15 炎の悪魔の襲撃
「……あった」
シルヴィアが求めていた、新しく入荷した歯車。それは
純聖銀は魔力を完全に遮断するという性質を持っているため、魔術的な道具を作る際にはまず使われることはない。
しかし、シルヴィアは魔術的な道具を作ることはできないが、時計を作ることができる。
魔術道具として作らないのであれば、戦いに出てすぐに狂うような時計を作るわけにはいかない。そんなシルヴィアの想いを叶えてくれるのが、純聖銀の歯車だ。
あとは、仮に魔術道具として作るにしても、魔力を一切寄せ付けないので、影響を受けたらまずい部分に使うこともできる。
そんなものを作るには、凄まじく高い技術が要求されるようになるのだが。
「けど、やっぱりえげつないわ」
長期間劣化することはせず、理想の時計が作れるかもしれない歯車。それを求めて止まないのだが、如何せん値段が恐ろしく張る。
先ほどの服屋でシルヴィアは四万七千リザ使ったのだが、軽くその三倍以上の値段だ。
学生魔導士としてそれなりの給与がある上に、使い道がなくて貯まる一方だったのであるのだが、やはり十万以上の値段を見ると躊躇ってしまう。
もし買うとしたら、重要パーツのテンプのパーツの一つである天輪とアンクルとの二つだけだろう。
小さな袋に入っている白銀色の歯車を見て葛藤し、天輪とアンクルの二種類をそれぞれ二個ずつ購入。シルヴィアの懐に大打撃が与えられる。口座から引き出せば問題なし。
「うっへぇ……。こんな小さなパーツで十数万リザ。よく合計四つも買おうと思うねぇ……」
「時計作りに妥協はないわ。やるからには最高の作品を作る。これでこそ職人よ」
そうは言いつつも、四十万以上の出費がかなり痛いようだ。まだ少し悩んでいるような顔をしている。
「お嬢ちゃん。いつもうちに来てくれるのは嬉しいけどよ、そこまで無理して高いの買わなくてもいいんじゃねぇの? いやさ、レイフォードの時計にうちのパーツが使われるとなれば商売上がったりだけどよ」
工具店の店長は、シルヴィアがレイフォードの娘であることは知っている。なので、そのレイフォード印の時計に自分の店の部品が使われるのは嬉しいことだが、十代半ばの少女が無理して高いものを買おうとするのは無視できない。
「わたしはお父さんの作ってくれた時計よりも、より性能のいい時計を作るのが目標です。そのためには、歯車一つから妥協なんて許されません」
「レインさんの時計か。あの人の作る時計は、まさに別次元だ。普通、機械式の時計は重力の影響を受けて時間が狂うのに、あの人の作る時計は一秒ズレることが一週間にあるかないかだからよ。あの人の時計を超えるとなると、生半な努力じゃ無理だぞ」
レインの時計は、あまりにも恐ろしいほどに精密だ。機械式なのに、時間がズレることはまずない。一週間に一回、一秒ズレれば多い方だ。
「小さい頃からそれを見ているので、どれだけ難しいか知っています。けど、いかな天才でも結局は人間。人間が作ったものであるなら、同じ人間の手で作り出せない道理はありません」
天才だ、神童だと言われて来た父親だが、所詮は人間。
シルヴィアにはレインほどの才能はないけれど、必ず追いつくために努力をやめない。だから、きっといずれ追いつくことができると思っている。
「若いってのに、立派な考えだな。レインさんの娘なだけある」
「まだまだ足元にも及びませんけどね」
「何言ってんだ。お嬢ちゃんが左腕につけているその時計、自分で作ったものだろう? そこいらの時計より、ずっと性能がいい。うちに売って欲しいくらいだ」
「うちの時計の性能を知っている人が見れば、きっとガラクタだと評価しますよ」
隣でユリスが「そんなことないんだけどなぁ」と、自分の左手首に着けている時計を見ながら言う。
