12 『悪魔』の証明

 廊下をかかとを鳴らしながら歩き、外に出て見晴らしのいい高台に行く。

 多くの生徒が帰還してきたばかりということもあって、出歩いている数が普段よりも多い。

 高台に着き、周囲に誰もいないことを確認しながら階段を登って行く。これから裏人格と話す話の内容は、誰かに聞かれるわけにはいかないものだ。

 階段を登りきり、絶景を視界に収めながら手すりに寄りかかる。


「さて、ここでいいでしょう。ここなら誰かが来ても見えるし、この高さであれば音収集する魔術を使わなければ声も聞こえないし」

『そうね。これでお茶やお菓子があれば完璧だったのだけれど』

「お茶飲みながらするような内容じゃないでしょ」


 これからする話は、仮に誰かがいたとしても絶対に理解することはできないだろう。


「じゃあ単刀直入に聞くわ。あの場所をあそこまで破壊し尽くした化け物は一体何? あの時あなたは、その存在を知っているような口ぶりだった。察するに、犯人はあなたと同じ存在なのではないかしら? かつて一人の王に仕えていた七十二柱の悪魔のうちの一体、そして神に反逆して堕天した大天使、反逆者のベリアル」


 かつて神に逆らい、神の子を貶めようとすらした反逆した大天使。神の怒りに触れ、結果的に堕天してその後に大悪魔となった存在。それがベリアル。


『あの時わたしが感じたもの。それは、本来であればこの世界には既に存在しないはずのもの。わたしが自分の手で殺し、そして消滅するのを確認したはずの存在。あなたの予想通り、あれを作り出したのはわたしと同じ悪魔よ』

「やっぱり……。あれはやろうと思えばできなくもないけど、あの爆発一回でああなるだなんて思えない。ならあり得るのは、同じ存在である悪魔だけだもの」

『わたしもいくらか取り乱していたしね。推測するには十分すぎる材料が集まっていたから、聡いあなたには簡単だったかしらね』

「それはいいから、さっさとその正体を言って頂戴。あの惨状を作った悪魔は一体何」


 ゾッとするような、底冷えした声。もしここに他の生徒がいたら、その迫力に圧されていたことだろう。


『せっかちにならないの。……あくまで推測にしかならないけど、あの惨状を作り上げたのは炎の悪魔、アモンよ。かつてはわたしの良きライバルだったわ』

「炎の悪魔、アモン……。でも待って。確かそのアモンは、」

『えぇ、殺されているわ。他でもない、わたしの手で。だからこそ、あの時わたしは取り乱した』


 アモンという名の悪魔は、マーセリアとインヴェディアが戦争をする更に前に殺されている。

 そもそも、実はこの二国が戦争をしている理由は、人間の体に宿った悪魔がその体の支配権を乗っ取り、そして帝国上層部をそそのかしたことがきっかけだ。

 マーセリアには元々狙われやすい条件が揃っていたが、魔術技術が世界で一番発展している国であるがために、手を出せないでいた。

 そこで悪魔が甘い言葉で囁き、インヴェディアがマーセリア目掛けて侵攻を開始した、というのが真実だ。


 もちろんこの真実は、極々一部の人間を除いて知らされていない。その一部の中に、レイフォード一族も関わっている。

 悪魔ベリアルとレイフォードの関係は、神性を研究する代わりに住み場所を与えるというもの。そしてその研究の果てに生み出されたのが、レイフォードの時計だ。

 ベリアルが神性の研究を許可したのは今から二百五十年ほど前の話で、この時アモンという悪魔は殺されている。


 悪魔の能力による直接的な死や、人間の持つ神性の宿った武具で殺されると、輪廻転生のように宿主が死んでも別の人間に宿り続けてきた悪魔の魂は、移ることなく消滅する。

 アモンもその例に漏れず、ベリアルに胴体を分断されて首を切り落とされ、五臓を徹底的に破壊させられて、宿っていた魂は目の前で消滅している。

 そのはずなのに、あのような惨劇を作り出すことができるのはアモンだけだと言う。


「見間違い、と言うことは?」

『絶対にありえないわ。悪魔の目は、よほどのことがない限り欺くことは不可能だもの。そしてアモンは脳筋で、騙すことが絶望的に下手だからなおさらよ』

「それだけ聞くと、物凄くちょろい奴に聞こえてきてならないわ」

『脳筋ではあるけれど、地頭は普通に良いし、勘に至っては予知レベルで高かったわ。だから、自分から敵を騙すのは無理だけど、自分が騙されると言うことはまずなかったわね』


