6 急襲
「おー、我らが勝利の女神様がご到着なさったぞー」
「女神とか言わないの。そういうのガラじゃないんだから」
教室に入るや否や、出入り口の対面にある窓側の席に座っている赤髪の男子生徒が、からかう様な調子で言う。
その男子生徒の名前は、シルバー・ランドレー。シルヴィアとユリスのいるクラスの中で一番のムードメーカーで、一番のお調子者だ。
赤髪は短髪にしていて活発そうな印象を受け、実際にその通りだ。
かっこいいからと言う理由で銃ではなく剣を選んでおり、その性格に合っているのか学生としてはかなり優秀な成績を残している、優秀な魔術剣士だ。
「なーに言ってンだよ。自分の率いる学生部隊で、帝国の部隊を壊滅させておいてよ」
「そう言うあなたも、結構な功績を挙げてるじゃないの。部隊の先輩達が、あなたのことを聞いてきたわよ」
「お、てことは俺も近いうちに第一部隊から、スカウトされるかもしれないってことか?」
嬉しそうな笑みを浮かべるシルバー。
魔導士としては非常に頼もしくはあるのだが、同じ学生としてはあまりにもお調子者なので、あまり信用はできない。
ふと、シルバーの近くにいる男子生徒の集まっている方を見ると、シルヴィアは思わず息を吐いてしまう。
「あなた達……また賭け事してるの?」
その男子生徒達が行なっていたのは、トランプによる賭け事だった。
やっているのはポーカーで、机の上には数万リザものお金が置かれている。
「仕方ねーだろ。おれ達は実力的に戦場に出ることができないんだから。それに、無能だったとはいえ教官をしてくれていたハロルドが死んで、他の教官も怪我をしたから講義がなくて暇なんだからよー」
シルヴィアのクラスの教官を務めていたのは、無能教官であったハロルドだ。
通常であれば教官が戦死したり、怪我を理由に退役したら別の教官が充てがわれるのだが、前回の戦闘で他の教官も怪我を負ってしまい、現在治療中なので多くのクラスが講義を受けることができないでいる。
なので生徒達は、自主的に勉強するか訓練するしかやることがなく、それらをあらかた終わらせてしまうと暇になって仕方がないのだ。
「だからってお金の絡む賭け事はやめなさい。前回の戦いだっていきなり始まったんだから、いつでも出撃できるように準備くらいはしておいた方が身のためよ」
「流石は女神様。言うことが違うね」
「女神呼びはやめなさい」
シルヴィアがなんで女神呼びされているのは、今でも判明していない。
初めて戦場に出て、数が多かったので裏人格に任せてから、生徒の間で勝手にそう呼ばれるようになった。他にも「血濡れの姫」なんて不名誉なのもある。
好きじゃないようで、恥ずかしそうに頬を少し赤くする。
「わたしは当たり前のことを言ったまでよ。今のご時世、いつ戦いが始まるか分からないんだから」
「そうだよ! 明日も生きていくために、しっかりと準備しておかないと!」
「そう言う二人は、準備してあるのか?」
「当然。『倉庫』の中にメイン装備とか色々入っているわ」
倉庫とは、国が莫大な資金を湯水の如く消費して作り上げた、『
「そんなことより、二人とも訓練とかは終わらせてるだろ? なんでここに戻ってきたんだよ」
「荷物がいくつかここに置いてあるからよ。それ回収したら寮に戻るつもり」
「なんだ、すぐに帰っちまうのか。この後レイフォードと、魔術なしの訓練でもしようと思っていたんだけどな」
シルバーはシルヴィアの裏人格ほどではないが、戦うことが大好きなバトルジャンキーだ。
時間さえあれば、シルヴィアと一対一の魔術なしでの模擬戦をしようと持ち込んでくるほどだ。
「残念。この時間帯は後輩や先輩がほぼ全て貸し切ってるから、わたし達が行ったところで空きはないわよ」
「マジかよ。予約しておけばよかったぜ」
少しだけ落ち込んでいるように見えるシルバー。本当に暇なようで、とにかく体を動かしたりして発散したいらしい。
そんなシルバーの横を通り抜け、自分の机の中を覗く。
先日の戦いの直前まで、シルヴィア達は普通に講義を受けていた。そのため、いきなり始まったので教科書などが机の中に放置されていたのだ。
戦いが終わって数日経っているが、その間報告書などを書いていたので回収することができないでいた。
