2 魔導学院でのシルヴィア

「———以上が、先日の戦闘での報告となります」


 ピシッと背筋を伸ばした状態で、はきはきと報告をするプラチナブロンドの少女、シルヴィア。

 その視線の先には、豪奢な机を前にして豪奢な椅子に腰をかけている、壮年の男性がいる。

 その男性はハルター・ランバートといい、シルヴィアの通っているマーセリア魔導学院の学院長である。


 特例でシルヴィアを第一部隊配属にして、学生隊限定ではあるが、シルヴィアに隊長としての権限を与えたのも彼だ。

 そんなことができたのは、ハルターが第一部隊の魔導士だからでもある。

 ほぼ部隊には行かず、学院にいることの方が多いのだが。


「……報告だけ聞けば、素晴らしい功績だ。だが、お前は第一部隊の隊長の命令を無視した挙句、お前に与えられている学生魔導士部隊を独断で動かし、狙撃ポイントに移動させ、その間にインヴェディアの部隊を一つ壊滅させ、ハロルド教官の受け持っていた学生隊を襲撃した敵部隊も壊滅。これもまた命令を無視した独断だ。本来なら処罰ものだが、下手に功績を挙げているからそれもできない。実に困った生徒だよ、君は」


 低い声で言いながら、ふうっと息を吐く。


「というのが、軍属の魔導士視点だ。学院長としての視点での意見としては、その行動のおかげで我が校の生徒の命を、無駄に散らすことはなかった。やはり君は、この学院の自慢の生徒だ」


 一転して、厳格な雰囲気を霧散させるような微笑みを浮かべる。その笑みはまるで、己の子供を褒める時のもののようだ。


「お言葉ですが、わたしはそこまで大層な人間ではありません。わたしが守れたのはほんの一部で、あそこ以外にも多くの学生兵が命を落としています」

「シルヴィア。君はおとぎ話や神話の人物ではない、現実世界の人間だ。味方を誰一人として失わず、全てを守るながら敵を倒すなんてことはできない」

「存じております。確かにわたしは他とは違う大きな力を持っていますが、結局はちっぽけな一人の人間です。全てを守ることができるなどという、傲慢な考えは持ち合わせておりません。……ただ、せめてもう少し早く到着していれば、もう少し多くの命が救えたはずなのです」


 数日前の戦闘で、数十名もの学生が命を落としている。中には、シルヴィアが駆けつけた瞬間に命を落としてしまった生徒もいる。

 そういった人を見るたびに、シルヴィアはせめてあと一秒早く到着していればと、自分を責めていた。


「過ぎる謙遜はいらぬ反感を買うことになるぞ、シルヴィア」

「……申し訳ありません、学院長」

「だが、やはりあのレインの娘だな。自分よりも他人を優先する。実によく似ている」


 レイン・レイフォード。今から五年前に戦場に出て命を落としてしまった、シルヴィアの実父。

 レイフォード家の正当な本家筋の跡取りで、一族の長い歴史の中で飛び抜けた才能を持っており、一族からは『神童』などと呼ばれていた。

 そんなレインは本家のみが行なっている研究をする傍ら、魔導士として戦場に出ていた。


 魔導士としては非常に優秀ではあったが、極端な功績を挙げていたわけではないため、戦場ではあまり名が知られていない。

 レインの名前より、叔父であるジャクソンの方が有名なほどだ。

 父親に憧れていたシルヴィアからすれば、不本意甚だしいことではあるが。


「ともかく、報告は受けた。言うだけ無駄かもしれないが、上官の命令には大人しく従うことだ」

「果たしてそれを守ることができるかは不明ですが、善処します。では」


 ぴっと軍式礼をしてから学院長室から退室する———


「あぁ、そうだ。また君の叔父から連絡があったのだが……」


 ———前にハルターがシルヴィアに言う。


「絶対に断ると言っておいてください。ついでに、しつこいからもう関わるなとも」


 にこっといい笑顔で返し、今度こそ退室する。

 かつかつと少し踵が高めのブーツを鳴らしながら、石やレンガでできた廊下を歩き、長いプラチナブロンドの髪が揺れる。

 何人かの生徒と廊下ですれ違うと、ハッとした表情で注目する。


 魔導学院には女子の数が極端に少なく、容姿の整った女子が入学すると、あっという間に注目の的となる。

 シルヴィアも注目を集めたが、戦いを間近に見て、今は怯えるような目を向けてくる生徒の方が多い。

 慣れたことではあるが、話しかけてきてくれないので、少し寂しく思ってしまう。


『自分から話しかけに行けばいいじゃないの』


 突然、シルヴィアの脳内に声が響く。これもすっかり慣れているようで、顔色一つ変えない。


「確かにそうだけど、それだと向こうが変に恐縮しちゃうのよ」


 周りに聞こえないくらいな声で、その声に言葉を返す。

 脳内に直接聞こえてくるそれは、普段の自分とは真逆の性格と趣味嗜好をしている裏人格だ。


 裏人格は戦うことを至上としており、特にその戦いの中で自分の手で命を刈り取り、飛び散る地とまろび出る臓物。鼓膜を震わせる、這い寄る死の恐怖で上げる悲鳴を見聞きすることに、興奮すら覚える異常人格だ。

 レインが生きている頃にも裏人格はあったが、ある事情で早い段階でシルヴィアに研究が受け継がれ、その裏人格はシルヴィアに移った。


「それに、ちょっと怯えている目を向けられるのだって、確実にあなたのせいよ。敵兵を殺す都度、あんな顔をしないで欲しいのだけど」

『それは無茶な相談というものよ。あぁ、またあの肉と骨を断つ感触と、聴き心地のいい悲鳴の合奏曲が聞きたいわぁ……!』

「普段の私とはかけ離れているとはいえ、それに快楽を覚えるとかやめて頂戴。戻った後、下着を変える羽目になるんだから。おかげで、一部の特殊性癖の男子生徒や女子生徒に目を付けられてるんだから」


 簡単にいえば、被虐趣味の生徒に目を付けられている。

 理由は、戦いに出て裏人格が出てきた時、見た目はシルヴィアのままなので、周りからすれば殺しを楽しんでいる異常者に見られることがある。

 それで憧れ半分恐怖半分といった感じで避けられるが、中には裏人格の戦いを見てあらぬ妄想をして、いらぬ誤解をする輩もいる。


『わたしを表に出してくれれば、その生徒の要望に応えてあげられるのに』

「本当にやめて。変態だって思われたくない」


 何より怖いのは、裏人格はそれを本当にやりかねないことだ。

 裏人格はシルヴィアより強いが、制限がありシルヴィアの体を強引に乗っ取ることができない。

 それと、身体能力といった物も器となるシルヴィアに影響されているので、あまり激しく動きすぎるとすぐに体力切れを起こしてしまう。


 一方で魔力の場合、シルヴィアのものと裏人格のものはそれぞれ独立して存在しており、裏人格の方が魔力総量が多い。

 どれだけ多いかは把握しておらず、魔力切れを起こしたところを見た経験がない。


『まあいいわ。どうせしばらく戦いもないだろうし、大人しくしていることにするわ』

「そうして。あと、いつも通り話し相手くらいにはなってよね」

『分かってるわよ。あなた、友達少ないものね』

「黙れ」


 くすくすと裏人格が笑い、それ以降話しかけてくることはなかった。

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