17 偽りの時間の中で動くのは

「ゼァア!」

「てぁあ!」


 大鎌と斧槍が激しく衝突し、ド派手に火花を散らす。

 魔力が尽きるまで永遠に与えられ続ける熱エネルギーを、一滴も余すことなく運動エネルギーに変換したアモンと、虚構の時間の支配者たるベリアル。

 互いに手加減一切無しの全力。流れている時間の性質上、ベリアルに有利を与えている。


 それでもアモンは、悪魔的な熱量で強引に時間の狭間をこじ開けて侵略する。

 暴威、疾風、死の嵐、荒れ狂う刃の踊り。一つ一つが致死。仮に魔導士がこれを認識したところで、介入など一切不可能。

 世界の法則に反逆している二柱の悪魔の戦う戦場では、いかに優れた魔導士でもあまりにも脆弱すぎる。


「あっははははは! 流石ベリアル! 攻め込むことができない!」

「それはっ、こっちもっ、同じっ!」


 速度や一撃の鋭さはベリアルが有利。対して一撃の重さと破壊力はアモンが有利。

 当然ベリアルのも一撃受ければ致命傷ないし即死するが、現時点でのアモンの攻撃が掠りでもしたら、その時点でシルヴィアの死が確定する。

 細かく言えば、掠った時点で肉が大きくえぐれ、良くて腸や肝臓腎臓の消滅、最悪五臓全てが潰れる。

 ベリアルの攻撃は直撃すれば致命傷ないし即死なので、速度で優っていても威力で劣っている。


「相っ変わらずっ、馬鹿げた身体機能してるわねっ! 掠らないようにするので精一杯よ!」


 速度的な有利があれど、視界的不利がある。

 左目を機能停止に追い込まれ、視界が潰された。寮に戻って歯車を取り替えれば問題なく動くのは確定しているが、それはあくまで生きて戻れたらの話。

 掠っただけでも確定で殺されてしまう、致死の連撃。それを事もなく放つ炎の悪魔アモン。不利である事この上ない。


 とはいえ、互いに攻めきれない状態が続いているため、どちらかが大きなミスをしない限り決着は付かない。

 それに、ベリアルの攻撃はアモンよりも速い。掠めて行く程度だが、衣服を裂いて浅く肌に傷を付ける。


「やっぱり同じ悪魔! 今まで惰弱で脆弱で羸弱るいじゃくで薄弱な人間しか相手にできないでいたから、つまらなくてつまらなくて仕方がなかった! ここまで充足した戦いは本当に久しぶり! 嗚呼、我が主よ! 我らが悪魔の王よ! この巡り合わせに最大の感謝を申し上げます!」

