俺も思い出した

「そうだ。俺もだ!」

ヘリオスの眼前にチャットウィンドウが開いた。プレイを投げ出さず追い詰められた果てにある秘密のゲームクリア特典。彼は逆転勝ちのフラグを立てた。

海軍参謀本部が崩れ落ち、不気味な伏魔殿に変貌していく。同時に軍人も聖職者も牙を剥く。衣服はボロボロで全員がよろめいている。B級ホラーにありがちなゾンビウォーキング。

「届いてる?ヘリオスあなた

アイコン付きで呼びかけてくる。新郎はすぐに応じた。^

「俺は無事だ。今どこにいる?」

「教会から本部に向かう道。待って…」

ざわつきと物が壊れる音がする。

振り向くとドロドロに溶けた巨大生物がのし歩いている。結界が粉々に割れた。

「こんなの聞いてない。攻略本にもまとめサイトにも開発陣の呟きにもない」

ヘリオスは火炎弾をギリギリでかわした。残った柱をまさぐって隠しアイテムを引っ張り出す。連射可能な重機関銃だ。弾数は無限。序盤の主力兵器だ。

引き金を絞ると小気味よい振動が人垣をなぎ倒す。

「人生は二人で切り開けって示唆よね。どうしましょう」

溌溂とした嫁の声が聞こえる。元気そうで何よりだとヘリオスは返す。

「まずはあのデカブツからだ」

「何なの? あいつ」

「言っただろう。創世記の別冊。地球外生命体の産物だ」

妻の吹き出しに三点リーダーが連続する。

「………じゃねえよ。世界観の破壊が婚約破棄の最終回答だったんだ。中世ヨーロッパ風の海が異星から来たUMAに支配されているって”ぶち壊し”だろう?」

バッジョがクスッと笑った。

「何もかも台無しになれば時代背景も設定も意味を失い消失する」

銃から火炎放射器に持ち替えて点火する。ドラゴンゾンビを取り巻く屍どもが灰燼に帰す。

「ヒャッハー! そっちはどうよ」

次から次へと人型の炎がなだれ落ちる。不謹慎だが爽快だ。その疾走感にバッジョの息遣いが重なる。彼女も飛び道具を構えて楽しんでいるようだ。


そして、ついに巨悪の背後から彼女が姿をあらわした。

「バッジ…ょ?」

もろ手をあげて歓迎したいと新郎は心の底から望んでいた。


その手から力なくノズルが落ちる。

彼女――彼女だった「モノ」が犬歯だらけの顎を見せた。

「どうするの? 遊びを続けるの? それともゲームオーバーかしら」

ドラゴンゾンビが巨大な人面を背負っている。いや、それは顔そのものだ。

「バッジョ、おお、どういうことだろう。まさか君まで」

縮こまって震える姿に彼女は哀れみを感じた。

「私――いや。プレーヤーキャラクター”バッジョ”は苦心惨憺してパラメータを調節した。ドラゴンゾンビを投げ込んだのは【私】だよ」


バッジョのピクセルが崩れてプレイヤー本人の顔写真が現れた。

「待ってくれ、ちょ、ちょ、待ってくれ。俺のモブキャラを引っ張り出した理由はそれか。俺は平々凡々なスローライフを送りたかった」

ヘリオスも仮初の姿を脱いだ。アホ毛のさえない青年が突っ立っている。

「けっこう骨がありそうじゃない。貴方みたいな伸びしろの大きい夫を探してた」

パッジョのプレーヤーは髪をかきあげてにっこりとほほ笑んだ。

「参ったよ。ヘリオス・リーマボルトは成長タイプのキャラクターなんだ。でも俺は非日常のスローライフを満喫したかった」

男が観念すると彼女は本音を明かした。

「退屈な暮らしを退屈なままで終わらせない。時には刺激を楽しむ。そんなメリハリをつけるために私みたいなはねっかえりを選んだのね?」

彼女が図星を指すとヘリオス役の男は「やれやれ」と降参した。

「剛毅破天荒の花道~バッドエンディングのエクストラステージよ。結婚に王道はない。時には邪道もある。だけど二人の人生は一本道なの」

男は天を振り仰いで懇願した。

「神様、お願いです。俺達二人に…」

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ぜったい婚約破棄 水原麻以 @maimizuhara

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