11 帰還
午後三時四十八分。
突然のインヴェディアの襲撃。
完全に後手に回ったにも関わらず、防衛側となったマーセリアが勝利した時間である。
後衛の学生部隊には、奇襲を仕掛けられて怪我を負った生徒がいるが、それだけだ。学生に死者はいない。
期間にして七日間ときっかり一週間。
第一魔導戦闘部隊の女性隊長が、敵陣に特大の殲滅魔術をぶち込んだことで相手側は六十名ほどの二個中隊を損失。
それを受けて勝てないと察した帝国側は降伏宣言をし、マーセリア側の勝利という形で落ち着いた。
降伏すると同時に、今回の奇襲作戦の指揮を執っていた魔導士と生き残りを捕虜として捕らえ、魔導軍の基地の中にある檻の中に幽閉されることになった。
どういうわけか、捕虜として捕らえたその指揮官と思しき魔導士は頻りに指揮官は自分ではないと叫んでいたが、他の捕虜が異口同音に彼が指揮を執っていたと証言したため、それは逃げるための妄言であるとされた。
「やっと帰ってこれたー!」
学院に帰還許可が生徒達は一直線に戻り、味気のない質素な食事をしていたからか、多くは『あるよ食堂』に直行していた。
シルヴィアとユリスは体に着いた汚れや汗を流すために寮の部屋に直行し、一緒にシャワーを浴びたところだ。
シャワーを浴びた後、ユリスは女子寮ということもあって覗かれる心配もないと、バスタオル一枚で自分のベッドにダイブする。
「はしたない格好ベッドに飛び込まない。あなたのお父さんが今のあなたの姿を見たら、きっと頭を抱えると思うわよ」
同じように、髪の毛をまだ少し濡らしたままで体にバスタオルを巻いたシルヴィアが、脱衣所から出てくる。
「いいじゃん別に。今ここには、ボクとシルヴィしかいないんだし、そもそも女子寮だから寮監さんも女の人だし」
「そういう問題じゃないでしょ。いくら女の子だけでも、一人じゃないんだから。実家だからって油断しきっていたら、欲情魔の性欲お化けの豚に襲われた実体験があるんだから」
「本当に嫌ってるねぇ。叔父を豚呼ばわりって。そして女の子がそんな乱暴な言葉を使っちゃいけないよ? それにここ女子寮で、男子禁制だから襲われないと思うんだけど」
むくりと起き上がり、諭すように言う。
「分かっちゃいるけど、そう思わざるを得ないわ」
「シルヴィの叔父さんって、太ってるの?」
「全然。むしろ軍人らしい体つきをしているわ。わたしが豚って言っているのは、目の前にある餌を食べることにしか頭がいっていないように、女の子が無防備な姿でいるから欲情して襲いかかってきたからよ。わたしにも原因があるんだろうけど」
今は亡き母と似て、モデルや女優顔負けのスタイルを持つシルヴィア。
十一歳の時にはその片鱗を見せ始め、十三歳ごろになって一気に成長し、十五歳頃には今と同じくらいになった。
生前、学生時代は堅物としてある意味有名だったレインが、夢中になってしまう美貌を持っていた母親アリシアに似たシルヴィア。
そんなアリシアに似たシルヴィアが、お風呂上がりにタオル一枚を体に巻いて、その日は特に疲れていたためベッドに倒れこんでそのまま寝てしまっていた。
それで起こしたのが、半年前の強姦未遂だ。
一方的に悪く言っているが、そのきっかけを作ったシルヴィアにも非はある。
「でも姪に欲情するって、色々とヤバいよね。原因がシルヴィになるとはいえ、常識を疑うよ」
「そして人の物を盗んで、それで今よりも功績を上げようとしているのも許しがたいわね。あれはお父さんがわたしに遺した物だもの。絶対に渡さないわ」
髪の毛に付着した水分をしっかりと拭き取り、先にベッドの上に用意しておいた下着を身に着ける。
「話だけ聞くと色々とヤバい人だけどさ、叔父さんは魔導軍の少将なんでしょ? いくら嫌いだからって、もし悪口とかが耳に入ったら大変なことになるんじゃない?」
「もしそうだとしたら、わたしは今頃懲罰を何回も受けているわよ。下手な懲罰をして怪我でもしたら、立場が悪くなるのは向こうの方だもの」
既にシルヴィアは、本人の前で数々の罵詈雑言を吐いている。
中でも、自分の中で一番大量に悪口を言ったのは、半年前の強姦未遂の時だ。
その後も、無理矢理にでも引き戻そうとする彼に対して、遠回りにだが様々な罵声を浴びせているので、もし懲罰を受けることになっているのであればその数は両手では足りないだろう。
「ユリスも知っての通り、わたしが持っているレイフォードの完成した遺産。そのありかを知っているのは、現時点でわたしだけ。その使用方法も、使用条件も、全部わたししか知らない。まあ、レイフォードに婿養子としてきた叔父には、あの時計を起動させることすらできないんだけどね」
「なんだっけ。確か、レイフォードの血を引いていないと動かないんだっけ?」