 騙すことはできないが、騙されることもない。その勘の良さが少し羨ましく思える。


『思ったことをそのまま言うのが癖だから、しょっちゅう悪魔同士で喧嘩してたわね。その都度、わたしやバルバトスっていう別の悪魔が仲裁に入って、でも結局巻き込まれていたわ。懐かしいわね』

「あなたたちが喧嘩したら、それだけで国同士の戦争レベルの災害を周りに撒き散らしそう」


 喧嘩というレベルを通り越して、国の一つや二つが簡単に消し飛ぶくらいの戦争になっていそうだと、苦笑いを浮かべる。


『話を戻すけれど、元々七十二柱いた悪魔達は、それぞれの考え方が二つに分かれていたの。片方は何をしても人間は学ばないから、滅ぼしてしまうか悪魔が支配するかという思想』

「物騒ね」

『そしてもう片方が、簡単に言えば傍観主義みたいなものよ。人間のことは人間に任せるべき、というもの。もっと言えば、共存とまではいかないけれど、人間は滅ぼさなくても良いという考え』


 偏見になるが、悪魔はよく醜悪で凶悪な見た目をしていることから、前者であると思われがちだが以外とそうでもないらしい。

 ベリアル曰く、前者に比べるとやや数は少ないそうだが、人間に対して良い思いを抱いている悪魔もいるようだ。


『長年それで衝突とかはしていたのだけれど、反人間側の一体が人間に斬り殺されたのをきっかけに、まずそれぞれに思想同士に別れて悪魔同士の戦争が始まったの』

「人間にって、よく斬り殺せたわね」

『ちなみに言うと、その人間は後に「剣聖」一族と呼ばれるあの家の先祖でもあるわ。時代は今から六百、七百年くらい前かしらね』

「そう言えば家の歴史自体はすでに、千年近くあるって言ってたわね」


 剣聖の一族は、最も剣魔術に優れている、魔術剣士一族のことを示している。

 持っているのが神性を持った聖剣で、一度その能力が解放されると現時点で最も硬い特殊精製金属の聖純銀ミスリルを一撃で粉砕し、秘められた炎の神性を解放すれば純度の高い金を一瞬で溶かすだけの炎を放つ。

 一説によると、神から太陽の恩寵を受けた天使が地上に降り立ち、剣聖一族の先祖のその生き様に痛く感服し、当時持っていた名匠の打った剣に祝福をかけたことで、それが聖剣化したそうだ。


 とは言え、悪魔や天使の存在を証明する術はないので、科学者やその他無宗教の人間からすれば、剣聖の持つ聖剣も何かしらの古代魔術が込められた特殊な古代兵器なのではないか、という意見も上がっている。

 こればかりはシルヴィアもベリアルも証明することはできないが、少なくともただの魔術が込められているものではないのは確実だ。


『わたしは人間を滅ぼさない側に付いているわ。まあ、自分よりも圧倒的に強い存在が目の前に現れて、次々と絶望していく様を見ているのが好きだからなのだけれど』

「だろうと思った。で、その言い方だとアモンは反人間側ね」

『正解。それで長らく悪魔同士で戦っていたのだけれど、何を思ったのかある悪魔が当時建国したばかりのインヴェディア帝国の皇帝を唆して、次々と小国を侵略して規模を広めていった。これが四百か三百年前。この辺のインヴェディアの動きは、学院の授業で習っているから言わなくてもいいわね?』

「えぇ。それが悪魔の仕業というのは、たった今知ったわけだけど。それで、規模を広めていった帝国は、隣国であるここマーセリア王国に目をつけた」


 戦争のきっかけそのものがまさかの悪魔の仕業だと知ったシルヴィアだが、そこまで驚くことはなかった。


『繰り返すけど、アモンの魂の消滅は間違いない。わたしの目は誤魔化せない』

「復活したって線は?」

『ありえない。一度消滅した魂は、戻らないもの。証拠として、七十二柱いた悪魔の大半は戦争開始から大きく数を減らして、現時点ではわたしを含めて十二体くらいしかいない。もし復活しているのなら、もっと広い範囲で大規模な戦闘が起きているはずだもの』