「さ、戻ろうユリス」
「はーい」
荷物を倉庫の中に放り込んで、ユリスとともに教室から出る。
「今度俺と模擬戦してくれよなー」
そんな懇願が聞こえてくるが、サクッと無視して廊下を歩いていく。
校舎を出て外の石畳の道を歩き、噴水の近くを通り過ぎてその先にある、レンガ造りでレトロな建物を目指す。
その建物はシルヴィア達女子生徒が使っている寮で、男子よりも数が圧倒的に少ないにも関わらず、かなり設備が充実している。
代表的なのは、美肌効果のある大浴場だ。異性の目を気にする少女達が、よく利用する。
他にも、女子寮の敷地内にある
そんな施設の充実し過ぎている寮に入り、真っ直ぐシルヴィアとユリスの使っている部屋に向かう。
ユリスが持っている鍵でロックを解除し、部屋の中に入る。
あらゆるものがアンティーク調になっているが、それは部屋の改造が自由な上に、二人の趣味が合っていたからである。
今時珍しくなりつつある木製の机が二つあり、片方にはたくさんの本が、もう片方には工具や細かい歯車などのパーツが置かれている。
小さめなストーブもあり、心落ち着く場所なので、割と頻繁に同級生が遊びに来る。
「さて、さっさとこれ済ませちゃうわね」
「お願いー」
やれやれと息を吐きながら椅子に腰をかけ、邪魔になるから髪の毛を後ろで一つに括り、右目に
もう一つ別の箱からはあらかじめヒゲゼンマイのついているテンプを取り出し、それを机の真ん中においてある金属板の上に置く。
「……いつ見ても、細か過ぎて真似できそうにないなぁ」
時計の裏蓋を外して非常に小さなネジを外し、慎重にテンプとアンクルを外して別のテンプに取り替えて、また元に戻す。
その一連の作業を見て、ユリスはあまりの細かさに眉を八の字にする。
「今でこそ魔術研究が主になってるけど、元々は時計屋だからね、うち。大きな会社とかじゃない個人経営だから、あまり広く知られてはないけど」
レイフォード家は元々、時計職人をやっていた。
大きな会社などは持っていなかったが、ムーブメントを一から手作りしているため、大量生産されているような時計よりも精度が高い。
また依頼人の要望で様々なデザインのものを作るので、時計好きにはたまらない一品となる。
依頼人には貴族や富裕層が多く、会社などを持っていなくともそれだけで十分にやっていけていた。
そんな家も、ある代から魔術研究の方に主軸を移しており、時計作りはその傍らでしかやらなくなってしまった。
莫大な研究費など国から支援されている上に、魔導士一族としても名が知られるようになり、その収入は時計職人だけをしていた時より圧倒的に高い。
そのおかげで裕福な暮らしができているのだが、シルヴィアは一介の時計職人として切り盛りしていた時の方が、絶対良かったと思っている。
自分の好きなことに好きなだけ打ち込むことができ、自分の好きな作品を作り出すことができる。なんと素晴らしいことか。
そんな思いが暴走して、小さい頃に道具に手を付けて試行錯誤の末、ガラクタ同然の時計ができたのだが、自分の手で作り出したことに変わりはなくその喜びを知ってしまっているため、時計作りに関しての熱意というか執念が人並みではない。
「こんなに凄い精密な時計を作れるんだから、絶対時計屋さんやってた方がいいって。きっと高く売れるよ?」
「お父さんくらいならともかく、今のわたしが時計を作ったところで昔からいるお得意様が離れちゃうだけよ。わたしにはまだ、お父さんほど上手に時計を作れないもの。きっとこの時計を見たら、開口一番ガラクタだって言うわね」
シルヴィアが父のレインが亡くなる前、幼少期の頃に一度見た父親が遺した一つの時計。
その当時はかっこいい時計としか思わなかったが、今となっては自分では不具合を起こした箇所を修理することしかできないほど、高い技術で作られているのがわかる。
真似ができないのだ。
確かにシルヴィアの作る時計は、一般的に売られている物よりも精度は高いが、レイフォード家の人間が代々作ってきた物と比べると、児戯にも等しい技術で作られている。
まだ十六歳なのだから仕方がないのかもしれないが、それにしてもあまりにもその技術力に差があり過ぎている。
「お父さんが残した遺産の設計図、実家の工房の中に隠されているんだけど、クソ叔父がいるから帰るにも帰れないのよね」