「うぐっ……!?」


 大振りの薙ぎ払いを受け止め、吹っ飛ばされる。建物をいくつもぶち破り、左腕に情報強化と硬化と身体強化を重ねがけして、地面を殴りつける。

 強引に上に飛び上がり、体勢を整えて着地。直後に膝を折って頽れる。


「ごふっ、ごほっ、ごほっ……!」

 直撃はしなかった。刃には触れていない。けれども、大鎌で防いだ時の衝撃が、そのまま伝わって内臓に大きな損傷を与えた。

 びちゃびちゃと吐血し、白い手を己の血で汚し、地面に赤い染みを広げる。


 ―――強すぎる。


 ぐいっと口元に着く血を拭い、思考する。

 アモンを殺した二百五十年前。あの時もかなりの重傷を負いはしたが、その当時のアモンはここまで力が強くなかった。掠った時点で即死するという事もなかった。

 しかし今はどうだ。掠っただけで即死する威力を孕む攻撃を繰り出し、防いでも内臓に損傷を与える。

 かつては拮抗していた実力が、大きく隔たれている。


「っ!?」


 全身を虫が這いずり回るような感覚を覚え、全力で右に飛ぶ。

 ごっ! と地面が大きく抉れると同時にアモンが懐に入り込み、斧槍を水平に薙ぐ。

 回避が間に合わず、また大鎌で受け止めて派手に吹っ飛ばされる。今度は自分から後ろに飛んだので、多少の衝撃を緩和できた。


「がはっ、ごふっ、ごふっ……!」


 それでも、損傷は防げない。


「あぁ、ベリアル。あなたは確かに強い。二百五十年前よりもずっと強くなっているのに、どうしてなのかな。弱く感じてしまうよ」


 脂汗を流し、顔色を悪くしているベリアルに、アモンが嘆かわしそうに言う。

 神性は解除していない。今のやり取りも、実数時間では刹那でしかない。


「あなたはここまで強くなかったはず。それに、なんで……」

「あなたに殺されたはずなのに、なんでここにいるのか、でしょう?」


 ベリアルの言葉を遮り、言う。


「正直ね、私も分かっていないの。確かにあなたには殺された。なのに、私と言う存在はここにいる。魂だって、同じでしょう?」


 赤い右の瞳で注視すると、確かに全くの同一の魂をしている。だからこそ、疑問でしかない。


「でもそんなことはどうでもいい。私はただ、あなたと戦えればそれだけでいいの。昔は負けたけれど、今回は勝ってみせる」


 処刑人のように斧槍を高く掲げる。回避したとて、その余波でまた損傷を受ける。その間に、首を刎ねられることだろう。

 だからこそ、今まで以上に魔力を消費してより速く動く。


 無数の斬撃を一呼吸に放って牽制し、一旦距離を取る。膨大な魔力に物言わせて即座に体を治癒し、踏み込む。

 比較にならないほどの大音響と火花が散り、アモンが後退。全身の発条を使って次々と斬撃を繰り出し、抑え込む。

 速さに超特化したベリアル。本来の戦い方は、完全な後の先。動き出した瞬間にそれを抑え込むように動き、攻勢に出させない。


「『終息の火矢イクスティンクション・ファラーリカ』!」


 現時点で使用できる、最も高威力の魔術を発動。燃え盛る炎の弓と矢が現れ、矢を引き絞って放つ。

 実数時間で使用したら音を置き去りにして、その衝撃で周囲のものが吹っ飛び、矢が飛んだ後に地面は大きく抉れていることだろう。


「無駄! 炎の悪魔である私に、こんな魔術は効きはしない!」


 火矢を斧槍で叩き落とし、亡者を焼く炎を顕現させる。

 聞こえてくるのは、助けを求めて叫ぶ亡者の悲鳴。がりがりと正気を削るその声に、ベリアルは顔を歪ませる。


「今の状態で受けるとキッツイわね……!」


 言いながらちらりと明後日の方向を向く。


「余所見厳禁!」


 見逃さず、突撃を受ける。しかし、先ほどよりかその速度に衰えが見える。それでも当たれば致命傷は必至。

 鮮やかに受け流し、膝を鳩尾に叩きつける。


「うぐっ……!」

「お返しよ!」


 暴力的なまでの魔力の多さに加えて、体の発条を上手く利用し余すことなく全身強化して、胸の中心に拳を叩きつける。

 鈍い肉を打つ音が鳴り、アモンがたたらを踏む。


「ゼェ!」


 大鎌を激しく振るい、深い裂傷を刻む。

 左腕が肩から千切れそうなほど裂かれ、右目を潰し、深々と大鎌の石突きを腹部に突き刺す。


「ふっ、ふふふっ……。やっぱり、流石は私のベリアル。ここまでの致命傷を与えるだなんて……。でも、あなたも同じ」

「がぶっ……!」


 ベリアルの腹部には、斧槍の槍部分の穂先が突き刺さっている。吐血し、得物の柄から手を離して後退する。

 穂先が抜け、血が地面に流れる。体の傷は直したが、血液までは戻ることはない。

 多くの血を失い、貧血を起こして立っていられなくなる。


「はぁー、はぁー……」


 ベリアルの荒い息がアモンの鼓膜を震わせる。

 展開していた神性が強制解除され、色褪せていた世界が色を取り戻し、正しく時間が流れ始める。

 同時に、二人の戦闘の余波が各所で同時に発生し、建物が倒壊し地面が抉れる。


「流石の私も、血を失い過ぎたみたい。立っているのがやっと」


 そうとは思えないほどの声音のアモンが、腹部に刺さった大鎌を引き抜いて地面に投げ捨てる。

 燃え盛っていた炎が鎮火していき、持っている斧槍が風化するように消滅する。

 ベリアルもまた、姿を保っていられず赤黒いドレスが溶けるように消え、大鎌が砕けるように消滅。


「魔力にはまだまだ余裕がある。けど、肉体はそうはいかない。このままだと死んじゃうから、今回はここまでにしておく」


 少し弱った声のアモン。地面に倒れたベリアルが顔を上げると、死人のように顔を青白くした顔が映る。


「じゃあね、ベリアル。いずれまた、戦場で」


 それだけを言い残し、ボロボロの体でアモンは転移魔術を行使して姿を消した。

 それを見届けたベリアルは、シルヴィアの体が危険信号を発して脳が働き、強制的に意識を深い闇の中に落とした。

 それから十分弱。正規の魔導士部隊が到着して、シルヴィアとユリスを保護して治療院に輸送した。

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