4 戦場における行方不明者

 食堂が近く、昼時というのもあってだんだんと学生の数が増えてきた。

食堂に入って食券を購入し、美味しいけどソースが跳ねたりしたら服が汚れるからと、比較的人の少ないパスタの受取り口で券を渡して待つ。


「先席取っとくよー」

「お願いー」


 定食を先に受け取ったユリスは、代わりに席をとっておくと伝えてくる。

 遅れて昼食のカルボナーラを受け取ったシルヴィアは、少しユリスを探した後に、日当たりのいい窓際に座っているのを見つけてそちらに行く。ついでにコップを二つ取って水を入れて行く。


「いい席が空いてたわね」

「真夏だと結構暑いけど、今の季節はちょうどいいよね」


 今の季節は秋で、暑さは過ぎ去って心地いい涼しさとなっている。

 日によっては暑い日もあるが、真夏日に比べると可愛く感じてしまう。


「あー、ボクも第一部隊に再スカウトされないかなー」

「こっち見ながら言わないでくれる? どうにもできないわよ」


 基本学生のうちから部隊にスカウトされることは、まずないと考えるべきだ。

学院で魔導士としての基礎を積んだ後、訓練兵として魔導戦闘部隊に仮入隊し、そのあとでその成績次第でどの部隊に配属されるかが決まる。

 訓練兵の時に、上位成績者十五名に名を列ねることができれば、魔導戦闘第一部隊に配属する権利をもらえる。


 もちろん強制ではないのだが、最精鋭部隊に入れるのは名誉なことなので、断る者はまずいない。

 そんな第一部隊に十六歳で既に配属が決まっているシルヴィアと、第三部隊に配属が補欠でも決定しているユリスは、学院からすれば期待の星だ。


「そこをどうにかならない? レイフォードの権力的なもので」


 そんな期待の星の少女二人の片割れがこんなだ。


「うちは魔導士一家ではあるけど、そんなコネはありません。第三部隊に配属されること自体凄いことなんだから、贅沢言わないの」


 上品にパスタを食べて行くシルヴィアに、ちょっとむくれ顔でチキンステーキ定食を食べるユリス。


「そういえばさ、最近変なことが起きてるの、知ってる?」

「変なこと? この学院で?」


 唐突に、何かを思い出したのかそう聞いてくるユリス。


「ううん、違うよ。なんかね、戦場でそこそこの数の魔導士が行方不明になってるみたいなの」

「魔導士が行方不明って、戦場に出る時に位置を特定する魔術道具持ってるんだから、普通はならないでしょ」

「そうなんだけどさ、実際に行方不明になっている人がいるんだって。しかも学生魔導士じゃなくて、みんな正規魔導士なんだって」

「ふーん」


 確かに変ではあるが、魔術道具が壊れてその状態で敵に倒されたら、発見するのが難しくはなる。

 だがあくまで難しくなるだけで、無人索敵機を使えば多少時間がかかっても見つけることくらいはできる。


「しかもね、毎回信号が捕捉できなくなった場所に行くと、なんかそこだけ焼け野原みたいになってて、いろんなものが炭や灰になってたり溶けてたりしてて、地面に人の形をした影みたいなものや、建物があったらそこにも人の影みたいなものが残ってるんだって」

「影みたいなもの? 地面や建物に?」

「そうなの。だから今、解析班が血眼になってその原因を探ってるみたいだよ」


 それは確かに不思議だ。

 焼け野原にするだけならば、『大炎隕石』を連発するかそれと同等の威力を持つ炎軍用魔術を使えば、できなくはない。


 だが影のようなものは普通に戦っていればそんなものは残らない。

残るとしたら、凄まじい熱量による起爆が至近距離で起きて、地面や建物の壁を白く焼き、人の影の形がそのまま残った場合だ。自陣や周りへの被害が大きすぎる。


 そういえばと、この間の戦闘の時に一度だけ凄まじい地揺れのようなものと熱風を感じたことがあった。もしかして、行方不明者が出ているのはそれが原因なのではないかと考える。

 だが、あんな威力の魔術を使える人間はいない。広域殲滅の魔術は存在するが膨大な魔力を消費するため、一人での起動はまず不可能。


 あの時、第一部隊の隊長の仕業かと思ったが、隊長も人間である以上あの威力の魔術を一人で使うことはできない。例え、人間離れした強さを持っていてもだ。


『魔術的に考えれば、そんなことは気にしなくても済むのだけれど』

(……黙ってるんじゃなかったの?)

