14 時計職人の娘もまた時計職人
ベリアルとの密会的なものから四日。最近戦闘続きだったので、休息を取るべきだろうとユリスとベリアルに説教されて訓練も休みにすることにした。
なのでとりあえず、二人は街に出て買い物することにした。
いついかなる時でもすぐに戦えるようにと私服ではあるが、武器も持っている。
ユリスの両太ももに巻かれたレッグホルスターには鈍色のリボルバー。シルヴィアの右太もものホルスターに、ユリスと同じ色のリボルバーが収められている。
「可愛いお洋服がメインだけど、他にも行きたい場所とかあるんだよね?」
「えぇ。最近行きつけの工具・部品屋さんに新しい歯車が入ったみたいだから、そこに行きたいのよ。それに、ちょうど少し歯車の数が少なくなってきているし。手持ちのお金が尽きようとも買うしかないわ」
「流石は時計職人の娘。捧げる情熱が凄い」
普通の女の子が持つような趣味ではない。シルヴィアもそれを自覚している。治すつもりはない。
本日の少女二人のメインは、新しい可愛い洋服を手に入れること。
巷で話題となっている新しいデザインの物が、ユリス行きつけのお店に販売されているとのことなので、これはぜひとも手に入れたいものだ。
シルヴィアもそれを手に入れたいのだが、後は単に私服の数が少し少ないので増やす目的でもある。
今は秋で、もう時期冬だ。ニットセーターやニットワンピースとかを買おうと考えている。あと厚手のコートとかも。
それらを買い揃えた後は、レイフォードの昔の本業である時計職人として、それ専門の部品や道具を揃えている店に行く。
「最近魔力駆動式の時計もどんどん販売されているから、シルヴィの作るような機械式時計ってもう中々見なくなってきたよね」
「嘆かわしい限りだわ。確かに魔力式もいい点はあるわ。魔力さえあれば半永久的に動き続けるし、何より重力の影響を受けて時間が狂うなんてことはない。けどね、そんなロマンの欠片もない物、わたしからすれば時計ですらないわ。歯車一つ一つで作り上げられたムーブメント。全ての歯車が完全に噛み合っていなければ決して正しく動くことのない、機械式の時計こそ至上。正しく時間を示す時計の原点とも呼べるそれこそが本物だというのに、魔術技術が進んでいるからってそれを使った時計なんてガラクタよ。自分の手でゼンマイを巻いて、動き出した時に聞こえるカチカチという音。これが最高だというのに、それを消してしまうだなんて何事かっ!」
「流石は時計職人の娘。捧げる情熱が凄い」
さっきと同じセリフを言うユリス。
あまりにも熱弁しているので、若干引いているようにも見える。
「一からムーブメントを作る時計職人、舐めるんじゃないわよっ」
「分かったから、早く行こ。急がないと、なくなっちゃうかも」
放置すると永遠に話していそうな気がしたユリスは、引きずるようにシルヴィアを連行する。
その間も、シルヴィアの熱弁は止まらなかった。
結局目的地に着くまで話し続けて、中に入ったところでようやく収まった。
目の前に広がる色とりどりの可愛らしい、十代前半から二十代半ばまでの女性が好むデザインの服。
魔導士で、時計職人で、ユリスは知らないが悪魔をその身の内に秘めていても、シルヴィアとて十六歳の少女だ。
瞬く間に熱弁が鳴りを潜め、お年頃の少女の一面が首を擡げる。
「わぁ! これ可愛い!」
無邪気な子供のように目を輝かせながら、マネキンに着せられている服を見てはしゃぐ。
普段はあんなにもクールな親友が、こういう時に限ってキラキラと目を輝かせるのは見ていて面白い。
もしここに男子生徒がいたら、そのギャップに確実にやられていたことだろう。
「これなんか、ユリスに似合いそうね」
「そこは自分に似合いそうなものを選ぶところじゃないかな」
しかし、実際にユリスが好きな色合いのものを持ってきているあたり、センスがいい。
