5 学院の汚点
「それとさ、よくあんな癖の強い武器を振り回せるよね。大鎌の中でも、シルヴィの使うあれって一番扱いづらいやつじゃなかったっけ?」
シルヴィアの使う大鎌。内部にいくつかのギミックがあり、刃に近い部分のギミックを捻ればロックが外れて、鎖鎌のように飛ばすことができる。
他にも、石突き部分は杖と同じ役割を持っているため、剣を媒体とした剣魔術以外にも、杖魔術での発動も可能。
更に、刃の部分には空間魔術が付与されていて、空間そのものに突き刺すことが可能。
数日前の戦闘時、結界を張ったにも関わらず突き破ったり、虚空に振るって刃を支点に振り子のように空中で動いていたのも、その付与された魔術のおかげだ。
「最初は使いづらかったけど、今はあれが一番しっくりくるわ。空中でも回避できるなんて、最高じゃない?」
「ほぼ腕の力だけで動くから、完全脳筋武器だけどね、あれ。ボクには絶対に扱えないよ」
ユリスは、過去に何度か見た空中を振り子のように移動するシルヴィアを思い出しているのか、苦笑を浮かべている。
「腕だけじゃないわ。それだと鋭さも何も出ないし、全身の発条を使わないとまともに使えないわ。これこそ慣れよ。最初の頃は、全身筋肉痛になったくらいだし」
「なおさら、使いたくなくなるよ。ボクはヒットアンドアウェイでチキンプレイしてるよ」
「あなたも十分前に出て戦ってるけどね」
そのおかげで、自作した時計が狂ったり壊れたりしているわけだが。
その後、特にこれといった怪しい話題が出てくることはなく、次の休日はどこに行こうかとガールズトークで盛り上がった。
食後、やることもないし、荷物がいくつかおいてあるのでまずは一度教室に戻ることにした二人。
空になった食器を片付けて食堂を出て、長い廊下を歩く。
変わらず、シルヴィアには憧憬と恐怖の目が向けられるが、ユリスといるからかいくらか恐怖の方が和らいでいるようにも感じる。
「最近、男子からの告白は減った?」
「
「それで、返事は?」
「見てわからないかしら?」
苦笑する。おかげで、シルヴィアは女好きという謎の噂が流れたのだが。
「いいよねー、シルヴィはいろんな男子から告白されて。中には貴族のお坊ちゃんから、求婚すらされたことがあるんだっけ?」
「あるけど、ヘドが出そうなくらいのナルシストで気持ち悪かったから、言い切る前に断ってなにか言う前に走り去ってやったわ」
それでも諦め悪く食い下がってきたが、面倒だったので裏人格に出てもらって、オブラートに包みながらも言葉のナイフで滅多刺しにしてもらった。
「自分でイケメンとかいってる時点で、対象外だっての。香水の匂いもキツかったし、金持ちなのを主張する様に派手なアクセサリー着けてたし」
「それは……気持ち悪いね」
貴族としての爵位は子爵だが、たとえ気持ち悪くても貴族に気に入られるのは名誉なことでもあるので、大抵の求婚された女性は了承する。
シルヴィアも自分の家を確かなものにするためなら、権力を行使するのも辞さない気でいるので、貴族と結婚さえすればそれは容易になる。
ただ、以前告白してきた子爵のボンボンはあまりにも気持ち悪かった上に、完全に体目的だったので、長くて大仰な求婚の言葉を遮って断った。
本気で惚れているのではなく、ただ娼婦の様に体だけの関係を持ちたかったのが丸見えだった。
生理的に無理で激しく嫌悪している、叔父のジャクソンと同類であると速攻で察し、裏人格と共同でこっぴどくフッてやった。
「理想が高いのは自覚しているけど、爽やかで優しい人が理想。貴族にそんな人はまずいないから、身分が上がることはまずないでしょうね」
「シルヴィの気持ち、よく分かる。ボクも爽やか系なイケメンさんがいいもん」
「思春期女子は誰でもそうよ、きっと。そうじゃない人もいるだろうけど、だいたいイケメンアイドルとかを必死に追っかけしてるから、きっとそうよ」
自信はない。