「どうぜ毎日時計いじりでもしてるんだろう? 最後に油を買いに来てから結構経つから、そろそろなくなる頃だろう。サービスに、一個お嬢ちゃんにくれてやるよ」
「え、いいんですか?」
「いいってことよ。前にレインさんに色々と助けてもらったこともあるしな。本人が死んじまったから、娘のお前さんに受けた恩を返したいのさ」
これは初耳だった。
今いる店の店主がレインのことを知っているのは知っていたが、助けられているとは知らなかった。
同時に、やはり父親らしいと微笑する。
油を譲り受けるついでに少し値引きまでしてもらえて、財布が重度に寒冷化せずに済んだ。
思わず敬礼しそうになったが堪えて、代わりに最大の感謝の言葉を述べて退店する。
「嬉しそうだね」
隣に立つユリスが、呆れ顔で言う。どう見たって、新しい服を買った時より嬉しそうな顔をしている。
「そりゃ嬉しいわよ。大打撃を受けることにはなったけど、すっからかんにならなかったんだし。でもあとで口座から引き出しておかないと、食費とかがなくなるわね」
少し前まで少し重かったのに、すっかり軽くなった自分のお財布を持って、苦笑する。
十六歳の少女らしかぬ情熱の向け方にユリスが呆れていると、不意に魔導士としての顔が、二人同時に現れる。
首筋に感じた、チリッとした異質な感覚。その異質な感覚は、戦場で最も感じ取れるもの。
二人が感じ取ったもの。それは、
―――殺気。
『シルヴィア! 体を明け渡し―――』
ベリアルが大声で叫ぶも、言い切る前にシルヴィアとユリスの視界が赤く染まる。直後に肌に感じる、体が燃えていると錯覚するほどの熱。
咄嗟に揃って足の銃に触れて結界魔術をかなり広い範囲に貼ったのだが、熱だけは防ぎようがなかった。
赤く染まっていた視界が元通りの色に戻ると、視界前方に広がっていたのは、魔導士が複数人消えた戦場と同じ地獄だった。
広範囲にわたって炎が広がり、建物が燃え落ちる。
まともに炎に飲まれた人間は、悲痛の叫びを上げながら地面をのたうち回るか、そんな暇すらなく焼かれて消し炭になる。
まさに地獄絵図。あの時は戦闘後だったので生き残りがいなかったが、今回は市街地だ。
多くの市民が巻き込まれ、無残にも虐殺されている。
「ひっ―――いやぁあああああああああああああ!!」
突然、隣に立つユリスが頭を抱え、恐怖を顔に貼り付けて地面に蹲る。
「ユリス!? どうしたの、ユリス!」
「いや、いやぁ……! た、助け、助けてぇ……!」
完全に、取り乱していた。
『今すぐ親友の意識を刈り取りなさい! でなければ、永遠に心を失うことになる!』
「っ、ごめんユリス!」
ホルスターのリボルバーを引き抜き、人には傷を付けない特殊弾丸を装填。
電撃系の魔術を込めて引き金を引き、強引にユリスの意識を刈り取る。
「ぁ……」
びくんっと体を震わせて、力なくシルヴィアに寄り添うように倒れこむ。
顔は真っ青になっており、大量の脂汗が浮かんでいる。
『いい、シルヴィア。決して炎に意識を向けてはダメよ』
「ってことは、この炎は……」
『えぇ。微かに聞こえてくる、この正気を削るような叫び。間違いなく、アモンの魔性による炎よ』
あの時ベリアルが感じ取っていたものは、間違っていなかったと言うことになる。
炎の悪魔、アモンは、生きている。この惨状を作り出したのが、何よりの証拠だ。
「―――あは。見つけたぁ」
まるで虫が背筋を這うような形容し難い感触を味わい、弾けるようのその場から飛びずさり、『倉庫』の中から愛用の得物の大鎌を取り出す。
ばっと顔を上げてある民家の屋根の上に目を向けると、そこには灼髪の少女が立っていた。
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