10 灼熱の地獄
粉砕された氷漬けの帝国魔導士を一瞥すると、離れた場所で魔術を使いながら隊員を援護しているリーリスの方を向く。
「リーリス! 他に敵兵は!?」
「の、残っているのはここにいる六人と、奥の方にいる狙撃手だけ!」
後方から魔術の支援を行いつつ、周辺の警戒を行なっていたリーリスが報告。
「よっしゃ! あと七人だけなら楽勝だ!」
「あと少しだからって油断しない! ジャン、あんたは奥の方にいる狙撃手をどうにかして!」
「言われなくたって!」
持っている狙撃銃をしまい、対物狙撃銃に切り替える。
大口径のその狙撃銃は、分厚い装甲の高機動車にやすやすと穴を開けるほどの威力を持っている。
その分
「学生だからって、舐めてんじゃねぇぞ、帝国兵ども」
高倍率のスコープを覗き込み、狙撃しやすそうな場所を探る。
そして、すぐに見つける。魔術で作られたのであろう岩の陰。そこからこちらを狙っている狙撃手。
「見ぃつけた。『
魔術を起動させ、人差し指を引き金にかけ、照準を合わせる。
ゆっくりと息を吐き、そして、引く。
雷管が叩かれ、薬莢内の火薬が炸裂。盛大な銃声とマズルフラッシュ。音を超える弾丸が、銃口より飛翔する。
更に魔術で加速し、音を置き去りにして飛翔する。
帝国の目を、スコープ越しに撃ち抜く。
頭が粉々に吹き飛び、びくんっと体を震わせて地面に倒れ伏す。
「
狙撃手を下したことを、通信魔道具で報告。
『よくやった、ジャン。こちらもあと二人だ』
オルガがその通信に反応する。
視線を向ければ、シルヴィアが自動小銃を持った魔導士と対面し、オルガが剣を持った魔導士と対面している。
役割的に逆だろと言いたいところだが、シルヴィアはユリスとリーリスの援護を受けているし、そもそも銃を持っていようがあまり関係のないことだ。
「ジャン! 終わったならこっちを援護して!」
リーリスの結界に守られながら、剣魔術を放って牽制し、自己加速魔術で一気に近付いて大鎌を振るうシルヴィアが、ジャンの助けを求める。
シルヴィアの得意な戦法は、少女であるという見た目を使って相手を油断させ、変則的な動きをすることで動揺させることでその隙を突くという、なんとも暗殺者っぽい戦い方だ。
それは長引けば長引くほど効果はなくなっていき、戦闘が開始して数十分経っている現在、動揺を突くという戦法が取りにくくなってきている。
もしここで裏人格を出せば、残り二人など瞬きの間に倒せるだろうが、今回の戦闘では裏人格は出さないと決めている。
そのことを知らない大多数の生徒は、よく噂で聞くシルヴィアの実力と、実際に見ているシルヴィアの実力の違いに困惑する。
ジャンもその一例に漏れず首を傾げるが、シルヴィアが倒されると戦力がガタ落ちになるので、対物狙撃銃をシルヴィアの戦っている帝国兵に向け、引き金を引く。
盛大な銃声とマズルフラッシュを撒き散らし、一発の弾丸が音を置き去りにして帝国魔導士の左肩を根本から吹き飛ばす。
鮮血が撒き散らされ地面に真っ赤な染みを作り、懐に入り込んだシルヴィアの白い頬を赤く汚す。
それを気にせずに大鎌を体の発条を存分に使って鋭く振るい、首と胴体が泣き別れになる。
切り落とされた頭が地面に落ちると、ハロルドが近距離で残り一人の敵兵に『
「勝手な行動はするなと言ったはずだ、シルヴィア・レイフォード」
「そんなこと言っていません。独断行動、及び隊列を乱す行動はするなと、教官は仰っておりました」
「この俺に意見するとは、強気だな」
「今どきそんな男尊女卑は時代遅れです。それこそ、大量に埃を被ってカビが生えているくらい古いです。その考え、改めた方がよろしいかと」
澄まし顔で言い返すシルヴィアに、周りの生徒達はオロオロしていた。
シルヴィアの言う通り、オルガは一言も勝手な行動はするなと言ってない。
彼は出る前に、独断行動と隊列を乱す行動をしないようにと注意していた。それに従い、シルヴィアは隊列を乱すような行動は一切取っていない。
