第8話 見えてきた光明?
「…………」
授業が終わり、寮に戻るまでも明らかに俺とノルンの口数は減っていた。
期間があるとは言え、あそこまで圧倒的なモノを見てしまったのだから仕方ないかもしれない。
「そういやさ」
「…んー?」
「エレアって決闘で負けた記録…いや記録じゃなくてもいいか、負けたって話聞いたことあるのか?」
「え?」
尋ねたところで、ノルンがはっとしてこちらに顔を向けた。
「…なんだよ」
返事もなかったためいたたまれなくなり、こちらから口を開く。
「あ、いやごめん」
ちょっとむっとした感じになってしまっただろうか、俺の言葉にノルンが謝罪をしてきた。
「負けたって話かぁ、聞いたことないなぁ。エレアさんって良くも悪くも話題に上がりやすいから、間違いはないと思うけど」
「なるほど」
あれだけの瞬間的な攻撃範囲と単純な「火力」があれば、大抵の相手には力でねじ伏せられるってことか。
しかし、エレアが使ってるのが俺達の世界の化学でいうところの「炎」と同じだとしたら…
「ね、ねぇ」
考え込んでしまっていて気づかなかったが、ノルンがきょとんとした表情ですぐ近くまで来ていた。
「どうした?」
「あ、えっとエレアさんに勝ちたいと、思ってる?」
言い淀み、言葉を選んでいるようで変に嫌味に聞こえないようにノルンが尋ねた。
「え、いや、決闘って勝つのにやるもんじゃないのか?」
もしかして何か感覚的にはき違えていたのだろうか。
どうも感覚的に対戦的な競技に見えていたため、勝つために思考していたのだが、エルフの中では何か違ったのだろうか。
「…ははっ」
急にノルンが笑い出した。
!? やっぱ何か変な事を言っていたのだろうかと笑うノルンを前に焦りを感じ始めた。
何を言うわけでもなく、おろおろと両手をフワフワさせていると、笑っていたノルンが落ち着いてきたのか目元を拭った。
「ごめんごめん、確かに本当はきちんと勝つために努力するべきだ」
「お、おう…」
だよな? 具体的に何か考えついているかと言われれば何も思いついてないが、考えを巡らせるのは変じゃないよな?
内心ホッとしているとノルンが言葉を繋げる。
「それでも、僕が聞いている限りだとエレアさんと決闘になったエルフ達はほぼ勝利を諦めるって聞いてたんだけどね。そうだよね、アキトはそんな事知らないよね」
「え、今日だってフォイルさんってエルフは勝つつもりっぽくなかったか?」
「フォイル先輩はある意味例外なんだよ、あの人は勝つとか負けるって考えより別の事を気にするタイプだから…」
確かにフォイルさんは勝負そのものよりお茶にやたらと誘ってたような。
「よし、アキト本人がそのつもりでいるんだルームメイトの僕が沈んで諦めるわけにはいかないよね」
よし、と気合を入れ直し拳を握るノルン。
「何か気になることはないかな! 僕で良かったらなんでもするよ!」
ぐぐいっとこちらに顔を寄せてくるノルン。
うーむ、なんでもやるってのは俺達の世界に来る場合は気を付けてほしいものだ。
「と、とりあえずは特にないなぁ…」
「そっか…」
とりあえずは離れてくれるノルン。
勢いがそがれてしまったためか、ベッドに腰かけ、うーんとうなる。
「でも、勝とうとは言っても具体的に浮かんでくることはないなぁ」
決闘の授業を積極的に受けているならまだしも、あまり参加していないとのことだったので場慣れもしていないのかもしれない。
「ちなみにエレアの対戦ってどれくらい見たことあるんだ?」
思いつくことはなくても、実践で見たことがヒントになることがあるかもしれない。
「う…ごめん、今日見たのがほぼ初めてみたいな感じかなぁ…」
「まぁそうだよな」
まともに授業を受けていないノルンでさえエレアの決闘の無敗が耳に届いているのだ、実際に無敗、またはそれに近い戦績なのだろう。
そんな実力や家柄もあり、取り巻きがやいのやいの騒ぎ立てていたのだろう。
……?
エレア達がイトネにしていたことを思い出し、少しむかっ腹が立ったところで、一つの疑問が浮かんできた。
何故無敗に近い実力の持ち主がイトネに撃った魔法は外れていたんだ?
冷静に考えてみれば、魔法が使えないと言っていたイトネがエレアの魔法に対して抵抗ができていたり回避が完全だったとは、悪いが考えづらい。
あれは、エレアが意図して外したのではないか?
