喜怒哀楽

白石みちる

第1話

 中学2年生の時、部活の先輩が卒業した。

 僕は美術部に入っていたので、いなくなる先輩のために色紙いっぱいの花を描いてあげた。いつも心の中の、ぐちゃぐちゃとした何かを描いていて、本物を描くことはなかったので、こんなに綺麗な物が描けるんだ……と先輩は驚いていた。


「ありがとう。本当に……」


 先輩はそう言って、泣いてしまった。卒業した嬉しさと、僕ら後輩に会えなくなる寂しさが混ざりあったような、涙だった。


 その時、先輩の泣き姿を初めて見た僕は恋をした。


 彼女が卒業した後も、ずっと忘れることなんて出来なかった。気が付けば、彼女のことばかり考えていた。今は何をしているんだろう。彼氏なんていないよね?

 そして1年が経ったある日、僕は、彼女のいる高校に進学した。


「なんで!? 君ならもっと上の高校に行けたでしょ!」


 久しぶりに再開した彼女はとても怒っていた。どうやら、僕がこの底辺の高校に入学した事に怒っているようだ。もちろん、僕なら上位の高校にも余裕で受かっていただろう。

 先輩は怒りながら泣いていた。僕の進路を心配する彼女の泣き顔に、母性を感じた。

 1年ぶりに見た彼女の泣き顔は全く変わっていなかった。そんな彼女の顔を見ると、ドキドキと、心拍数が上がっていった。


 その後、彼女と仲良くなった僕は、また美術部に入部した。共通点が増えた彼女と僕は、いつの間にか付き合っていた。


 彼女は受験生になった。しかし、彼女の周りでは良くないことが相次いだ。飼っていた犬が散歩の途中にいなくなり、父親の会社は倒産し、母親は心の病にかかってしまった。

 次第に彼女からは笑顔が減っていった。

 そんな彼女に、僕は安心するような言葉を言った。


「大丈夫、心配しないで。あなたのことはが守るから」


 彼女は僕にゆっくりと依存していった。

 彼女の周りの悪いことが改善されることはなく、彼女はだんだんと壊れていった。目のクマが酷くなり、感情を表に出すことはなくなった。

 でも、彼女はどんなに辛くても、涙を流すことは無かった。


 ある日、彼女は両親に旅行を進めた。僕の持っていた無料温泉ペアチケットだ。一番疲れているのは彼女のはずなのに……相変わらず人に優しいな。

 家で一人になる彼女を見ていられなくて、僕は自分の家に彼女を招待した。

 両親がいつも忙しい僕は、両親が借りたマンションのワンルームに一人で住んでいる。だから、彼女を家に入れても、冷やかす人は誰もいない。

 僕に依存している彼女は、僕の家でとてもリラックスしていた。


 彼女の両親は、旅行先の温泉で自殺をした。遺書には、苦しみに耐えられなかった……と書いてあった。彼女はそのとき、やっと感情を吐き出した。

 彼女は、僕の腕の中で、一晩中泣いていた。


 この時、僕は理解した。僕は、彼女の泣き顔が好きだったんだ。

 僕は彼女の泣き顔がもっと見たくて、酷い妄想をしてしまった。

 両親の死に悲しんでいる彼女を無理やり組み敷いて、嫌がりながら泣く彼女を犯したい。妄想しているだけで、僕の心拍数は上がっていった。


「もっと嫌がるあなたが見たい」


 そう口に出した途端、僕は現実に引き戻された。


「全部、君のせいだったんだ……」


 僕の下に寝ている彼女は、そう言って僕の腹に、冷たい何かを突き刺した。次第にそれは熱を帯びて、僕を暗闇へと導いていった。

 闇に沈む視界の中、彼女は泣きながら笑っていた。

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喜怒哀楽 白石みちる @michiru_siraisi

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