『わたしはあくまで、大人しくしていると言っただけで、黙ってるとは一言も言ってないわよ』


 揚げ足を取られた。

 それがなんだか少し腹立たしくなったが、何も言い返さないでおく。


「生徒の間では、悪魔の仕業だーって言ってるけど、そんなわけないよね。悪魔なんて、この世界に存在しないんだから」

「人っていうのは、説明のつかないような現象が起こるとすぐに、そう言った神秘的なもののせいだって言いたくなる生き物だから仕方ないわよ」

『悪魔はいない、ねぇ。ふふふっ』


 ユリスの言葉を聞き、可笑しそうに小さく笑う裏人格。


「実際は本当になんなんだろうね。解析班では、帝国の新しい魔術だっていう意見が出てるけど」

「神やら天使やら、そんな超常な存在は存在しないんだし、現実的に考えるならそれが普通よ」

「でももし、本当は悪魔がいるとしたら?」

「勝ち目はないでしょうね。そういう奴らは決まって、アホみたいに力が強いから」


 神話やおとぎ話に出てくる悪魔や神がいい例だ。中には時間を自由に操る、なんて化け物が登場する。

 それは創作物であるからこそいい設定として生きるが、現実にいたら嫌過ぎる。


「もしシルヴィがそんなのに遭遇したらどうする?」

「逃げの一手。以上」


 だって死にたくないもの。


「だよねー。ボクだって確実に逃げるよ。魔導士ではあるけど、普通の女の子として恋したいし」

「わたしだって同じよ。恋愛を一切経験せずに死ぬのなんてごめんだわ。その確率が一番高いところに、わたしたち揃っているんだけどね」


 恋愛せずに死にたくないのであれば、研究職側に行けばよかったではないかと思われるが、シルヴィアは家のことや自分を狙っている叔父のこともあって、できるだけ近くに居たくないから前に出ている。

 ユリスは少しでも家族を楽にさせてやりたいので、危険を承知で戦闘員となっている。あとは愛国心からくる使命感的なものだ。


「けど超常な存在は存在しない。だから、それを引き起こしたのはわたし達と同じ人間でなくちゃいけない。そして人間である以上、同じ人間であるわたし達には勝機はある」

「少なくとも、シルヴィくらいじゃないと勝てない気がするんだけどなー」

「わたし単体じゃ、多分無理。正規と引けを取らないなんて言われてるけど、魔力や経験とかで劣ってるから、自分が有利になるようにギリギリのところで誘導しているだけよ」


 配属が決定している正規部隊の化け物隊員達のことを思い出し、遠い目をする。特に、若くして部隊長になった女性将軍の強さは、本当に人間なのかと疑うほどだ。


「あれでギリギリなんだ」

「第一部隊の魔導士の大半は、予測した動きをさらに予測して、こっちを完封してくるからね。あの先読みの凄さが、生存率と撃破数の高さを誇るのよ。わたしの予測・誘導なんて、まだ素人に毛が生えた程度のものでしょうね」

「そんなシルヴィでも、帝国の部隊を複数壊滅させられるということを忘れないでね。単体でそんなことできるの、同世代だとシルヴィだけだよ思うよ」


 ジトッとした目を向けられ、すっと目を逸らす。


『今の今までシルヴィアが部隊を倒せていたのは、少女であることが一番大きいわね。誰が見ても、二十歳まで行っていないただの小娘。そんな小娘に自分たちが負けるはずがないって、高を括っていたからこそ不意を突いて倒すことができた。あなたはレイフォード家のご令嬢で、誰よりも自己加速魔術が得意だものねぇ? それに、わたしのおかげであることもお忘れなくね』


 くすくすと笑いながら言う裏人格に、シルヴィアは少しだけ辟易とする。

 裏人格のいう通り、敵からすればただの小娘だ。十代とは思えないスタイルを持ち、戦場には女に飢えた男が山ほどいる。その欲求で意識してか無意識のうちか、できるだけ傷をつけないようにと手加減してくる。


 人間は予想外なことが起こると、判断力や動きが鈍くなる特性があり、シルヴィアはそれを利用して裏をかいて、今まで多くの帝国魔導士を下してきた。

 今のシルヴィアの実力では倒せない相手は、裏人格と入れ替わることで倒してきた。もし裏人格がいなかったら、ここまで順調以上に出世コースを進むことはなかっただろう。

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