なので、ユリスもお返しにシルヴィアに似合いそうな服を手に取る。
「シルヴィにはこの服が似合いそう。涼しげな色してて、髪の毛の色にも合ってるし」
選んだのは青と白を基調にしたワンピース。ところどころにフリルがあしらわれていて、過度に派手ではないのにそれを着ている親友姿を想像して、魅力が一気に引き出されるのを確信する。
青と白は色の相性的に非常によく、地毛がプラチナブロンドのシルヴィアにぴったりだ。
他にも薄緑色のカーディガンや、真反対の黒色のスカートやジャケットなども似合う。
「っとと、本来の目的忘れてた」
シルヴィアのコーディネートに集中していたユリスが、思い出したように手に持っていた服を元の場所に戻して歩き出す。
遅れて気付いたシルヴィアも、本来の目的を思い出して後を追う。
ユリスが向かった先にあるのは、大量の服が畳んで置かれている棚だ。そこにお目当ての服が置かれている。
「あった!」
棚に置かれている、新商品の掛け紙のある服。それを見つけたユリスが、嬉しそうに破顔する。
てててっと走り寄り、残り三着しかないそれを二つひっ掴み、一着をシルヴィアに渡す。
洋服というより上に着る前の開かないパーカーだが、シンプルにデザインがいい。
それを片手にもう一度先ほどまでいた場所に戻り、他にもいいものがないかを探す。
シルヴィアは、さっきユリスがいいと言っていたワンピースとカーディガンを手に取り、ユリスもユリスでシルヴィアがいいと言っていたブラウスにジャケットを手に取る。
ほんの数着しか買わないのに、すでに軽く数万リザもしている。もし学生魔導士でなかったら、買うのをかなり躊躇うか諦める値段だ。
月に二十万ももらっている上に、入学してからほぼ使わずに貯まっていく一方なので、金銭的にはめちゃくちゃ余裕がある。
なので、二人揃って数万リザをポンと出した時、レジの店員が驚いた顔をしていた。
会計し終えた服を『倉庫』の中にしまって外に出ると、今度はシルヴィアの目的の店に行くことになる。
「やっぱりシルヴィアでも、歯車から自分で作ることはできないんだね」
「資材さえ揃っていればできなくはないけど、必要なの全て実家の工房に放置してあるから、やろうにもできないのよ。あの欲塗れ男がいるから」
「意地でも名前で呼ばないんだねぇ」
話の中で叔父が出てくることはあるが、一度も名前で呼んだところを聞いた試しがない。訳を知っているから、理由は分からなくもないが。
「誰があんな奴の名前を呼ぶものですか。わたしを強姦しようとしておきながらもレイラ叔母さんに見放されていないだけありがたく思っていればいいのに、それを許しだと勘違いして諦め悪くわたしを自分の娘にしようとしているだなんて、信じられない」
「一度でいいから、レイフォード少将に会って見たいよ」
「やめておきなさい。見境なく若くて可愛い女の子に手を出すようなクズだから」
自分がそんな目に遭っているからと、凄まじい偏見だ。これも分からなくはない。というか、あながち間違ってはいないかもしれない。
むしろ、そうでなければシルヴィアに夜這いを仕掛けた理由にならない。見た目が十代には見えないというのもあるかもしれないが。
「それとさ、よく時計を欲しがってるって言ってるけど、シルヴィが偽物を作って渡せばいいんじゃない? そうすれば自分にはそれを使うことができないって、思わせることができるかもしれないよ」
「既にやったわ。数週間はそれで騙せていたけど、何を思ったのかその時計を分解して、歯車になんの魔術的要素がないのを見つけてそこからまた始まったわ」
「じゃあ、魔術的要素を含めた奴は?」
「それも試し済み。結果は同じ」
「執念深いねぇ」
何が何でも自分で使いたいのかもしれない。その上で本物の時計を使って武功をあげ、更に上の地位に行きたいのが目に浮かぶ。
