9 乱戦
帝国魔導士の先制攻撃に対して生徒達が交戦するが、当然本物の魔導士に学生が勝てるはずもなく、瞬く間に押され始める。
オルガも自分の前に結界を貼って内側から自動小銃を乱射しているが、いまいち攻めあぐねている。
『あら、結構いい具合の魔導士がたくさんいるじゃないの。シルヴィア、代わってほしいわ』
(無理! 生徒だけならともかく、あの時代遅れ教官がいる前ではあなたを表に出したくない! というか、まずあなたに任せたくない!)
脳内に響く裏人格の声に返しながら、彼女に教えてもらった大鎌術で相手の攻撃を受け流しつつ、合間合間に魔術を放って牽制する。
『あなたの戦闘センスには目を見張るものがあるけど、まだまだ未熟。先日の魔導士との戦闘の時も、まだあなたの大鎌術が粗いから攻め切れないでいたのよ。他の連中を倒せたのも、裏を突いて動揺を誘い、その隙を突いただけだからよ』
(そんなの、分かってるっ! 今あんたを相手している余裕ないから、真面目に黙っててくれるかしら!?)
ギリギリのところで凌いでいるが、集中が途絶えて仕方がない。
黙るように叫ぶと、やれやれといった様子で静かになる裏人格。
ようやく静かになったと安堵し、意識を敵に集中させる。
「うおっ!? なんだこいつ!?」
いきなり動きが良くなったシルヴィアに動揺し、振るう剣がやや大きく弾かれる。
シルヴィアの大鎌も少し大きく弾かれてしまったが、素早く左手を離して体を若干捻りながら右太もものホルスターのリボルバーのグリップを掴み、戻す勢いで銃身で頭を殴る。
ごっ、と鈍い音と感触が手に伝わり、僅かに表情を歪める。
ぐらりと体勢が崩れた正面の敵の額に銃口を突きつけ、人差し指に力を入れて引く。
ばん! と乾いた音が鼓膜を震わせ、シルヴィアのほっそりとした手と腕に
吐き出された弾丸が頭蓋を穿ち、貫通して反対側に飛び出る。
一瞬遅れて鮮血がばら撒かれ、脳髄が後頭部から飛び散り地面に頽れる。
「シルヴィ!」
ユリスからの警告。ばっと顔を上げて振り返ると、大斧を振りかざしている大男が迫っていた。
自己加速魔術を使っているようで、恐ろしい早さだ。
僅かに反応が遅れた。得意の自己加速魔術の起動が間に合わない。
その数拍の間に距離を詰められ、大斧が振り下ろされてくる。
鈍色の刃が眼前に迫るなか、ぎりっと歯を強めに食いしばって意識を集中させる。
鈍い痛みが左目に走り、頭の中でカチッという音が鳴る。
その音が鳴ったのを確認すると、感覚が引き伸ばされるような感触を覚える。
目の前の大男の動きが、やたらと鈍く、遅く見える。
少し表情を歪ませながら、地面を蹴って横に転ぶように跳びながら大鎌を大きく薙ぐ。
地面を転がって起き上がり、両足を地面に着けたところでまたカチッと音が鳴り、遅れて大男の胴体が二つに割られる。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
ごっそりと魔力が持って行かれ、少し息を荒くする。
シルヴィアが使ったのは、レインが残してくれた完成したレイフォード家の遺産である時計だ。
世の理に反しているとも言えるそれは強力の一言だが、それ故に魔力の消費が激しい。
あらかじめその時計に魔力を溜めておけば、起動させるだけの魔力を消費するだけで済むが、前回の戦いでその溜まっていた魔力を使い切ってしまったので、自前で起動させるしかなかった。
その結果、最大値の三分の一が持って行かれ、体がやや軽めな重りを着けられたかのように怠くなる。
「大丈夫!?」
アクロバティックに魔術や銃弾を回避しながら精密な射撃を行い、シルヴィアの側にやってきたユリスが言う。
「えぇ、平気。結構魔力使っちゃったけど、まだ大丈夫よ」
「無茶はしないで。ボクがシルヴィのサポートをするから、存分に暴れちゃって」
「
首に下げている深蒼の結晶に触れてストックしてある魔力を引き出し、消費した分を回復。