「その言い方じゃあ、今の戦いはまだ小規模って感じに聞こえるわね」

『その通りなのよ。昔はまさに領地を奪ったり奪い返したりの繰り返し。今もそうだけど、頻度が今の五倍くらいだったわね。わたしとしてはたくさん悲鳴を聞けて、血と臓物を見られる嬉しかったのだけれど』


 確かに歴史でも大規模な戦闘が起きたと書かれているが、まさか今の約五倍ほどだなんて誰が予想できるだろうか。


『とにかく、アモンが復活するということはありえないこと。でも、あの破壊の仕方や魔力の残滓は間違いなくアモンの物。もう訳が分からないわ』


 どういうことなんだと言いたげな声だ。

 ベリアルの言うことが事実なら、悪魔やそれに準ずる超常の存在、そして剣聖一族の持つ聖剣で殺されて魂が消滅した悪魔は、決して蘇らない。

 それを踏まえると、死んだはずのアモンが蘇っていてあの惨状を作り上げたと言うのは、あまりにもおかしい。


 悪魔すらも死んだと勘違いさせるほど偽装するのが上手いのであれば、アモンという悪魔は存在していることになる。

 しかし、アモンは脳筋タイプで他者を騙すことが絶望的に下手。それをよく知っているからこそ、アモンがいることにベリアルは驚いている。


『これ以上考えても仕方のないことだけど、とりあえずもしかしたらアモンが本当に復活していて、好き放題しくさりやがってくれているということを覚えておいて』

「分かってるわよ。あと、もし戦場でアモンと遭遇したらあなたがどうにかしてよね。わたし一人じゃ、確実に無理だから」

『言われなくても。もし仕留め損なっていたとなると、それはわたしの責任だし。責任持って、アモンをこの手で葬ってやるわ』


 その声からは覚悟を感じ取ることができた。

 まだ詳しいところまで聞いていないが、ベリアルがここまで覚悟のこもった声をしているということはつまり、かなり本気を出さなければ倒すことができないほどの実力を持っているというこのになるかもしれない。


『あいつの持つ能力、わたしは元が天使だから神性だけど、アモンは根っからの悪魔だから、持っているのは魔性ませいというものよ。そしてその能力は、まさしく地獄の炎。それもただの炎じゃなくて、一度使ったらその場を文字通りの地獄に変えるものよ』

「それがあの惨状」

『そう。奴の魔性の名前は「亡者の悲鳴スペクターズ・スクリーム」。善霊悪霊、生きている人間、悪魔天使問わず全てを焼き、そして燃やした者の魂を取り込み、燃える炎からその時上げた悲鳴が聞こえることから由来しているわ』

「まさに地獄の炎ね。時々地底から、地獄で罪人が燃やされていてその悲鳴が聞こえてくるっていうのは、そいつのその魔性からきているんじゃないのかしら?」

『かもしれない。そこらへんは興味ないし、気になったら自分で調べなさい。時間はないでしょうけど』


 アモンの固有能力、魔性の『亡者の悲鳴』。

 その名前とベリアルの教えてくれたことから、かなり厄介なものになりそうだと予想する。

 アモンの炎からは、今までに焼いてきた者の悲鳴が聞こえてくるという。

 その悪魔がどれほど長生きしているかは不明だが、少なくとも三桁は軽く超えているはずだ。

 数百、数千、最悪数万もの亡者の悲鳴が聞こえてくるとなると、並の精神力の人間では瞬く間に正気を失うだろう。


『最後に、あいつの出す炎には決して意識を向けてはいけないこと。その瞬間、膨大な数の亡者の悲鳴が、あなたの正気を失わせるわ』

「分かってる。というか、アモンと対峙するのはあなたなんだから、平気なんじゃないの?」

『わたしとあなたは精神体を入れ替えることで、この肉体の支配権を変えることはできるけど、それはあくまで支配権が変わるだけで視覚はそのまま。だから、もしその状態で奴の炎に意識を向けたら、あなたは二度とこの体の支配権を取り戻すことができなくなるわ。それでもいいというのであれば、どうぞご自由に』

「……」


 ふざけるなと言いたい心情だった。

 この体は生まれた時から自分の物なのだから、自業自得になるとはいえ他者に乗っ取られたままにしておくことはできない。

 それに、だ。ベリアルは二枚舌で有名だが、それ以上に淫乱であることも有名だ。

 勝手に乗っ取られて勝手に処女を散らされては、堪ったものではない。

 なので、シルヴィアは大人しくベリアルの忠告に従い、アモンと対峙させているときは炎ではなくアモンそのものに意識を向けることにした。

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