「逆にシルヴィは、男子の理想とも言えるけどね。美人さんだし、頭もいいし、料理もできて気遣いもできて、非の打ち所もないよ」
「完璧ではないけどね」
「そこがまたいいみたい。いつもはしっかりしているのに、時々見せるドジな一面が人気に繋がってるって、知り合いに聞いたよ」
「あっそ」
特に興味もない話だったので、早々に話を打ち切る。
廊下を歩いて教室に着くと、教室の前にある掲示板に新聞の一部の切り抜きが貼られていた。
【マーセリア、勝利するも別区域を略奪される】
【本国と帝国の国境線近くにある巨大湖、リンバート湖が奪われる。奪還できなかった場合、水産業及び観光業に大きな影響が出る可能性大】
それはいつもの記事だった。
ここのところ、帝国側はなりふり構っていられなくなってきた様で、無謀とも言える特攻を繰り返す様になった。
自分の命を顧みないその戦法は、結果的にマーセリアに大きな打撃を与えることになった。
今回もまた、マーセリアは戦い自体に勝っているのだが、その陰で別の場所を奪取されてしまった様だ。
リンバート湖は海と繋がっている非常に大きな湖で、夏になると水浴をしに多くの客が足を運ぶ有名なリゾート地だ。
しかも水揚げされる水産物の四割ほどがその湖からで、奪還できない限り水産業と観光業に大きな打撃が与えられる。
「あの湖、取られちゃったかー……。よくあそこに家族で遊びに行ったから、悔しいな……」
「本当ね。なんとかして奪還して欲しいところだわ」
その記事を見て悔しい気持ちになっていると、その隣に別の記事が貼られていた。
【ハロルド・オースティル魔導学院教官、戦死。彼の率いた学生部隊は壊滅の危機に陥るも、奇跡的に生還】
【生き残った生徒曰く、ハロルドは教官という立場と権力を濫用し、多くの学院の女子生徒に猥褻な行為を強要していたとのこと。中には、自室に連れ込まれそうになった女子生徒もいるということも判明】
【できの悪い生徒には、すぐに体罰をしたりと数々の違反行為があったにも関わらず、今までそれが見過ごされてきたことに対し、生徒の家族からは学院に説明する様にと要求するも、今の所なんの説明もない】
「よくこれをここに貼ろうと思ったね。恐れ知らずというかなんというか……」
ハロルドは確実にこの学院においての汚点だ。
知る機会は永遠に失われたが、面接をどう突破したのかが気になる。
「こんなこと言うのは不謹慎なんだろうけど、ボクとしてはなんかホッとするんだよね。あの人が女子に向ける目って、凄く気持ち悪かったから」
「見た目もそうだしね。つけられているあだ名も、言い得て妙だったわ」
ハロルドによる直接的な被害は胸やお尻を触る程度で済んでおり、あくまで連れ込まれそうになっただけで強姦は未遂に終わっている。未遂でも犯罪だが。
「ユリスもあいつに目を付けられたの?」
「分かんないけど、多分そうじゃないかな? あの人、女子生徒と話す時、顔、胸、顔の順番で見てたし。本人はバレていないつもりなんだろうけど、至近距離で目が動けばどこ見ているのかバレバレだよ」
シルヴィアも同じ様に顔と胸を主に見られていたので、ユリス同様不謹慎ではあるが本音ではホッとしている。
ハロルド以外にも時代遅れな男尊女卑思想をした教官が何人もいるが、彼のように性的な目を向けてくることはまずない。
一人、特に男尊女卑思想の強い教官がいるが、その教官は女性を性的な対象ではなく従える対象として捉えている節がある。
昨今の王国は男性も女性も差別のない平和であることを目標としているため、行きすぎたその思想を持っている教官は優先して除籍される。
だというのに、未だにハロルドの様な人物や女性を従える対象として捉えている人物がいる。
一体何を基準にして判断しているのか、もし機会があったら学院長にでも聞いてみようかとぼんやりと考える。
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