3 親友は良き理解者

 なんだか一気に疲れた気がするシルヴィアは、やれやれと小さく息を吐く。

 左手に着けている、ゼンマイから手作りの機械式の腕時計を見て、丁度お昼時なので食堂に行くことにする。


 シルヴィアの通う魔導学院は、国から莫大な予算を出してもらっているため、施設が恐ろしく充実している。

 室内プールがあればジムもあり、六十人が一度に入れるだけの大浴場もある。

 それ以外にも、ゲームセンターなどの娯楽施設や、学院の外にある有名飲食店の支店も敷地内に設けられており、飲食店以外にも洋服店や雑貨や、スーパー、etcエトセトラ


 そんな充実仕切っている学院の食堂は、もちろん敏腕シェフが腕に縒をかけて絶品料理を格安で提供してくれている。

 そしてその食堂は、なんでもあることである意味有名だ。

メニューに書いていない料理も、「〇〇(料理名)ありますか」と聞いたら「あるよ」と返ってきてちゃんと提供してくる。


 たまに無謀な生徒が、一度でいいから「ない」と言わせようと無茶な注文をするが、必ず「あるよ」と言って出してくる。

 なので、そんな食堂についた別名が「あるよ食堂」となっている。なんとも安直なネーミングだが、これ以上のものが思い浮かばないほど言い得て妙だ。


「シルヴィー!」

「うわっ!?」


 廊下を歩いていると、愛称で呼びながらいきなり背後から誰かに抱き付かれる。

 背中に感じる、女性にしかない女性の象徴とも言える柔らかな膨らみの弾力。そして毎日聴いている、親友の声。


「ユリス、いつも言ってるでしょ。いきなり抱き付かないでって」

「いいじゃんいいじゃん、減るもんじゃないし。それに、シルヴィっていい匂いがするからさ〜」

「理由になってないわよ」


 抱き付いてきたのは、同級生で数少ない友人で親友のユリス・アンデルセン。十六歳でボクッ娘。

 明るい茶髪をセミロングにしてそれをピンポイントで三つ編みにしている。シルヴィアと背は変わらないが、スタイルはややスレンダー。


 拳銃使いではあるが、戦闘スタイルは二丁拳銃のガン=カタでの近距離で、どっちかというと武闘家に近い。

 シルヴィアの数少ない友人にして、無二の親友だ。

 あと、学寮の同室者でもある。なお、料理に関しては消費担当。


「これからどこ行くの?」

「学院長に報告してたから、今から食堂に行ってお昼食べるところよ」

「奇遇だね! ボクも今からお昼食べに行くんだ! 一緒に行こ?」

「断る理由はどこにもないわ」

「やったー!」


 オーバーな反応をして、またシルヴィアにぎゅっと抱き付く。

 ユリスはシルヴィアの裏人格のことは知らないが、戦いに出て人が変わることは知っている。というか、それを目の当たりにしている。

 だのに、ユリスは引き続きシルヴィアと良好な交友関係を持つ、数少ない同級生だ。

 本人曰く、どれもシルヴィアなのだから嫌う理由にはならない、とのこと。


「あ、そうだ。ねえシルヴィ。シルヴィに作ってもらった時計、なんか動きがヘンになっちゃったんだけど」


 そう言いながら、左腕に着けている可愛らしい意匠の凝らしてある腕時計を外して、シルヴィアに差し出す。


「あんた、また壊したわけ? これで何回目よ」

「べ、別に壊したわけじゃないよ!? ただ、秒針がヘンな動きをするの」

「それを壊れたって言うのよ。全く……、あとで見せなさい。部屋に戻ったら直したげる」


 ユリスにも時計を自作して渡しており、故障させるのはこれが初めてではない。

 戦闘スタイルが特殊なので、それを承知しているため怒る事はしない。

ただ、この一年で不具合を起こしたのがこれで四回。修復不可能にまで壊したのは二回もある。


「ごめんね。あとで材料費とか出すから」

「別にいいわよ。まだ余ってる歯車とかあるし、失敗作とかもあるからそれらを流用すれば済む話よ」


 受け取った時計を見ると、ヒゲゼンマイで動くテンプの動きがやや遅れている。


「もしかしたら交換する必要もないかもだけど、下手して壊れたら面倒だし、あとで交換するから預かっておくわね」

「はーい」


 不具合を起こしている時計をジャケットの胸ポケットに入れ、二人揃って食堂に歩いていく。


「それにしても、ここのところシルヴィの活躍が凄いねー。流石、二年目にして第一部隊に配属されるのが決定している、才女様なだけあるよ」

「そういうユリスだって、第三部隊からスカウト来てるじゃない。あんたも同類よ」

「ボクは補欠で入るんじゃなくて、シルヴィみたいに正規魔導士確定して行きたいの。そっちの方がお給料いいから、家族の暮らしを少しでも楽にしてあげられるし」


 ユリスはアンデルセン一家の長女で、年長だ。下に妹が四人、弟が二人いる。両親も健在で、ユリスを含めると九人家族と大所帯だ。

 運がいいのか、ユリスの父親は王族の近衛魔導士団に配属されており、他の魔導士同様に戦場に出ているので数々の武功を挙げており、給料は他の魔導士を比べると結構ある。


 そう思えば、ユリスが正規魔導士になって家族を養う必要はなさそうに思えるが、実は下の妹全員が普通学校に通っていて、その授業料がバカにならない。

 今は父親の給料でなんとかなっているものの、もしそこに弟二人も学校に通うようになると生活が困窮してくる。

 その負担を少しでも軽減するために、補欠魔導士ではなく正規魔導士として部隊入りしたいのだ。


 魔導士になれば国家防衛などの任務に就いたり、過酷な地に行って調査をしたりと命の危険が伴うので、その分給料がいい。

 エリート職としても有名だが、「お金持ちになりたい」なんて理由で入られたら迷惑なので、嘘看破の魔術を使った面接を行なって突破する必要がある。

 ユリスは家族のためにお金が欲しいとバカ正直に話したらしいが、それが却って好印象を持たれたようだ。


「今でも仕送りしてるんでしょ?」

「まあね。学生魔導士でも、月に二十万もらえるのはかなり美味しいよね。使い道ないから溜まって行く一方だけどさ」

「もらわないよりはマシよ。あったほうが色々できる幅が増えて、わたしとしては嬉しい限りよ」


 時計作りが趣味なシルヴィア。工具や歯車といったものを集めるのも趣味となっており、ユリスと共同で使っている寮の部屋には、幾つもの工具箱や歯車をしまう箱が置かれている。


「それはそうとして、シルヴィは何食べるの?」


 そろそろ食堂というところで、ポケットの中から財布を取り出して残高を確認しながら、ユリスが訊いてくる。


「簡単にパスタにしようかなって思ってるわ。手軽に食べられるし、美味しいし」

「パスタとかスパゲッティ好きだよね。気持ちは分かるから何も言えないけどさ」


 シルヴィアも財布の中の小銭を確認し、十分あるのを確認してポケットにしまい、仲良くユリスとおしゃべりをしながら食堂へと向かっていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る