「小娘であるお前が、許しなしに敵兵を倒すことは許さない。それくらい、常識だろう」
「それが時代遅れだって言ってるんです。今の時代、女性でも将軍にだってなれるんです。第一部隊の隊長がまさにいい例ですよ」
「あんなアバズレがこの俺よりも上の将軍などと、認めたくもない。どうせ上層部の連中を色仕掛けで誘惑して、その地位を得たのだろう」
「いい加減にしてください。その発言は、上官に対する侮辱として受け取り、学院長に報告させていただきます」
「この俺に楯突くというのか」
「学生に負けているからって、そうやって見下すのをいい加減に改めろって言ってるんですよ。それが理解できないくらい、あなたの頭蓋の中には脳みそが詰まっていないのですか?」
取り繕うのすらやめて、ダイレクトに思ったことを吐き付けるシルヴィア。
その発言と、上官に対するものとは思えない態度にオルガが額に青筋を立て、ジャケットの下にある拳銃で殴ろうと手を突っ込む。
それに気付いたユリスが、取り出した瞬間に拳銃を打ち落とせるようにと右手をリボルバーのグリップに添え、逆にそれを阻止しようとリーリスが結界魔術を起動する直前まで組み上げる。
まさに一触即発。張り詰めた空気が流れる。
その時だった。
「うわっ!?」
「ぬぅ!?」
ずんっ! と腹に響く低い衝撃音と共に、凄まじい揺れが襲いかかってシルヴィアとオルガが体勢を崩す。
体幹が鍛えられていない魔術士の学生はそのまま地面に倒れ、ユリスがシルヴィアにしがみ付く。
遅れて、灼けるような熱風を感じ、本能で咄嗟に顔をガードする。
爆風が止むと、辺りの水分が蒸発したのか水蒸気が上がっており、瞬く間に灼熱の地と化した。
息をするだけで気道が渇き、喉が痛く感じる。
シルヴィアは熱風が来ている時に息を吸ってしまい、少し喉が灼けてしまったようだ。
「ごほっ、ごほっ……!」
「シルヴィ、大丈夫?」
「喉痛い……」
その返答に対し、ユリスが『倉庫』の中から水筒を取り出して、シルヴィアに与える。
蓋を開けて中に入っている水を、ごくごくと喉を鳴らしながら嚥下する。
「ありがと。ごめん、水全部飲んじゃった」
少し掠れた声で言う。
「気にしないで。それにしても、今のは一体なんだったんだろう」
「さあ。見当も付かないわ」
大鎌に触れながら左手を喉に当て、回復魔術を起動させて自分で癒す。
それほど得意ではないので即効性はないが、ゆっくりと痛みが和らいでいく。
今の揺れと熱気。この間の戦いの途中で感じたものと酷似している。やはり第一部隊の隊長が何かを編み出したのかと思ったが、音がした方向と爆風が来た方向は、最前線ではない。
「教官! 爆発が起きた方を確認しに行きましょう!」
ならば一体誰が? そう思っていると、狙撃銃を担いでやって来たジャンが、オルガにそう提案する。
「……そうだな。あれだけの爆風だ。それなり近くで起きたのだろう。よし、確認しにいくぞ。……助かったな、レイフォード」
「ご心配なく。殴りかかって来た時点で、反撃するつもりでいましたので」
喉に当てていた左手を離し、つんとそっぽを向く。
それにまた青筋を立てるが、さっさと爆風がきた方向に走って行ったので、舌打ちをして走っていく。
リーリスが周囲を索敵しながら最後尾を走り、先頭をオルガが走っている。
シルヴィアを追い抜く時露骨に肩をぶつけて来たので、苛立っているのがよく分かる。
そして走ること約十五分。一同が辿り着いた場所は、
地獄だった。
「な、なんだ、これは……」
シルヴィアを含めた生徒全員が絶句し、オルガが冷や汗を流して呟く。
いや、それはきっと冷や汗などではないだろう。
全員が到着した地獄は、まさに灼熱地獄だ。
木々が燃えて炭になり、地面の一部が溶けて溶岩化し、ガラス化すらしている。
燃えている木々からは火の粉が上がり、地面には人だった骸骨が転がっている。もっとも、それすらも大半が炭化して形を崩しているが。