少し重く感じた体が軽くなり、即座に自己加速魔術を展開。
低い姿勢から地面を蹴り、間合いに入り込む。
槍を持っている魔導士が猛烈な突きを繰り出すが、更に姿勢を低くして回避し、右手を柄から離して地面に触れ、土魔術を起動。
起動した魔術は『
強制万歳状態にさせられるが、弾かれた時の勢いをそのままに一回転して大きく薙ぎ払いに来た。
流石にこれ以上姿勢を低くすると転んでしまうので、体を捻って強引に回避して大鎌の石突きから風の塊を飛ばしてこれまた強引に距離を取る。
無理な体勢から大鎌の付け根から出ている槍の穂先状の突起を地面に叩きつけて、力技で上に飛び上がり、より勢いをつけるために空間そのものに大鎌の刃を突き刺して、振り子のように空中を移動する。
シルヴィア自身が空間に触れているわけではないので、素早さがあるわけではない。
むしろ、腕の力だけなので走るよりやや遅いくらいだ。
それでも魔術や弾丸を凌いでいるのは、ひとえにシルヴィアが自己加速魔術が得意であるからだろう。
それに今回は頼れるルームメイトの援護もあるので、邪魔が少ない。
「セェ!」
右手で刃に近い方の柄を捻り、ギミックを作動。ロックが外れて、刃の部分が鎖に繋がれた状態で飛ばされる。
その攻撃はあっさりと回避されてしまったが、巻き取る前に刃を空間に突き刺して固定し、シルヴィアの方が巻き取られるように移動する。
もちろん攻撃を仕掛けられるが、それは風魔術で無理やり射線から外れることでやり過ごす。
あと少しで全て巻き取るというところでシルヴィアは柄から手を離し、低い体勢で地面に着地したあと飛び上がり、太ももで首を挟んで体を捻って頸椎を破壊して地面に叩きつける。
素早く絡めていた足を外し、空間に刺さったままの大鎌の柄を左手で掴み、
「無駄だよ」
しかし存在に気付いていたようで、見向きもせずに手首を返し、的確に心臓に弾丸を当てるユリス。
そこから体を回転させる勢いで蹴り飛ばし、『
右腕を上に掲げて振り下ろすと、ユリスの持っているリボルバーと同じ形をした雷が、彼女の動きに合わせて落ちてくる。
直撃を受けた魔導士は、防御魔術が耐えたのは体の硬直で済んだが、それを突き破られたのは感電して体の一部を僅かに炭化させて息絶える。
属性的な威力自体が非常に高いこの魔術は、物理的な威力が振り下ろされる腕の速度で変化するという、少々変則的な魔術だ。
まだ倒れていない魔導士がいるので、ユリスの方に加勢しに行こうと一歩踏み出す。
「どこ行くんだ、お嬢ちゃん?」
その直前にねっとりした声音が耳に届き、あまりの気色悪さに体が震え、反射的にその場から飛び退く。
直後、くらりとふらついたが、直ぐに魔術を打ち消す『
「……自分の声その物を即席の媒体として魔術を起動させるなんて、思いもしなかったわ」
「それに直ぐに気付いて、『解術』しちまうお嬢ちゃんも中々だぜ」
いたのは、シルヴィアよりも頭一つ分長い杖を持った帝国の魔導士だった。
先端に槍のような穂先が付いているが、形状的に振り回すのに向いていないのが見て取れる。
「少し観察していたんだが、お嬢ちゃんはこの中で飛び抜けて綺麗どころだ。きっと皇帝陛下も気に入るだろう」
「そっちの皇帝なんかに気に入られるより、こっちの肥え太った豚貴族に気に入られる方がマシな気がするわ」
「貴族を豚呼ばわりか。まあ、分からなくもないがな」
すっと杖を掲げると、弾けるようにシルヴィアがその場から離れる。
数瞬後、地面から鎖が飛び出てまるで意識があるかのように、シルヴィアを追尾する。
迫り来る鎖を大鎌で弾き上げるなり、情報強化してついでに硬化させたブーツで保護した足で蹴り上げたりしながら凌ぐ。
素早い動きで鎖やら魔力で編んだ縄を、弾いたり切り落としたりしながら凌いでいたが、死角からの拘束魔術に反応できずに縛られてしまう。
