メビウスの輪
爆発炎上を繰り返し倒壊する氷山。捻じれた円環が凝視している。それは光沢をもつ金属で重力に抗う。それはゆっくりと撫子だった有機物を釣り上げた。
西暦1968年12月25日。アポロ8号は月の周回軌道にいた。帰路に入ろうとしたがまさかのエンジントラブル。月を8周してなかなか点火しない。もう次が無いという状態で一縷の望みを天に託した。ちょうどその頃、一基の未確認飛行物体が月の裏面からアポロを見守っていた。遭難を覚悟したクルーに彼はちょっとだけ手助けをした。
「ヒューストン聞こえるか!聞こえるか!」
四度、送信して返事がない。さらに一分が経過した。
「えっ?」
待ちわびた奇跡が起こった。点火に成功し宇宙飛行士はサンタクロースの月面在住を心から喜んだ。
聖ニコラウスは四世紀の人物だ。今は崇敬されているが元は頑固な信者だった。改宗を頑なに拒み殉じた。しかし19世紀に商業化された。また墓が暴かれ遺骸がら複願した顔が今の普遍像になった。また聖ニコラウスの祖国であるギリシャでは1822年当時、体制が揺れ動いていた、大統領制から王政へぶれたのもリーダーシップの不在と政情不安の収束に対する期待値の高さだ。
飛行物体はずっと「そこ」にあった。ギリシャに渦巻く振り幅を嗜んだ。
伝承によれば聖ニコラウスは性的暴行を予防した実績がある。少女三人が債権として売却される際に誰かが資金援助した。善意を施したのはニコラウスだ。
それで少女らは助かった。背中を押したのはメビウスの輪だ。少女らが売却される際、誰かが金貨を投げた。それが付近にあった靴下に運よく収納され返済に費やされた。この逸話を元に聖夜の贈与が習慣化した。伝説はローマや北欧の神話など各地の因習を貪欲に吸収し。金属体も同様に肥大化した。やがて産業革命が起こり資本主義が高度情報化社会を育てた。
金属体はますます好奇心がそそされた。同時に聖夜の賑わいは人間の暗部を照らしだ。戦災孤児と兵士の子供にギフトは届くのか。怖いサンタの伝説では悪い子には相応のギフトが届くという。
金属体は人類から得た物をギフトとして還元しながら審判者の真似事をして学んだ。
「おい、見てみろよ。様子がおかしいぞ」
輪をモニターしていた職員がどよめいた。
ネバダ州の乾湖。エリア51と俗称される区画に管轄部署がある。
「早期警戒レーダーが成層圏に巨影を確認、複数です」
「規模は測定不可。とにかくデカい。不定形です」
NORADでも監視していた。不定形で蠢いている。まるで捕食細胞だ。ただそれは降下する気配がない。輪とにらみ合っている。いや交渉しているのか協議中なのかもしれない。正体不明なだけにどんどん不安が募る。
両者はじっとしている。誰かがニコラウスの伝承に気づいた。
「そうだ!靴下だよ!靴下にコイントスだ」
「おおっ!素晴らしい閃きだ。核ミサイルの発射を。誰か大統領に伝えろ」
「いや、ホットラインだ。核攻撃を直訴しろーっ」
恐怖と狂気が専用線を毛細血管にして自由自在に拡散する。
沸騰する世間の熱望をホワイトハウスや各軍は強権で押さえつけた。
「核など断じて許さん」
毅然とした姿勢がロックされた。どこからともなく弾道ミサイルが首都めがけて飛んでくる。ワシントンは蒸発した。
それでも虚空の物体と輪はびくともしない。核攻撃の初段を易々と消滅させた。そして巨大物体が降下を開始した。だらりと柄の部分が垂れ下がる。
「おい、あれ靴下じゃね?」
エリア51の職員が気づいた。しかしどうすることもできない。
「やっとわかりました。途轍もない寓話が現在進行形です」
白衣の研究者が最新の自説を開陳した。
「単刀直入に申し上げます。私達は売られようとしているんです」
するとブーイングが起きた。
「何じゃそら。人類は商品じゃねーぞ。冗談でも売られて溜まるか」
黒人男性職員が憤った。
「地球の幼年期が終わろうとしているんです。いや、終えようとしている」
「誰が?」
聴衆が研究員に同じ質問を投げた。
「まだ気づきませんか。気づいたところで覆りませんが…私達ですよ!」
ええっと黒人が蒼白した。
「身売りだと? おい、誰か金貨を持ってないのかよ。金貨。そこの博士。なんかぎゃふんと言わせるとっておきの特許ないですか?」
博士呼ばわりされた男は顔をしかめた。
そんな都合の良い救済があろうはずもない。人類は既に核を投げて匙を投げ返されたのだ。もう丸投げするしかない。商品価値があるのだろう。
悪いようにはされない。
黒人は泣き出した。「何でもする。許してくれ。こうなると知ってりゃもっとギフトを与えておけばよかった。おい、聞こえるか」
彼は家族に電話を始めた。「私からお前へ…こうなる前に…」
Mebby X'masos(メビークリスマウス) 水原麻以 @maimizuhara
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