第9話 決闘、決着

「ほぉ、魔力を糸として操れる手袋か」

 朝にイトネから借りた手袋を持って、午後の授業でアウラに見せた所、珍しい物を見るように観察した。

「で、どう使うって?」

 手袋を俺に返して首を傾げるアウラ。

 俺は手袋をしながら、イトネに聞いたことを思い出す。

『特に複雑な事は必要なくてですね、糸を持った状態でこう空気を束ねるように手を振れば、魔力の糸になるんです』

 手袋をはめて、空気を手繰り寄せるかのように動かす。

 すると、少しずつ魔力(なのかはよくわからないが)がうっすらと光を帯び始める。

 そこで手を開き、光から引っかくようにしたところで、指先に光の糸が引いていた。

「おぉー…」

 アウラも初めて見るのだろう、目を丸くして俺の手元を見ていた。

 手元の糸を遊ばせているのも何なので、適当に覚えていたあやとりでほうきを作る。

 手袋では触ることができ、糸同士も混ざり合わないのであやとりができた。

 今適当に思い付きでやってみたができるもんなんだな。

「……なぁ秋人」

 なんとなく次のあやとりでもしようかとしたところで、アウラが口元に手を当てたまま呟いた。

「それ、本当に貸していいって言われて借りて来たのか?」

「え、そうだけど…」

 カツアゲでもしてきたと思われているのか。

 アウラはうーん、としばらくうなっていたが、考えても分からないと思ったのか、頭をわしわしと書きながらため息をついた。

「多分それ一族秘伝の道具とかその類だぞ?」

「え」

 マジ?

 あまりにもあっさりとイトネが俺に手渡してきたので、勘違いしてしまったが、俺が最初に思ったようにかなり大事な物なのか?

「魔法を付与する形で魔法を使えるようにする道具は実際にこの世界に存在するんだがな、その大半が秘匿されて実情が明らかになっていないようなものばかりなんだ。魔力を糸に通して服を作るなんてのは私も聞いたことがない」

「……噓ぉ」

「残念ながら本当だ、お前が首から下げてるペンダントと本質は似たようなものなのかもしれないな」

 そう言ってアウラは俺の胸元を指さした。

 こっちの世界に来て渡された翻訳能力を持ったペンダントレベルのアイテムだと聞いて、破いたりしないように気を付けようと心に誓った。

「うーん…」

 俺が手袋を握りしめて決意を新たにしていると、アウラが考え込んでうなっていた。

「そうか、そういった道具が使えるなら…」

 考えがまとまったのかアウラがこちらを向き直った。

「じゃ、『決闘』に向けたアドバイスをもう一つやろう」

 そう言ってアウラは手元にあった魔法基礎学の教本を手に取った。

「この教本を読み込んでみろ」

「……はい?」

 俺の手元にあったものを改めて開いてみる。

 中身は基礎学として最初に教えてもらった授業で読んだのと変わりはない。

 最初のページに分類についてが書かれており、それより後は4類に分類される魔法が図鑑のようになっているだけだ。

「いや、魔法使えないのに?」

「ふっふっふ…答えだけ教えてても教え子は育たないからなぁ?」

 随分と楽しそうに笑っているアウラ。

 あ、これ答えは教えてもらえないやつだな?

