1 百五十年続く戦争の戦場2

 武器の大きさや長さによって得られる遠心力を利用して鋭い斬撃を繰り出すが、結局は十六の少女の攻撃。

 やけに流麗で戦い慣れている気がしなくもないが、少し荒さが目立つ部分もあるため、鍛え抜かれた剣を持つ魔剣士よりは躱しやすい。


「そんな癖の強い武器で、よくもここまで綺麗に動けるもんだな!」

「教えてくれる人が優秀なのよ。そいつが上だと認めるのは、かなり癪だけどね」


 深い踏み込みからの薙ぎ払い。大鎌の石突きを突き出してから、下から真上に振り上げる。腰を回しながら大きく薙ぎ、くるりと棒術でするように体で回してもう一度薙ぎ払い、左上に切り上げる。


 どんな訓練を積んだら、ここまで綺麗に大鎌という癖の強い武器を扱えるのだと感服しながらも紙一重で回避し続け、時折リボルバーを発砲する。

 男の部下達もシルヴィアを無力化しようと魔術を発動。防御魔術を使っているとしても、硬直は免れない威力を孕んでいる。


「『鉄鎖壁バインド・ウォール』」


 左足を地面に突きつけると、足元に魔術法陣が出現。

 それを起点にいくつもの箇所にもそれが出現して、銀色の鎖が雁字搦めになって壁のようになる。

 男達の放った魔術がその壁に当たり、ほとんどの鎖を破壊して飛び散らせながらも辛うじてのところで防ぐ。


「『死冬氷』」


 間髪入れず、『死冬氷』を起動。


「『四元相殺エレメント・バニッシュ』!」


 不気味な笑みを浮かべながらも、対抗魔術である『四元相殺』で『死冬氷』を相殺して防ぐ。

 そこにシルヴィアが突貫し、素早く大鎌を振るう。男はそれを回避するが、やや荒さのある動きでもなお流麗さも感じる動きに目を瞠る。


「魔術は術式を組んで展開して起動させて放って、そこから着弾するというタイムラグがある。それに比べて近接戦は、近付いて得物を振り回して首を切るか致命傷を与えれば、それだけで済むから効率的。魔導士である以上ある程度の魔術は使えるけど、自分の体を動かした方がずっといいわ」

「魔導士とは思えない戦い方だな!」

「それを言ったら魔剣士全員に似たようなことが言えるわよ。そして、無駄口叩いている暇は、あなたにはないと思うのだけど」


 淡々と言った直後、鈍い肉を打つ音と男の体がくの字に曲がって吹き飛ぶ。シルヴィアの足元には小さめな法陣が浮かんでおり、その法陣から土の拳が伸びている。

 基本四属の土属性魔術で地面を操作し、地面を隆起させて死角からの攻撃を叩き込んだのだ。


 見事に鳩尾にクリーンヒットしたので微妙にえずきながらも、右腕を上げてリボルバーを発砲。

 弾丸とともに雷が放たれて、少しでも触れると電撃で意識を刈り取られる電流がまとわりついているが、シルヴィアはそれを『四元相殺』で属性自体を打ち消しつつ、対物理結界で弾丸を防ぐ。


