第7話 答えの出ない問いと明確な条件

「…わっかんねぇ」

 アウラが部屋を出て行ってからノルンと一緒に話をしてみたが、魔法が使えるエルフと魔法の使えないエルフの決闘そのものが成立することがまずない。

 その上魔法を使えない側が勝利したなんて話、ノルンも聞いたことがないということだった。

 そりゃそうだろうと思うのだが、一縷の望みをかけて、ノルンと一緒に図書室に向かった。

 まぁ図書室に着いたはいいが、決闘についての書籍は軒並み使用される魔法についてで、決闘の記録どころか戦術論さえまともに書かれていなかった。

「アキト、そっちどうー?」

「あんまり変わんねぇなぁ…」

 長テーブルに積み上がっている本が、否応なしに成果のなさを突き付けてきて食傷気味になる。

 つか記録や戦術は別にしても、どの本も「この魔法にはこの魔法」みたいな記述ばっかりでやってることがほぼ記録なんだよなぁ。

「うーん、これはあんまり本を読むエルフがいないのも納得だなぁ…」

 苦笑いしながらノルンが流し読んでいた本を閉じる。

 そうなのだ、図書室には現在俺とノルンの2人だけで貸し切り状態である。

 しかも明らかに人が着た形跡さえなく、俺達が図書室に入ったのが明らかに久しぶりだったであろう有様だった。

「確かにこれじゃなぁ…」

 決闘に関連しそうな本を適当に引っ張ってきていたはずなのに、内容はアウラにもらった基礎学の本とほぼ同じ内容だ。

 理屈や原理が解明されていないのだから当たり前といえば当たり前なんだろうか。

「やっぱりアウラさんの言ってたことをヒントに考えた方がいいのかなぁ」

「あー、『ブローチが受けるダメージは誰が起こした魔法でも問題ない』ってやつか…」

「そうそう、ってよくそのまま覚えてたね」

「わざわざ言いに来たくらいだからなー…」

 なーんか軽い感じに言っていたが、妙に頭に残っている。

 一対一サシの競技な以上、第三者にどうこうしてもらうっていうのは違うだろうし、何なら変ないちゃもんを着けられそうだ。

 少し気晴らしになるかと、伸びをして窓の外へと視線をやる。

 風になびいて木々が揺れていて、鳥の鳴き声がかすかに聞こえてくる。

「! そういや使い魔みたいなのって魔法使えたりしないのか?」

 遠くに聞こえた鳥の鳴き声に閃き、ノルンに尋ねてみる。

「いや、魔法が使えるのってそもそもエルフぐらいだから、仮に使い魔が居ても魔法でダメージは出せないんじゃないかなぁ…」

 ダメだった。

 使い魔ならば本人の力としていけるのではないかと思ったが甘かったようだ。

 そう考えると後は決闘に参加しているこちらと相手の2人しかない。

 4類以上の魔法でしかダメージは入らないのだから、物理的な攻撃は有効じゃないだろう。

 しかし、相手の力を利用するわけではない。

 ……………。

「無理ゲーじゃね?」

「無理、ゲー?」

「ああいや、こっちの世界の用語なんだわ…」

 どないせーっちゅうねん。

 最早回答が分からなくなりまともに使ったこともない関西弁で内心ぼやく。

「これ以上本を読んでも特に得られるものもなさそうだし、片付けちゃおうか」

「そーだな」

 考えていてもらちが明かないなと、ノルンと一緒に広げていた本を棚に戻していった。


 本を片付けているとなんだかんだと日が傾いており、窓から差し込む光が強くなっていた。

 横を歩くノルンの足取りもどこか重くなっているようにも思える。

「ノルンが気に病むことないんだぞー?」

「え? どうしたの急に」

 俺があえてあっけらかんとノルンの方を叩くと、きょとんとした顔でノルンが首を傾げた。

「いや、首突っ込んで突っかかれてるのは俺なんだからさ、ノルンがあんまり深刻そうにすることないんじゃねーかなって」

 ただ親身になれるだけなのかもしれないが、まるで自分のことのように悩んでいるのを見ると、なんだか逆に冷静になってくる。

「いやいや、せっかくこっちの世界に来てもらってるのに、エルフのせいで嫌な思いさせたくないんだよ」

 当たり前のように言い切るノルン。

 うーん、俺達人間の関係がドライ過ぎるのか、これがエルフの種族性なのか、ノルン個人の性格のせいなのか。

 おそらく一番最後なんだろうなぁ。

「それに、エレアさんと揉めたって言っても、何したら決闘の相手にされるくらいに怒らせるんだか…」

「……すまん、ノーコメントで」

 イジメか嫌がらせかに首突っ込んだなんてこっぱずかしくて言えねぇ。

「まぁ、なんでなのかにはもう追及しないけどさぁ…」

 あっさりと引き下がってくれるノルン。

「あ、そういやさ」

「どうしたの」

 気分が変わる前にと、露骨な話題そらしだと自分でも思うのだが、ノルンは話に乗って来てくれる。

「決闘って、実際に見られないのか? 屋上からだとやっぱり遠目でよくわかんない所あったからさ」