 午後の授業が終わるまで教本を読んでみろと言われたが、その日の授業中には何も手がかりを掴むことができなかった。


 それから。

 期間考査までの間はあっさりと過ぎてしまった。

 午後の授業になり、ノルンと共に試験場へと来ていた。

 ここに来るまでも、「良く逃げずにここまで来たな」と言った旨の陰口が聞こえてきていたが、今更気にすることでもない。

「うーん、まぁこうなっちゃうよねぇ…」

「まぁ別になー、分かってたらどうとも」

 ノルンを見ると、俺よりも恐縮しているように見える。

 ホラー映画とかもそうだけど、自分よりも大きい反応している人を見ると逆に落ち着いてくる。

 ある意味では緊張しなくて助かっているのはノルンのおかげかもしれないが。

 ノルンと別れ、試験スペースまで足を進める。

 決闘の準備を始めるエルフ達の中に、意外なことにあれから俺にもイトネにも絡んでこなかった赤髪のエルフを見つけた。

「…………」

 こちらに気付き、視線を向けているが何も言わないエレア。

 この学園では名の知れた炎の魔法を得意としているエルフのはずなのだが、その表情は冷めてしまっているようだ。

「よう、なんか久しぶりだな」

「…………」

 うーん、返事の代わりに厳しかった視線が更に鋭くなった。

 結局最後にエレアの決闘を見たのはフォイルさんとやってた最初の一回だけだったが、その時に勝るとも劣らない険しさだ。

 無言で居られるとこっちも話題に困るんだが。

「……貴方」

 決闘開始まで少し時間があるようで、どうしたもんかと考え込んでいるとエレアが口を開いた。

「きちんとここまで来たんですのね」

 意識してトーンを落ち着かせているのか、感情の読み取りづらい声でエレアがため息をついた。

「あー、誰かさんのおかげでここ数日は注目されてたし、せっかくならあがいてやろうかってな?」

 近くにいた取り巻きらしきエルフ達からブーイングが起きる。

 どうにもこの場に俺が居るのが気に入らないらしい。

「…はぁ」

 ため息をつくエレア。

 …どうにも、俺に対して呆れているという感じではない。

 しかし、ならば何に呆れているのか。

「まぁ、どうでもよいのですけれど」

 だが呆れているかのように見えたのは一瞬で。

「足掻くと言うならば、せいぜい頑張ってくださいな」

 キッと表情を引き締め直す。

 それと同時か、少し遠くで笛の音が響く。

『決闘』の開始の合図だ。

 瞬間、目の前が真っ赤に染まった。

 時間にして一秒もなかったはずだが、エレアがフォイルさんにしたように炎の波にやられていたようだ。

 キィン、と魔法の障壁が広がっていたことに今更気づく。

 やはり外から見ているのと実際に体験するのとでは、随分受ける印象が変わる。

 だが、

「…随分余裕そうですわね」

 明らかに警戒したままエレアが構えている。

 うーん、焦って小技で終わらせようとされても困るか。

「いやな、この程度の手品なら俺達の世界でも見られるもんでな、ちょっとがっかりしてるんだよ」

 いや盛ったが。

 この量までくれば流石に手品じゃ見られないかもしれない。

「んじゃ今度はこっちからだな」

 決闘用にと着せられていた外套から右手を出す。

 もちろん手にはイトネから借りている手袋をはめたままだ。

 魔力を掴むイメージで思いっきりエレアに向けて腕を振りかぶった。

 魔力を乗せた風が吹き、瞬間的な突風となってエレアを襲った。

「……!」

 エレアが突風に耐え、顔を上げる。

「ありゃ、効かないのか」

 わざと軽い調子で首を傾げて見せる。

「あ、当たり前でしょう…!? 未術程度でダメージになるわけが――」

「ほいそこ」

 エレアが声を荒げて呼吸のタイミングで溜めておいた足で距離を詰める。

「! 甘い、ですわ!」

 距離を詰め、もう手が届くかという距離まで来たところでエレアの足元に魔法陣が光る。

 慌てて距離を取ったその時にはもう再び炎の波が起こっていた。

 キィン。

 胸元に着けているブローチが再び光っている。

 避けたと思ったが間に合っていなかったらしい。

 最初と今のでもう2度目のダメージになってしまったようだ。

「…期待外れですわね」

「お、期待してくれてたのか? 光栄だなぁ」

 集中はしているままで、エレアがため息をついた。

 いや、一息ついただけかもしれない。

「随分とお口が達者ですけれど、結局私にダメージが入っていないようですけれど?」

 挑発のつもりだろうか、にやりと笑われる。

 ちょうどいい、攻めてくるつもりもなさそうなところで左手に意識を集中させる。

 ……10

「いやぁ、せっかく魔法を体験できるんだ、速攻終わらせたらもったいねぇじゃん?」

 嫌らしく、相手を煽るように口角を上げる。

 ノルン達に試しにやってみたら「腹が立つ」と太鼓判を貰った作り笑顔を向ける。

 …俺自身は普通に笑ってるつもりなんだけどなぁ。

「……!!」

 目論見通り、顔を赤くしてエレアが手をバッと上に掲げた。

 それを待っていた。

 確認すると同時、エレアに向かって走り出す。

 ノルンに頼んで調べてもらっていた一つ。

「『操炎イフリート』ッ!」

 エレアを学園内の決闘最強たらしめている魔法。

 その魔法を使おうとするその瞬間こそが、エレアにつけ入る隙だった。

「…え!?」

 エレアが違和感に気づくが、もうすでに遅い。

 触れるまであと一歩という所で、外套に隠していた左手を外に出す。

 それぞれの指に挟んでいた本命が光を帯びる。

 さっき確認してからちょうど10秒。

「『単語帳インスタント・スクロール三本の矢トライアロウ』」

 から、4類魔法の炎、氷、雷の矢がそれぞれエレアに向かって発射される。

 キィン、とエレアの周りに魔法の膜が広がった。

 しかし、それだけでは終わらない。

 ミシッ、と小さく、だが確実にひびの入る音が耳に届く。

 恐らくこの場にいる俺とノルン以外、エレアでさえも状況を飲み込めていないまま。

 パキンと、エレアの胸元に着けられていたブローチが砕けた。




 


 

 

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『魔法』の理屈がわからない 鍵谷悟 @Nath-10

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