 大鎌を振り被りながら右手で柄の部分をぐりっと捻ると、搭載されているギミックが作動。ロックが解除されて、振り抜くと同時に刃の部分が外れる。

 飛ばされた刃は細くも頑丈な鎖で繋がれている。


「そんなんありか!」


 体を逸らしてなんとか回避する男。その攻撃に気づけないでいた部下が、代わりに餌食となってしまう。

 もう一度ギミックを作動させて鎖を巻き取り、もう一度飛ばす。今度は誰一人としてそれでやられることはなかった。


 それを確認したシルヴィアは、右足を高く掲げ鎖を踏みつける。すると、飛ばされた刃が変則的な動きをして死角である真上から落ちてくる。

 一人が頭からざっくりと切り裂かれ、それに目を剥いていると『死冬氷』が石 突きから放たれて三人が氷漬けにされる。

 左手が素早く動くと、太ももに巻かれているホルスターからリボルバーを引き抜き、照準を定めて人差し指にぐっと力を入れる。


「『魔道弾フライシュッツ』」


 引き金を引き、乾いた発砲音とマズルフラッシュを起こして弾丸が仄暗い銃口から吐き出されて、その先にいる男の頭蓋を食い破って脳髄を撒き散らす。

 そのまま弾丸が直進して地面に当たりそうになるが、直前で変速的に弾道が曲がって左にいる魔導士の心臓を撃ち抜いた。

 ここで弾丸は心臓を破壊したまま体内に残り、そのまま魔術の効力を失った。


「今時そんな魔術使ってる奴がいるのかよっ」

「目の前にいるじゃない」


 シルヴィアが使った魔術、弾丸魔術は『魔道弾』といい、一度だけ弾道を曲げることができるという、不意打ちにはもってこいの魔術だ。

 ただ、弾丸自体音速を超えているので、少しでも操作を間違えると自爆するという危険性が非常に高いので、好き好んで使う魔導士はまずいない。

 だからこそ、不意を突くには有用なものなのだ。


 氷軍用魔術『死冬氷』を起動し、更に追い打ちで三人氷漬けにし、抜き放ったリボルバーを発砲して粉砕。

 迫ってきた三人をまとめて両断し、左手を前に伸ばして風魔術を発動。渦巻く風の塔が天高く突き抜け、四人が抵抗できずに飛ばされる。

 そんな四人を、どこからか飛んできた四筋の紫電の槍が貫いた。落ちてくると、頭部か心臓を的確に撃ち抜かれており、即死していた。


「お前、どこかに別の部隊を潜伏させてやがるな?」

「当然じゃない。こんなか弱い乙女が一人で、二十人もいるところに無謀に突っ込むわけないじゃないの」

「ひでぇ冗談だ。何がか弱い乙女だよ。たった一人で半数も減らしやがって。白い死神の名前は伊達じゃないってわけだ」

「あら酷い。もしこんな戦争がなければ、人並みの幸せや青春を謳歌していたはずのか弱い女の子よ、わたし」


 そう言いながら左手をすっと掲げると、遠くから幾条もの紫電の槍が降り注いでくる。


「わたし一人でも、多少の無茶をすればあなた達くらいは倒せるわ。けど、だからってそんな傲慢なことはしない。確実に無事に帰れるように、自分を囮にして意識をこちらに向かせて、自分の部隊の魔導士を狙撃しやすい場所に配置するまでの時間を稼ぐのなんて、当然のことじゃない」