「淑女がクソって言うのはどうかと思うけど、まあそれは置いておくとして、なんで帰れないんだっけ?」
何度か説明をしているはずなのだが、完璧に忘れているユリスに少しだけ呆れる。
物覚えは悪くはないのだが、たまにこういうことがある。
「あのすけべオヤジは、お父さんが残したレイフォード家の完成した研究成果を狙っている。それさえあれば、魔導士という枠組みを外れて馬鹿げた力を発揮できるから」
「あ、思い出した。その完成した研究成果がシルヴィの言うお父さんの残してくれた遺産、つまり時計ってことなんだっけ」
「その通りよ。けど、その時計を手にしたってどのみちあいつには扱えない。だって、レイフォード家の血を引いた人間にしか反応しないんだもの」
レインが残した研究成果。それは一族が代々研究を続けてきた大魔術で、『神童』とまで呼ばれたレインがシルヴィアが生まれる少し前に完成させた。
それはしばらくレインが保持していたが、シルヴィアが五歳頃にある理由でそれを受け継ぎ、現在はシルヴィアが大事に持っている。
その研究成果は強力の一言で、それをどこかから聞きつけたジャクソンがそれを欲してしつこく付きまとっている。
実家にいた時に夜這いを仕掛けられたのもそれが原因で、十六歳にも関わらずモデル顔負けなスタイルをしている娘がその日偶然バスタオル一枚で寝ているから欲情したというのもあるが、本命はシルヴィアの持つレインの残した遺産だ。
その遺産はパワーバランスを簡単に壊すだけの力を持っており、ジャクソンはそれがどうしても欲しかった。
女性を一気に追い込んで情報を吐き出させるには手篭めにするのが一番手っ取り早いと思い襲ったが、体の柔軟さと得意の自己加速魔術で一方的にボコられている。その後、シルヴィアは学生寮住まいになった。
その後の一ヶ月間、呼び戻そうとあれこれ行動していたが、自分で説得するのは諦めたようだ。
「ねえシルヴィ。ボク達親友でしょ? ボクにもその時計を見せて欲しいんだけど……」
「ダメ。こればかりはユリスにも見せられない」
「ケチー」
ぶーっと頬を膨らませながら、シルヴィアの背後から抱き付く。
「そう簡単に一族が研究して来た大魔術を教える訳ないでしょ。もしそれを教えて、なんらかの拍子で外部に情報が流れたりでもしたら、わたしを含めてあなたまで危ない目に遭うかもしれないのよ? むさいおっさんに囲まれて、情報を吐くまでずっと監禁されるの、嫌でしょ?」
「……やっぱ教えなくていいです」
「賢明な判断よ」
ぱちっと時計の裏蓋を閉じて、それをユリスの眼前に突き出す。
「ざっと見たけど、不具合があったのはテンプだけ。でも念のためアンクルも変えておいたわ。今度は情報強化の魔術を付与してあるから、そう簡単には不具合は起きないはず」
「わぁ! ありがとうシルヴィ! 大好き!」
時計を受け取った後に、もう一度抱き付くユリス。
ユリスは誰とでもフランクに話すがシルヴィアと一緒にいることの方が多く、二人揃って浮いた話が無い上にこんな感じにスキンシップするため、たまに誤解されることがある。
誤解は勘弁して欲しいのだが、シルヴィアもユリスのスキンシップに嫌な顔一つしないので、それが拍車をかけている。
嫌な顔をしないのは、こうした温もりを与えてくれる家族がいないからで、同性でも人肌を与えてくれるユリスは、シルヴィアの心を潤してくれる。
そうやって癒されていると、学生に支給されている通信用魔術道具が起動し、脳内に声が響く。
『学生各員に告ぐ。インヴェディアの部隊を捕捉。数は数百に及び、魔力駆動兵器を導入している。直ちに戦闘準備を済ませ、出撃せよ。繰り返す———』
「またぁ? いい加減懲りないよね、帝国って」
「それだけこの国が宝箱に見えるんでしょうね。ほら、さっさと行くわよ」
ぱぱっと工具をしまって片眼鏡タイプの顕微鏡を外し、部屋を飛び出る。
廊下には多くの生徒がごった返しており、一斉に格納庫に向かって走っている。
はぐれないようにとシルヴィアはユリスの手を掴み、引っ張るように他の学生と一緒に走って行く。
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