 他のエルフの決闘を見ることで何か得る物があるかもしれない。

 遠目だけではなく間近にできる機会を作れないかと聞いてみる。

「あぁ、決闘自体は午後授業であるから、明日行ってみる?」

「明日? 俺が決闘することになるのって明日以降なのか?」

「あ、そうか!」

 俺の質問にノルンが手を叩く。

「そう、決闘の日付なんだけどね、来週の期間考査の時なんだよ」

「お、なら良かった」

「期間考査の時だから僕も決闘あるんだよね、あんまり授業してなくて苦手なんだよねぇ」

 少し恥ずかしそうに頬を掻くノルン。

 確かにバリバリ戦闘の授業を取るようには見えないしな。


 そして翌日。

 午後の授業になる前にアウラに事情を説明しておき、決闘の授業をノルンと一緒に受けるため、指定の場所に向かうと。

「(まぁ、早速敵情視察しに来てるわ…)」

「(本当に黒い髪ですのね、カラスじゃないんだから…)」

「(ヒソヒソ…ヒソヒソ…)」

 決闘を行うエレアともう1人のエルフ。

 それを見る俺とノルン。

 決闘について見学しようと思っていたら何故かこれから決闘をする相手の決闘を見ることになってしまった。

 いやそりゃあ事前に見ることができるなんて幸運よ? 幸運なんだけどさぁ。

 決闘を見るためにエレアと今日の対戦相手を囲むように見学しているはずが、何故か俺とノルンの周りも遠巻きに取り囲むようになっており、滅茶苦茶目立っていた。

 何なら対戦相手と対峙しているエレアの正面に居る形になってしまい、視線が刺さっている。

 なんだかすごく居たたまれないが、離れろとか出てけとか言われない以上、絶好の機会を逃すわけにもいかなかった。

「やぁエレア嬢! ご機嫌はいかがかな!」

 エレアの対戦相手がやけに通る声で話しかけている。

 高らかに言っていてポーズまで決めている辺り、キザなんだろうか。

「アインス家の三女たる貴女と杖を交えることができるなんてね! 僕が勝利を収めた暁にはお茶でもいかがかな!」

 うわぁテンプレ。

 俺が世界観のギャップに反応を抑えていると、それまで口を開かなかったエレアがようやく口を開く。

「…お誘いどうもありがとうございますわフォイル様。ですが」

 無表情で淡々と頭を下げるエレア。

 どうにも機械的というか、努めて感情を殺しているかのようで。

「――『勝利を収めた暁には』でよろしいですわね?」

 遠巻きに大人のエルフの笛が鳴り響いた。

 他にもいるエルフ達と一緒に決闘の開始ということだろうか。

 笛の音に目線をやっており、そこからエレア達に視線を戻すまでに、

 キィン。

 フォイルと呼ばれたエルフの周りに光の膜が出たと共に高音が耳に届いた。

 俺達に影響はなかったがフォイルさんが炎に包まれていた。

 見ると、エレアが手を払った時に炎の波が襲っていたようだ。

「っとと、猛烈なアプローチ痛み入るよ! 恥ずかしがり屋だねぇ!」

 距離を取るが、明らかにフォイルさんが不意討ちを食らっていたのは露骨だった。

 すげぇ! あの人どう見ても拒絶されたのにポジティブな受け取り方してる!

「……」

 苦虫をかみつぶしたような顔をしているエレアにもあくまで爽やかな笑顔を返しているフォイルさん。

 しかし、フォイルさんの軽口はそこまでだった。

 返しに放った雷の魔法に対しても簡単な詠唱と共にもう一度現れた炎の波でフォイルさんはもう一度ダメージを食らう。

 10秒も経たない内に二度目のダメージが入った事で、フォイルさんの表情から余裕が失せる。

「はぁ」

 ため息とともに、エレアが右手を上に掲げた。

 すると、遠巻きに俺たちを見ていたギャラリーが静かにざわついた。

「お、あれか…!」

 隣にいたノルンでさえも息を飲んでいる。

「アレってなんだ?」

「あ、あぁそうか知らないよね、あれは…」

 ノルンが説明するよりも早く、エレア自身が答えを口にする。

「『操炎イフリート』」

 そう唱えたエレアの周りに炎が舞い始めた。

 すかさずフォイルさんは距離を取るが、それを追うようにエレアの周りに漂っていた炎が鞭のように襲い掛かる。

 一本や二本はフォイルさんが魔法で対応していたが、絶え間なく攻めてくる炎にあっという間に三度目のダメージが入り、フォイルさんの着けていたブローチの宝石が弾けた。

 勝負がつき、ワッと歓声が上がる中エレアは汗一つかかずに校舎へと戻っていった。

 居たことに気付かなかったが、昨日のエレアの取り巻きがその後を追って行った。

「…決闘に勝ったらもう授業参加してなくていいのか?」

「…勝った人は授業免除だったような気がするね」

 目の前で起こった決闘に、なんとか適当に口を開く。

 ノルンもどこか消沈したように答える。


 圧倒的。

 その一言に尽きる実力だった。

 

 

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