16 旅支度

「トーヤ!」


 ダルはシャンタルがもう大丈夫だと判断し、トーヤの方へと取って返す。


「あ! ルギ、シャンタルを先に洞窟へ! 濡れた服を着替えさせないと、今度は肺炎になるかも知れない」

「分かった」

 

 言われてルギがダルの指示通り、シャンタルの体を抱えて洞窟へと急いだ。


「トーヤ、トーヤ、大丈夫か!」

「あ、ああ、俺は、そんなに水を飲んで、ねえからな……ただ、息を吐き切っちまって、それで、苦しいだけだ……」

「トーヤも早く体を拭かなきゃ!」


 そう言って、まだ肩で息をするトーヤの体を支え、洞窟へと連れていく。


 洞窟内では、意識を取り戻したシャンタルが激しく泣きじゃくりながら、服を脱がせようとしているルギを拒否していた。


「いやー!」


 そう泣かれてルギが困り果てている。

 その様子を見て、ふらふらになっているくせに、トーヤが小気味好さそうに笑った。


「よう、隊長、難儀してるじゃねえか」


 そう言って笑いながらシャンタルに近づくが、トーヤを見てもいやいやをする。


「シャンタル、ちょっと失礼しますね」


 ダルがそう言って肩に手をかけると、うわあんと泣きながらダルに抱きついた。


「なんだ、そっちも嫌がられてるじゃないか」


 ルギがまた皮肉そうに顔を歪めて笑い、トーヤがムッとした顔をした。


「シャンタル、このままでは風邪をひきます。着替えましょう」


 ダルにそう言われ、やっとうんと頷いた。


 水に濡れるのは分かっていたので、タオルもたくさん持ってきている。荷物の中からシャンタルの着替え(男の子用)とタオルを引き出し、服を脱がせる。


 下着まで全部脱がせてしっかりと体を拭いてやっていると、横からひょいっとトーヤがのぞきこみ、


「…………本当だったな」


 そうつぶやき、


「…………うむ」


 ルギもそう答えた。


「も、もう、2人ともあっちにいってあげててよ!!」


 シャンタル本人は知らぬ顔をしているのに、ダルの方がなんだか気恥ずかしくなってしまい、2人からシャンタルを隠す。

 ミーヤが見たと言っていたが、自分の目で確かめるまで、本当にシャンタルが男の子だとは確信が持てなかった。それほど美少女にしか見えない。


「ほら、トーヤもさっさと体吹けよ。ルギもシャンタルを抱えて濡れてるから、ほら」


 2人にバサッとタオルを投げると、手際よくシャンタルを着替えさせ、見た目は男の子の服装になった。


「うーむ、こうしてもまだ目立つな」

「しょうがないよ、髪が乾いてからカツラを被っていただいたら、少しは違う風に見えるんじゃないかな」


 ダルは自分も体を拭きながら答える。


「トーヤも着替えたら? 拭いただけじゃ風邪ひくぞ」

「ダルもな」


 持ってきた荷物の中から自分たちの服を出し、水気を拭った後で着替えてこざっぱりとする。


「ああ、よかった……」


 そこまでして、やっとダルがホッとしたようにそう言った。


「本当にな」

「うむ」


 トーヤとルギもやっと人心地ついたように答える。


「それより、棺桶の始末だ」

「そうだな、で、どうする?」

「沈めるしかないだろうな」


 そう言って、ダルにシャンタルを見ていてもらい、トーヤとルギの2人で棺を沈めにいく。


「これを見ろ」


 ルギに言われて革ベルトの切り口を見る。


「これは……」


 何かに引きちぎられた革ベルト、人の力でできることではない。


「何があった」

「ああ、戻ってダルも一緒にな。シャンタルからも話を聞く必要があるし」

「分かった」


 ちぎれてしまった革ベルトははずし、重し代わりに棺の中に入れる。

 持ち手に引っ掛けていた鈎やロープも中に入れ、トーヤが自分につないでいたロープでしっかりと本体と蓋を縛りつける。


「これで、水の底の方が満足してくれりゃいいんだがな……」

「なんだと?」

「後でな」


 そう言って、2人で棺を中央に向かって押し出す。キリエがそうした時と同じように、静かに中央あたりまで進むと、足元から段々と沈み、やがて姿が見えなくなった。


「しかし、沈めるのはもったいないぐらいの逸品だったなあ」

「何を言っている」

「いや、あの象嵌ぞうがんとかよ、本当、もったいね~な~売ったらなんぼほどになったかな~」

 

 ルギが軽蔑するような目をトーヤに向けると、


「行くぞ」


 そう言って、とっとと先に洞窟に戻ってしまう。


「へっ、相変わらず融通が利かないやつだぜ」


 トーヤもすっかりいつもの様子で、一つ肩をすくめながら洞窟へと戻った。


 ダルがまだタオルでシャンタルの髪を拭きながら、


「大丈夫ですか? 苦しくないですか?」


 そう聞き、


「うん、大丈夫、ありがとう」


 シャンタルもしっかりとそう答えているのを見て安心する。


「さて、何があったのか教えてもらおうか。俺は宮に報告せねばならん」

「分かってるよ」


 めんどくさそうにトーヤが答える。


「ロープを鈎に引っ掛けて合図したとこまでは分かるだろ? そこまでは順調だったんだよ。そしたらな、いきなりなんかブツリと鈍い音がして、シャンタルがするすると下に落ちていったんだ」

「それがあれか」

「ああ、多分な」


 あの引きちぎられた革ベルトの話だ。


「なんであんなことに……誰がちぎったんだよ」


 ダルも気味悪そうに言う。


「多分、だが」


 トーヤが一つ呼吸を整えてから言う。


水底みなそこ御方おんかただろうな」

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