見ながら、興味深そうに呟くハルター。ナースは考えるのを辞めている。
「これがレイフォードの遺産そのものです。これ一つで、国が軽く二、三個買えるだけの価値があります」
「国二、三個、か……」
眼球程度の大きさしかない時計型の魔術道具一個で、果てしない金額がついていると知り、思考放棄するハルター。
「えぇっと、話の中にあった、シルヴィアさんのお父さんが聞いたある話っていうのは……」
いたたまれなくなったようで、ナースがそんな質問を投げかけてくる。だが、それこそ一番雰囲気を悪くしそうなものだ。
「……わたしの叔父、ジャクソン・レイフォードが、この時計を狙っているという話です。この魔術に関しては関係者には一切明かされていないので、奴がどうやってその情報を掴んだのかは知りませんが、確実に遺産が時計であることを知っています」
それだけで大方のことが予想できてしまい、さっきよりも中々に重い内容に、ナースはすっと目を逸らす。
「叔父がこれを狙っていると知ったお父さんは、わたしの左目を取り戻す方法と、時計を隠す方法を同時に思いついた。それですぐに実行に移し、時計としての性能と魔術道具としての性能を落とすことなく義眼にし、失った半分の光を取り戻させてくれた」
ベリアルのことについては、一切触れていない。流石にそこら辺まで説明するとなると、かなり話がややこしくなる上に、国の上層部とそのごく一部の関係者しか知り得ないことまで話すことになる。
こればかりは話したらシルヴィアが危ない目に遭うので、上手く辻褄が合うように嘘を吐いて話を繋げている。
「シルヴィア。先の戦闘で、この時計は壊れてしまったのだろう?」
「そうですけど」
「つまり、唯一の時間干渉系魔術は、永久に失われたということか……?」
ハルターは危惧していた。時計の持つその破格の性能が、永久に失われてしまうことを。
「いえ、修復に使う歯車に暗記している式を刻み込んでから組み直せば普通に動くので、そんなことはありません」
だから、シルヴィアの返答に驚いた。
「式を覚えているのか!?」
「隣にユリスがいるので静かにしてください学院長。……学院長の言う通り、わたしは式を全て覚えています。小さい頃に受け継いだので、早い段階でそれを丸暗記させられたので。その配置も。ですので、一回普通に修理さえできれば、再び魔術道具として使用することができます。道具も必要な歯車も、全て寮の部屋の中の工具箱の中にありますが」
「こちらハルター。女性職員の誰でもいい。レイフォードの使っている寮の部屋に向かい、至急工具箱を持ってくるように」
速攻でハルターが通信魔術道具を起動させ、女性職員に連絡を取る。行動が早過ぎる。
「直せるのであれば、それに越したことはない。……ちなみに、それを他人に開示することは、」
「不可能です。仮に開示するのが許可されていても、式を解読すること自体が不可能です。諦めてください」
すぱっと言い切り、義眼を拾い上げて蓋を閉じ、隣の台の引き出しの中にハンカチで包んでしまう。
少しして、シルヴィア愛用の工具箱を学院の女性職員が持ってきてくれた。
それを受け取って中身を確認し、必要なもの全てが揃っているのを確認して、満足げに頷く。
「ではこれから修理に入るのですが、時計……もうこの際『
有無を言わせぬ迫力を感じ、ハルターとナースはこくこくと頷くしかできなかった。
「面会者が来た時も、真っ先にわたしに知らせてください。あと、治療院の職員の方々にも、事情を説明してください。あ、ジャクソン・レイフォードと名乗る男だけは、何があっても絶対に通さないように。いいですね、絶対に、通してはいけませんからね」
「わ、分かりました」
若干引き攣った顔で返事をするナースさん。
「ではこれから修理を開始しますので、退室をお願いします」
シルヴィアのその言葉に、ハルターとナースは素直に従い、できるだけ音を立てずに部屋から出て行った。
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