いやもちろん別の可能性もあるが、ただの偶然とは考えにくい。
「アキト?」
「うぉっ!?」
考え込んでいたところに急に声をかけられ、驚いてしまう。
「ど、どうしたの? 顔怖いよ?」
怖いって言われた。
心配してくれているのは分かるのだが、言葉だけ聞くと地味にへこむ。
「あ、いや、なんでもない……と思ってたんだけどな」
協力してくれると言っていたので、せっかくなので動いてもらうことにしよう。
「ノルン、明日からでいいからちょっと調べてきて欲しいんだ」
「お! 任せて任せて、何を調べてくればいいかな?」
瞳を輝かせてっていう表現はこういう表情に使うんだろうなと思えるほどの笑顔でノルンがグイっと顔を近づけてくる。
正直に言えばほとんど確証を得るための裏取りなんだが。
「えっとな……」
変に注目を集めそうなため、俺は決闘の授業に行かないことを告げ、ノルンに頼みごとをした。
また翌日。
習慣そのままに早く目が覚め、また学園の敷地内を歩く。
一昨日と同じように、イトネがまた並木の木陰で布を編んでいた。
「おはよー」
なるべく驚かせないよう、少し離れたところから声をかける。
すると、イトネははっとしたようにこちらを振り返った。
うーむ。また驚かせてしまっただろうか。
「サクラさん!」
イトネは立ち上がってこちらに距離を詰めてくる。
「あ、あのっ、決闘の事聞きました!」
あぁー…。
ノルンがわざわざ伝えたくらいなのだ、イトネの耳にも届いていてもおかしくはないのだが、案の定聞いたらしい。
元々活発な感じには見えていなかったが、まるでこの世の終わりかのような表情をしている。
「わ、わた…私のせいで…ごめんなさい…」
一昨日は生地に興味を持っていたというのに、今日はすがるようにジャージの裾をつまみ、目を伏せてしまう。
「えっとな、あんまり気にしないでいいぞ?」
変に刺激にならないよう、なるべくフラットな口調にしてイトネに返す。
俺の言葉にイトネは顔を上げてくれるが、その表情はまだ浮かばないものだった。
「で、でも…」
「まぁ、具体的に何か対策があるって訳でもないんだけどな、なんとか頑張ってみるわ」
つけ入る隙のようなものは見えているが、だからと言って勝利条件の魔法について目途が立っていない。
だから勝ち目があるとは言えないが、まだ時間もあるしなんとかしようと思っているところだ。
「でも、エレアさんって負けたことないって…」
ノルンだけではなくイトネにまで無敗が伝わるレベルなのか。
昨日も決闘の授業の時に見当たらなかったし、授業を受けるタイプにも見えないが、やはりエレアの負けなしについては周知なのだろう。
だが。
「負けたことないからって、これからも負けないってわけじゃないだろ?」
確かに圧倒的な力があって、生徒達に負けたことはないのだろうが、それは今までの話でしかない。
ノルンと言いイトネと言い、どうしてこうも人のために本気になれるのか。
俺の言葉に、イトネは顔を上げる。
まだ少し不安そうにしている。
…少しキザだろうか、と思いながらもイトネの頭を軽くぽんぽんと優しく叩く。
「ま、見てろって」
こんな表情させてしまって申し訳ない気持ちと一緒に、ふつふつとやる気が湧き上がってくる。
エレア自身も生徒なんだ、必ず何か手があるはずだよな。
自身のやる気を感じていると、イトネの顔が引き締まる。
「わ、私も手伝います! 私で良かったらなんでもします!」
「ぷはっ」
思わず吹いてしまう。
「!? 私なんかがお手伝いはやっぱり力不足ですか…?」
「あ、いや、すまない。違うんだ」
不安そうな表情が困惑したものに変わっている。
さっきの怯えるかのような表情よりは、生気が戻って来たようでこっちの方がいい。
「もう1人ほとんど同じような事言ってきたから、おかしくってな」
な、なるほど…?と納得したような、していないような微妙な反応をしていた。
「協力してくれるって事なら喜んで頼らせてもらうよ、頼んだ」
そう言って右手を差し出す。
一瞬何のことか分かっていないようだったが、イトネはそっと俺の手を取った。
「よろしくお願いします、何をしましょうか!」
ノルンとほとんど同じような反応に再び吹いてしまいそうになる。
しかし、さっき布を編んでいたイトネを見た時に気になっていたことを聞けると思い、押さえ込んでおく。
「イトネ、ちょっと聞きたいんだがいいか?」
「はい、なんでしょう?」
頼られるのに慣れていなくて嬉しいのか、さっきまでの表情はどこに行ったのか、瞳を輝かせている。
尻尾があればぶんぶんと背後で踊っているだろう。
「イトネが布を編んでるのって、その手袋を使ってって言ってたよな?」
「うぇ? は、はい」
魔法が使えないと言っていたイトネが手袋を使って魔法のように織物をしているのだ、魔法の素質がなくとも魔法が使える糸口になるかもしれない。
「その手袋ってどこかで借りれたりするのか?」
「あ、えっとこの手袋は縫製に使ってるもので、私達の家族だけが使ってるものだと思います…」
早速糸口がなくなってしまった。
授業かなんかで使う教材じゃなかったのか…。
「…えっと、この手袋使いますか?」
「え」
見えてきた糸口が目の前から消えてしまったことにショックを受けていると、あっさりイトネが手袋を脱いで差し出してきた。
「いやそれって一族の大事な道具とかじゃないのか?」
朝早くにこんなところで練習しているのだから秘伝とかじゃないんだろうか。
「まぁ、私の家族だけが使ってるとは思いますけど、別の方に知られちゃいけないって訳でもないですよ?」
「そ、そうなのか」
逆にこちらが面食らってしまう。
差し出されていた手袋を受け取り、指を通してみると、少しキツめだったが普通に指を動かすことができた。
…ほんのりと暖かいのが少し気恥ずかしい。
「手袋、大丈夫そうですね」
ぺたぺたと手袋越しに確認される。
正直撫でまわされてるようで、手を払いそうになった。
それでも少しだけ、少しだけではあるが決闘をなんとかできるようになるかもしれない。
後はアウラが言っていたことを、どう形にするか。
幸いにも、親身になってくれる協力者がに二人になった。
後は、具体的な案を組むだけだ。
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