 軍用魔術『紫電貫槍ボルティック・スピア』。飛距離・貫通力・殺傷力共にトップクラスのその魔術は狙撃時に非常よく使われる。


「クソッタレ! 『四元相殺エレメント・バニッシュ』!」


 降り注ぐ無数の雷槍を、残っている帝国魔導士が対魔術結界や対抗魔術、ついでに対物理結界で防ぐ。

 学生が使っても非常に危険な魔術ではあるが、まだ学生であるが故に練度が低く、自前の結界で防ぐことができた。

 だが、そちらに意識を向けてしまったがことが、致命的な判断ミスとなった。


 雷槍の雨が止むと同時に、白と黒の暴風が吹き抜ける。貼られている物理結界はまるで紙のように切り裂かれて、二人の胴体が分断される。

 まるで杭を打ち付けるかのように、足をぬかるんでいる地面に叩き付けて停止し、体の捻りを使って真一文字に薙ぎ払う。それだけでまた結界が切り裂かれ、一人が餌食となる。


 さっきとはあまり変わらない戦法。

しかし、動きのキレと速さが段違いだ。加速魔術を使っているにしても、あまりにも速すぎる。

 零から急激に十にギアが切り替わるように、予備動作もなしに最大加速でシルヴィアが近付いてきて、隊長である男は何重にも物理結界を自身の前に展開する。

 その結界に大鎌が突き立てられて、刃が眼前にまで迫るが、ギリギリのところで停止する。


 ここで気付く。シルヴィアの瞳に、変化があることを。

 美しいサファイアブルーの瞳が、まるで鮮血のように真っ赤に染まっていた。


「流石は帝国の一部隊の隊長を務めるだけはあるわね。辛うじてのところで、わたしの攻撃を凌いでいる。賞賛に値するわ」


 どこか愉悦混じりの声。同じ声なのに清涼さを感じさせず、背中に何かが這いずり回るような感覚を味わう。


「けどその運の良さはここでおしまい。あなた達全員、ここで死ぬのよ!」


 ズッと白い左頬に不可思議な赤い紋章が浮かび上がると同時に、結界が破砕される。

 ギリギリのところでそれを回避して距離を取るが、近付いて来るという過程をすっ飛ばしたかのような速さで間合いに入り込まれる。


「隊長!」


 部下がフォローするように魔術を放って牽制し、シルヴィアが上に跳躍してやり過ごす。

 空中では身動きは取れない。

 しかし、先ほどシルヴィアは空中で変速的な回避を行ったため、その常識は当てはまらない。

 それでも隙を見つけると、それに食らい付いてしまうのが生き物としての反応。

 上下逆さまの状態になっているシルヴィアに向かって、捕らえることを度外視した魔術を放つ。


「意外と学習しないのね。愚かしいわ」


 そんな一言とともに、また大鎌を虚空に向かって振るい、刃を支点に上に跳ね上がるように回避する。

 そこから何度も大鎌を振るいながら、まるで振り子のような動きで加速しながら落下しながら魔術や銃弾を回避して、刃を飛ばして胴体を貫通。

 そのまま地面に突き刺して固定し、鎖を巻き取りながら一気に地面に引き寄せられて着地し、飛び上がって隣にいる男の首に両足をかけて太ももで挟み、体を捻って首の骨を折りながら地面に叩きつける。


 かけていた足を外して、腕に身体強化を集中させてその力だけで飛び上がりながらやや強引に鎌を鎖で巻き取り、氷軍用魔術『氷姫の嘆エンプレス・クライ』を起動。『死冬氷』よりも広い範囲を氷漬けにする。


