4 死の予言
「で、では、では、当代はご自分の死を託宣により告げらていた、そういうこと、でしょうか?」
使者が恐る恐る聞く。
「それは分かりかねます。どのような意図の託宣か、それはシャンタル以外の者が口にできることではないのです」
「さ、さようですか……」
だが当代が自分を沈めよと申したことは事実だ。
「ご自分を沈めるように、そうおっしゃったと言うのですね?」
「そうです」
マユリアがそう答える。
「千年前の託宣に従う、ご自分を沈めるように、そうおっしゃいました」
「なんと……」
では当代は自分の死を予言しその後のことまで伝えていたということか。使者はそう判断する。
「そ、それで、どうなさるおつもりでいらっしゃいます」
「託宣に従います」
「え!」
「明日の夕刻、シャンタルの御身を黒い棺に入れて聖なる湖にお沈めいたします」
「ええっ! というか、その先ほどおっしゃっていらっしゃった黒い棺とは?」
「これはわたくしの最後の託宣です」
「マユリアの、ということは、シャンタルでいらっしゃった時の、十年前の?」
「そうです」
「そ、その託宣とは?」
「それについては私とこの侍女、ラーラが申し上げます」
キリエと、呼ばれてそれまでシャンタルの御手を握って泣いていたラーラ様が泣きはらした目をして前に出てくる。
「ご存知のようにこの侍女、ラーラは……ラーラ様は、先代のマユリア、つまり先々代のシャンタルでいらっしゃいます」
「え、ええっ!」
使者は知らなかった、ラーラ様のことを。
「い、いえ、存じ上げませんでした」
「さようでしたか……」
ラーラ様は黙ったまま、じっと俯いて立っている。
「ラーラ様は、千年前の託宣、黒のシャンタルに対する託宣と、お生まれになった当代をご覧になったことで託宣を見届け、シャンタルをお守りするために侍女としておそば近くにお仕えする、そうご自分の運命を定められ、シャンタル付きとして宮にお残りになられました」
「そうだったのですか……」
宮のことは、宮の秘密のことは神殿にすら漏れることはほとんどない。使者だけではなく神官長もこれまでの話は寝耳に水の出来事である。
「そうして、ずっとシャンタルのおそばにおられました。そのラーラ様がマユリアでいらっしゃった時、呼ばれて私はこの寝室に入りました。その時に当時のシャンタル、当代マユリアの最後の託宣を一緒に拝聴いたしました」
「なんと?」
「子ども用の黒い棺を作るように。黒い棺に銀色で鳥の意匠を施して時が来るまで眠らせるように、と」
「なんと……」
これはもう神による託宣、今回のこともすでに定められた運命だった、そうとしか思えない。
(神の、神に手による
そう自分に言い聞かせてホッとする。
「で、では、今回のことは……」
「シャンタルの運命、かと……」
マユリアがそう
「そ、そういえば」
使者がふと思い出す。
「なんでしょう?」
マユリアが表情を変えずに答える。
「さきほどおっしゃっていらっしゃいました
「シャンタルが助け手にお心を開くこと、そのために呼ばれました」
「シャンタルがお心を?」
「そうです。当代は大変強いお力をお持ちです。そのお力を使うために、この国の、世界のためにご自分を封印されていらっしゃいました。ですが、その役目も間もなく終わり、次代様に力をお渡しになられる、そのために、それまで封印しておられたご自分を取り戻すために、外からの助け手が必要であったのです」
「さ、さようでございましたか……」
聞いたもののあまりよく意味が分からない。分からぬなりになんとなく大変なことが行われたようだと感じる。
「お出ましの時の当代はご立派でいらっしゃいましたでしょう?」
「あ、は、はい」
使者はこれまで何度かお出ましを見たことがあった。そして謁見の機会を得たこともあった。だがどの時もシャンタルは表情を変えることもなく、声を発することもなかった。使者に対しての託宣はなかったからだ。
まるで人ではないような、人形のようなと思っていた。それが今日のお出ましではなんとも美しく、高貴で、年相応に可愛らしくてそのお姿に見惚れ、そのお声に聞き惚れてしまったのを思い出した。
「そのためにあの者が必要だったのです。そして十分にその役目を果たしてくれたので月虹兵の任に就けました」
「なるほど、そのようなわけでしたか……」
使者は納得できた気がした。
マユリアは何一つ嘘をついてはいない。ただ、言葉をどう受け止めるかは聞いた相手の自由である。
「では王宮にお伝えして参ります……」
「お願いいたします」
一刻も早くと小走りで重い身体を揺らしながら王宮へと急ぐ。
もたらされた
「ではマユリアはどうなるのだ! マユリアの後宮入りは!」
報を聞いた王の第一声がそれだった。
使者は自分が責任逃れのために誰かになすりつけたいと思っていたことは棚に上げ、国の難局にこれが王たる者の言葉かと、心の内で失望を感じていた。
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