思い出す様に顎に指を当てながら言うユリス。
「えぇ。だから、わたしや叔母さん、従姉妹以外の人間が持ったところで、その遺産はなんの魔術的効果を発揮しない、ただの超精密な時計としか機能しないわ。それを耳にたこができるくらい言っているんだけど、時計を渡さない口実としか思っていないの」
「いっそのこと、一回渡して本当に動かないと知らしめたほうがいいと思うんだけど」
「無理。自分では動かせないとわかったら、今度は自分の娘に持たせるかもしれないわ。あいつの妻がお父さんの妹、レイラ叔母さんだからその娘はわたしの従姉妹に当たるわけ。紛いなりにもレイフォードの血があるから、起動できる可能性はあるわ」
レイラは、兄レインに似て非常に優秀な魔導士だ。
結婚して子供を産んだため魔導士として大成することはなかったが、もし仮に戦場に出ていたら多大な戦果を挙げていたことだろう。
そんなレイラと、四十七にして少将にまで上り詰めたジャクソンの間に生まれた娘、シルヴィアにとっては従姉妹のレティシアは、その二人の才能をしっかりと受け継いでいる。
「じゃあ、もしシルヴィの時計が奪われてその従姉妹に渡ったら、本家ではないレイフォード家が成り上がってくるかもしれないってこと?」
「上手く使えればの話だけどね。それに、完成した魔術研究は大魔術に部類されるくらい強力だけど、それだけで一騎当千を成し得るかって言われたら、不可能よ」
「そうなの?」
「ユリス……。前にも二、三回説明したはずよ? わたしの持つ時計は、あらかじめ魔力をストックしておかないとわたしの魔力量だと多くてもせいぜい七、八回の行使で所有者の魔力が尽きるわ」
相変わらず、あまり興味を持たないことに関してはすっぱりと忘れているユリスに呆れる。
「今は四割くらいの魔力が溜まってるけど、もしこれが空で自前の魔力を使うとなると、一秒起動させるだけで八分の一の魔力が持っていかれるのよ? 今のわたしの全部の魔力で起動していられるのは、完全枯渇するの前提であれば頑張ってギリギリ八秒が限界。こんなんで、一騎当千できると思う?」
「無理だね」
シルヴィアの問いに返答するのに、一秒もなかった。
『わたしならできるかもしれないわよ?』
少し不機嫌そうな声で、裏人格が言う。
先の戦いで、裏人格が出てくることは一度もなかったからだ。
(あんたは『
『あら。あれを使うのだって、ばかにならないくらい魔力消費するのよ? それに比べて、レインの完成させた魔術はその十分の一で済むもの。もちろんわたしの「血濡れの殺人姫」の方が強力ではあるけれど、魔力消費が少ないのは魅力的よ』
(手っ取り早く魔力総量を増やす方法とかないものかしらね)
裏人格と表人格であるシルヴィアの魔力の総量は違う。
そもそも魔力とは精神エネルギーなので、別の意識としてシルヴィアの中で独立した人格である裏人格にも、シルヴィアとは違う独立した魔力がある。そしてその量は半端ではないほど多い。
(それより、後で話があるわ。言っておくけど、しらばっくれても無駄だから)
『……まあ、そろそろ聞いてくるだろうとは思っていたわ』
若干諦めたかのような声音をしている。
『あなたが聞きたいのは、一週間前、あの場所を焼け野原へと変貌させ、第五部隊の魔導士を文字通り消し炭にした犯人について、でしょう?』
やはり、何を聞こうとしているのか分かっているようだ。
あの時、裏人格は明らかに動揺していた。
結局一週間聞けずじまいだったが、こうして学院に戻ってこれて時間ができたので、ゆっくりと話を聞くことができる。
「着替えたら少し外出てくるわ。そんなに長く空けるつもりはないから、安心して。あ、あと何か欲しかったら今のうちにリクエストしておいて」
しっかりと髪の毛を乾かしてから、ユリスに言う。
「じゃあ帰ってくる時にクレープ買ってきて。なければ別のでいいけど」
「食堂に行けば、なんでも出てくるわよ」
「それもそうだね。じゃあクレープお願い。ストロベリーとブルーベリーのミックスで」
「はいはい。今回はわたしが奢るけど、今度はユリスが奢りなさいよ」
「あーい」
気の抜けた返事に、ようやくまた平和な学園に戻ってこれたのだと実感し、気が緩む。
ぱぱっと着替えて左手首に時計を着け、出入り口に向かう。
「それじゃあちょっと行ってくるわね」
「はーい。ボクのクレープ忘れないでねー」
髪の毛を乾かし終えたユリスが、バスタオルのまままたベッドに倒れ込みながら言う。
そんな乙女にあるまじきはしたない行動に若干溜息を吐きつつ、扉を開けて外に出る。
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