「あ、でももし向こう渡ったら……」
「えぇ。自分が使えないからまたわたしが仕組んだんじゃないかって思い込んで、遺産を分解するのが容易に想像できるわ。設計図も実家の工房の中にあるから、もし分解でもされたら取り返しもつかないことになるわ」
『分解されたら、わたしが自分を保っているのが難しくなってしまうわね。最悪、時計じゃなくてあなた自身に取り憑く必要になるかも』
分解されて一番困るのは、シルヴィアとベリアルだ。ベリアルは時計の核となっている特殊な魔術発動媒体に入り込んでいる。
なのでシルヴィア自身に取り付いている訳ではないのだが、時計を常に持ち歩いているのでほぼ同じような状態だ。
もしジャクソンに時計を渡してしまえば、彼は魔術を使えないからまた仕組まれたのではと分解する可能性が非常に高い。そうされれば、ベリアルは時計の中にいられなくなってしまう。
もしベリアルがシルヴィアに移ったら、今のシルヴィアの人格が上位存在のベリアルに引っ張られて、歪んでしまうかもしれない。
人間の精神は当然悪魔よりも弱く、体を乗っ取られれば次第に人格が歪められて元の人格が消滅し、完全に支配されてしまう。
レイフォード家の人間がそうなっていないのは、常に精神の中にベリアルがいるのではなく、時計の中に普段いて必要な時に一時的に体を貸している状態になるからだ。
おかげで悪魔に乗っ取られる心配はないのだが、そう思うと地の精神力だけでベリアルの支配を跳ね除けてしまった先祖が、いかに反則じみているのかが分かる。
「尚更、渡すわけにはいかないね。それはシルヴィのお父さんが遺してくれた、大事なものだしね」
「えぇ。だから、もしわたしがあの男に強姦されて仮に妊娠してしまったとしても、決して時計は渡さない。渡すくらいなら、破壊したほうがずっとマシ」
確固たる意志が、その瞳に宿っている。まあ、悪く言えばただの頑固者なのだが。
「ちなみに、もし設計図があって材料も揃っていれば、真似できなくはないのかな」
「無理。第一に、発動媒体自体の作り方が残っていないもの。どうやったのか、情報強化に加えて不朽の魔術がかかっているから、老朽化して劣化する心配はないんだけど」
ただし、あくまで核にのみその魔術がかかっているので、周りの歯車は定期的に取り替えて魔術式を書き込まないといけない。
定期的にとは言っても早くても数年に一度、長いと十数年間に一度取り替えればいいので、今のところその心配はない。
「小さい頃に魔術式の書き方だけでも覚えておいて正解だったわ。不具合が生じて修理する必要がある時に、応急処置だけど直せるもの」
「その式を覚えるのにどれくらいかかった?」
「少なくとも二年はかかったかな。人間不思議なものよね。大人よりも小さい子供の方が物覚えいいもの。式を覚えさせてくれたお父さんに感謝しないと」
まさに、鉄は熱い内に打て、だ。冷めて凝り固まってからあれこれやろうとしても、そう上手く行くことはない。
もし今のシルヴィアが時計の式を覚えようとしたら、下手したら十年かかっていたかもしれない。
「ボクはその魔術式がどんなものなのか凄く気になるけど、見たら頭痛くなりそうだからやめておくね」
「賢明な判断よ。さて、次の目的地に着いたわ」
洋服店を出てから、二人はシルヴィアの目的地である時計の工具やパーツ販売店に着く。
看板には歯車のようなデザインが施されており、その隣に極細のドライバーのようなイラストもある。
扉を開けて中にはいると、金属と油の匂いが鼻腔を通り抜けて行く。ユリスはこの匂いがあまり好きじゃないようで、僅かに顔をしかめる。
反してシルヴィアは、この店の品揃えに目を輝かせている。やはり生粋の時計職人気質だと、ユリスが呆れる。
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