ふと、近くに逆さに落ちている徽章を見つけ、シルヴィアがそれを拾い上げようとする。
「熱っ!?」
凄まじい熱を持っているようで、触れただけで軽く火傷してしまう。
だがそれだけでもひっくり返すことができたので、どの隊のものかを確認。
そこに刻まれていたのは、第五魔導戦闘部隊の紋章だった。
「第五、魔導戦闘部隊……」
この部隊は、上位三つの第一から第三部隊と比べると実力はやや劣るが、それでも猛者揃いのところだ。
上位三部隊ほどではないが実力者揃い。その部隊の魔導士が目の前で、文字通り灰になってしまっている。
それに気付いたリーリスや他の女子生徒が、顔色を悪くして口元に手を当てる。
それだけではない。
立ち上がって近くにある岩に目を向けると、人の形をした影のようなものを発見した。
「これって、お昼頃にユリスが言っていたのと同じ……」
「そう、みたいだね……。ボクも人伝で聞いただけで現実味がなかったけど、本当のことだったんだ……」
昼頃にユリスの言っていた、それなりの数の正規魔導士が、位置特定の魔術道具を持っているにも関わらず行方不明になっているというもの。
シルヴィアはそれを雑談の一つとして半ば聞き流していたが、まさかそれが本当のことだとは思いもしなかった。
『やっぱりあの時のと似ている。この感じ、まさか……? いえ、そんなはずない。あいつは、わたしがこの手で確実に……』
裏人格が何かを知っているのか、
当然それを聞き取っているシルヴィアはすぐにでも追求したくなったが、今ここでそれをするのは得策ではないと、学院に戻ってから聞こうと頭の片隅に置いておく。
「一体、何者が……」
「わ、私の索敵範囲には、反応がありません……」
シルヴィア達の部隊の中では、一番索敵範囲の広いリーリスが、声を少し震わせながら報告する。
その報告から推測するに、この惨状を作り上げた張本人はシルヴィア達が到着する前に、とっくに別の場所に移動したことになる。
「こちら、オルガ・ランギルス。観測班。我々がいる場所で戦闘を行なっていた魔導士の数を報告せよ」
震える手で右耳につけている通信機を起動し、遠く離れた場所で観測を行なっている観測班に命令する。
『ランギルス教官がいる場所で戦闘を行なっていたのは……第五部隊の二十五人構成の小隊です。先ほどからその二十五名の観測ができないのですが、何か発見したのですか』
「あぁ……。俺達がいる場所に、その二十五人分の残骸が転がっている。誰が誰だか判別が付かない。中には、骨すらも消し炭になっている者もある」
通信機の向こう側から、息を呑む気配を感じる。
「二十五人。これだけの数がいたにも関わらず、誰一人として例外なく消し炭にされた……。一体帝国の屑どもは、どのような手を使った……?」
呆然と、目の前に広がる灼熱地獄を見ることしかできないオルガ。
それはシルヴィア達も同じで、一体何がどうなったらこのような状況になるのか、理解が追いつかないでいた。
『マーセリア魔導戦闘部隊、全隊へ指示』
つけっぱなしになっていた観測班との回線に割り込まれ、流れてくる指示。それは、全体への伝達だった。
『帝国魔導士の撤退を確認した。第一部隊の魔導士達が奴らの魔力駆動兵器を破壊した途端、撤退を始めた。魔力駆動兵器は最前線にしかなかったから、学生部隊達は運が良かったな』
微妙にノイズの走った声。シルヴィア達のいる周辺だけ、やたらと通信が鮮明に繋がらない。
『なお、学生部隊はこれで戦闘終了とする。まだ近くに帝国兵が潜んでいるかもしれない。学院には帰還せず、臨時基地に帰還せよ。座標はそれぞれの隊長に送ってある』
その伝達を最後に、通信が切れる。
その通信が切れてもしばらく、シルヴィア達は何もすることができずにただ佇んでいた。その間にも、裏人格は繰り返す何かをぶつぶつと呟き続けていた。
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