「———あは」


 その口元は、まるで殺しそのものを楽しんでいるかのような笑みが浮かんでいる。


「ふふふっ、あは、あはは、あっはははははははははは!!」


 堰を切ったように、大きな声で嬉しそうに、そして楽しそうに笑い出す。

 血に汚れた頬と服、大鎌。男の仲間の命を瞬く間に奪った氷。これらが合わさってゾッとするような美しさや神秘さを感じさせるが、それ以上に悍ましい感じがする。


「お前、一体何者だ!?」


 堪らず声高に笑うシルヴィアに叫ぶ。


「何言っているのかしら? さっき自己紹介したじゃない。わたしはシルヴィア・レイフォードよ」

「嘘吐け! どう見たってまるっきり別人じゃねぇか! 目の色も違うしよぉ!」

「本当のことなんだけどね。まあ、そんなのはどうでもいいわ。わたしが見聞きたいのは、あなた達の悲鳴と飛び散る赤い血だけよ!」


 体の発条を存分に使った、長い足から放たれる強烈な回し蹴り。そこに強化も加わっており、メギッと肋骨が折れる。

 苦悶の表情を浮かべて地面を転がりながら、右手のリボルバーを連続で上に発砲。

 上に放たれた五発の弾丸は一気に膨れ上がり、炎をまとった隕石のようになる。


 軍用魔術の中でもトップクラスの殲滅力を誇る炎軍用魔術『大炎隕石フラマメテオラ』。

 それが頭上からシルヴィアや同じ場所にいる学生魔導士、そして男の部下達のいる戦場に堕ちて来る。


「あなたまで死ぬけど、いいのかしら?」

「化け物一人を倒すことができるなら、万々歳なんだよっ!」

「あら、酷いわ。傷付きやすい繊細な乙女に、そんな化け物なんて言葉を使うだなんて」


 なんて言いながらも、くすくすと小さく笑っている。

 いきなり人が変わってから、斬り殺したり首の骨を折ったりと、命を自分の手で断つたびに恍惚とした表情を浮かべているシルヴィア。


「この手の術は、発動したら術者を殺しても消えはしない。仕方がないわ、あなたは後回しにしておいてあげる」

「学生風情が、どうやってあれを防ぐってんだ」


 自分の命まで脅かしているが、そんなのを気にしていないかのような笑みを浮かべる。

 そしてその問いに対する答えは、すぐに帰ってきた。


「悲鳴が奏でる協奏曲。飾り付けるのは真紅の鮮血。白いドレスを赤く染め、血海けっかいの中で笑いましょう」


 悍ましく不気味な魔術の詠唱。聞いたこともないような詠唱文。その効力は、すぐに理解不明ながらも判明することとなる。


「『血濡れの殺人姫ブラッディ・マーダー』」


 その詠唱文が唱え切られると同時に、全てが赤く染まる。

 シルヴィアの美しいプラチナブロンドは赤黒く変色し、着ている学生用軍服も影響を受けて同じ色になる。

 それだけではない。


 細い体から溢れ出る魔力も赤黒くなり、それが体にまとわり付いてまるで赤黒いクラシックドレスのようになる。

名前の通りまるで血を全身に被ったかのような印象を受けさせる。

 肌の色と持っている鈍色の大鎌だけはそのままで、それが却って不気味さを増加させている。


「な———」


 なんだ、それは。

 地面に伏している男はそう言おうとした瞬間、一切目を離していなかったにも関わらず姿を見失った。

 その後のことは、理解がまるで及ばないことだった。あえて目の端から語るのであれば、こうだ。


 まず、自分の放った炎軍用魔術『大炎隕石(フラマメテオラ)』が同時に爆散し、無数の欠片となってから元の弾丸に戻った。

 あちこちに念には念をと仕掛けていた魔術は、全てが物理的に破壊されている。

 生き残っていた部下達はなんの冗談か、四肢を欠損した上に胴体を分断され、頭部も首と泣き別れしている。

 これが同時に起こった。


 認識すらできず、ただ呆然とその結果だけを見ることしかできないでいた。

 パクパクと酸欠になった金魚が水面に上がって、酸素を求めるように口を開閉する

 自分の中にあった自信の塔が、大爆音を立てながら根元からポッキリ折れた上に、爆発四散して一気に風化して、塵となって消えていく。

 男はただ、快楽に耐えるように体を抱くシルヴィアを見ることしかできない。


「あぁ……! いいわ、その表情……! 長年培ってきた自分の全てが、見下していた小娘に太刀打ちもできずに砕かれて呆然としているその顔……! 見ているだけで、濡れてしまいそうだわ……!」


 大鎌を地面に刺して左手で体を抱き、右手は頬に触れさせる。

ゾクゾクと体を震わせており、蕩けそうな顔すらしている。

 異常の一言に尽きる。


 少し前まで相手していた、シルヴィア・レイフォードとはまるで違う性格をした何か。

 殺すことに快楽を感じる異常者。そして、理解の及ばない何かを持っている存在。


「そりゃ、死神なんてあだ名が着くわけだ、クソッタレめ」


 采配を完全にミスしたと後悔し、大鎌を地面から抜いてそれを振りかざしているのを見て、苦笑を浮かべて目を閉じた。

 大鎌を振り下ろし、男の首を切り落とす。肉と骨を断ち、その感触を武器越しに手に味わい、うっとりとした表情をする。


「はぁ……。もう、最っ高。これだから、戦いはやめられないのよね」


 べったりと大鎌に付着している血をふるい落とし、地面に突き刺して立てかける。振り向くと、噂で聞いていたシルヴィアと実際に見るシルヴィアがあまりにも乖離していて、怯えてしまっている後輩たちがいた。


 ああやって怯えた目をする若い少年少女を見るのも中々いいが、シルヴィアにはシルヴィアの評判というものがある。もう少し怯えさせたいという気持ちを抑えながらゆっくりと近付き、回復魔術で傷を癒す。


「完全に回復させることはできないけれど、これくらいなら動けるようにはなるでしょう? さっさと臨時基地に戻って後方に避難しなさい」


 そう指示されて、こくこくと頷き支え合いながら立ち上がって臨時に設立された基地に向かって走っていく。


「さて、これで邪魔はいなくなったのだし、思い切り暴れてもいいのよね? ……えぇ、ダメ? もう、いいじゃないの。今受け持っている学生部隊の部下は、みんな今のわたしのことを知っているのだし。今更でしょ?」


 通信魔導具を使っていない。なのに、まるで誰かと話すように言葉を紡ぐシルヴィア。


「もうとっくにあなたのことは持ちきりになっているんだし、気にしたって手遅れじゃなくって? というわけで、これからもう少し前に出て暴れてくるわ。安心なさい、最前線まではいかないから」


 に答えながら一歩進もうとすると、足元を掬われるほどの強い時揺れに似た何かが起こる。

 危うく転びそうになるが、ぬかるんだ地面で足を滑らせつつも持ちこたえる。直後に強烈な熱風が吹き荒び、赤黒い長髪が弄ばれる。


「何、今の……? 前線で第一部隊の隊長が殲滅魔術でもぶっ放した? いえ、それにしたって威力がありすぎる。人の身じゃ、こんな威力の魔術は使えないはず。それに……」


 先ほどの爆発。一瞬だがどこか知っている感じがした。それは懐かしいとも取れる、奇妙な感覚だった。

 燃える炎のような何かと共に、微かに耳に届いた怖気の走るような悲鳴。一つだけ候補が脳裏に浮かび上がるが、すぐにあり得ないとかぶりを振る。だって、浮かび上がってきたたった一つの候補の者は、とっくの昔に殺されているから。


「……なんだったのかしらね、今の」


 今は考えても仕方がない。意識を切り替えて索敵魔術を起動させ、敵を見つけてから猛然と走り出す。さらなる快楽と愉悦を求めて。

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