すらりと長い足、ほっそりとした腰、ふくよかな胸、華奢な肩、細い首。もう趣味が丸出しになっている縛り方をされたシルヴィアは、一瞬でその性癖を見抜いてドン引きする。
「うっへへ……。こいつぁ、かなりエロいぜ……」
舐め回すような目で縛られたシルヴィアを見回す男に、そんな姿を敵国とはいえ異性に見られて、顔を羞恥で赤くするシルヴィア。
「ボクの親友に、そんな変態行為をするなぁあああああああああああああ!!」
抜け出そうともがくが、力が分散するようになっており、中々抜け出せない。
そこに、敵を倒したのか、憤怒の形相のユリスが猛ダッシュしてくる。
最適な足運びで最速で迫ってきて、己が欲望を満たすために変態行為を行っている男目がけて、空を裂くような猛烈な鋭い蹴りを放つ。
「あっぶねぇ!?」
体をのけぞらせて回避し、ついでにちらりと見えたピンクの布に歓喜の表情をする。
その顔を見たユリスは嫌悪感をあらわにした表情でかかと落とすを繰り出すが、それも回避される。
ここでシルヴィアは、変にもがくより普通に『解術』したほうが早いと気付き、魔術を起動。体をキツく縛っていた鎖や魔力の縄が霧散し、自由を得る。
大鎌を振り下ろし、あっさりと回避されたが今度は柄の下の方にあるギミックを作動させて、柄を二節棍のように半分に鎖で繋がれた状態で分割。
左手に持つ分割された下半分の柄を、横っ腹に叩き込む。
肉を打つ感触が手に伝わり、その少し後に皮膚と肉を裂いてえぐりこむ感触も伝わってくる。
「ぐ、お……!」
「とりゃあ!」
そこそこ重い一撃を受けた男はたたらを踏み、シルヴィアが足を開いて姿勢を低くすると、そこにユリスが矢のようにすっ飛んできて顔面を思い切り蹴りつける。
鈍い音が耳朶を打ち、地面を転がる。
飛び蹴りだったので当然スカートの中身が丸見えだったが、流石に見えてはいなかっただろう。多分。
「『
シルヴィアがトドメを刺そうと大鎌を振り上げるが、それを横取りするようにオルガが魔術を起動。
一振りの巨大な雷の剣が現れ、轟ッ! と音を立てて落下してくる。
それにぎょっと目を向いたシルヴィアとユリスは、自己加速魔術でその場から離れてことなきを得る。
「横取りするなんて、魔導士の風上にも置けないよ!」
「横取り行為自体は禁止されているわけじゃないから、あれこれ言ったところで無駄なんだろうけど。暗黙の了解で、横取りは禁止になっているはずなのだけれどね」
生徒が追い詰めた魔導士を横取りする教官。
連携して追い詰めて最後に教官が手を下すのならともかく、オルガは女子とは絶対に共闘しない。
世の中には優秀な女性魔導士がいるというのに、頑なにそれを認めようとしない。
『どの時代にも、埃を被ってカビが生えているくらい古臭い主義を貫き通す連中はいるわ。
可笑しそうな声音で言う裏人格。同時に戦いに出たくて出たくて仕方がないという願望が、声から伝わってくる。
『ねえ、シルヴィア。わたし、楽しみを目の前に置かれて焦らされる趣味はないの。早く体を明け渡して欲しいのだけど』
(嫌だって言ってるでしょ。これ以上、変な目で見られたくないの)
『もう手遅れじゃなくて? それに、わたしの方がより早く、より上手に倒すことができるわ』
(分かってる。でもそれは、それはわたしのためにならない。だからこそ、なおさら入れ替わる訳にはいかないわ)
『強情ね。あぁ、でも疼いて疼いて仕方がないわ。自分の手で殺して、自分の目で鮮血と臓物を見て、迫り来る死の恐怖からあげる悲鳴を聞きたいわぁ……!』
それを想像しているのか、恍惚とした声で言う。
いつものことでやや辟易としつつも、ギミックを解除して分離している柄をくっつけてロックし、剣魔術を起動。
氷が扇状に広がり、それに飲み込まれた帝国魔導士が氷漬けにされて、ユリスの『衝天撃(インパルス)』が粉々に粉砕する。
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