3 事情聴取
「あ、あの、あの、あの……そ、その」
何をどう聞けばいいのか、下手なことを聞いて自分の首が、文字通り首が胴から離れるような事態だけは避けたい、使者が動揺のあまりに言葉を続けられなくなる。
「千年前の託宣については、あまり詳しいことは申し上げられません」
「で、でしょうな……」
今はもう見て分かるほど顔いっぱいに汗を流しながらやっとのように答える。
「ですが、必要なことだけはお答えしたいと思います」
「そ、それは……」
「何をお答えすればよいですか?」
「あ、あの……」
どうすれば自分に罪がないように持っていけるか、今はもうそのことだけで頭がいっぱいになっている。何か、他に原因があるとすれば、その責任を押しつけることができる者はいないものか……
「あ、あの……その前の宮の侍女以外にここに入った者は?」
「ございます」
あっさりとマユリアが答えるのに、溺れる者がすがるように飛びついた。
「そ、それは誰です!」
「シャンタルの託宣の客人、トーヤと申す外の国の者、それからこの
「そ、そ、その者たちは今どこに!」
「今、ここにはおりません」
「どこに行きました!」
「その2名につきましては、宮のお役目のため、お出ましが終わってすぐに外へ向かわせました。ですのでここにはおりません」
「そ、そうですか……」
使者ががっくりと頭を下げる。場合によってはその者たちに責任をなすりつけてでも、そう考えていたのだが。
「この度の交代に合せて発表いたしましたが、月虹兵という宮と民をつなぐための新しい役目、その任に就いたのがその2名なのです。早速の役目で宮を離れるようにと命じました。役目の内容については申せません」
「承知いたしました……」
マユリアの言葉に使者がなすすべもなく黙り込む。
「で、では、先ほど話に出ました前の宮の侍女2名、その者たちは今どこに」
「その2名はトーヤとダルの世話役として前の宮に詰めております。わたくしのお籠りが終わり、元のシャンタル付きの侍女が宮に戻ったので元の役目に戻しました。戻して何日になりましたか?」
「マユリアがお戻りになられたのが5日前ですので、その日の午後かと」
「だそうです」
「そ、そうですか……」
では、その侍女たちに責任をというわけにもいかぬ。
「それからその侍女たちと2名の月光兵を
「そうか……」
キリエの言葉にそう答える。
「あ、あの、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「必要なことであればなんなりと」
マユリアが美しい顔を和らぐことなく答える。このような事態ではあるが、自分にその
(いかんいかん)
生存本能からかろうじて自分を取り戻す。
「あの、託宣の内容につきまして、お話しになれることだけでもお聞きできれば……」
「分かりました」
マユリアが続ける。
「古い託宣に、黒のシャンタルについてとございました」
「黒のシャンタル?」
「ええ。当代のご容貌から民たちがそのように呼んでいたという事実をわたくしも耳にしております」
「なんと、そんなことが!」
使者は知らなかった。そのような下々の声など聞く必要も感じたことがなかった。
「当代のあまりのお力の強さゆえ、そう呼んで畏れ敬っていたとのことです」
「さようなことが……」
ひとしきり汗が吹き出す。
「その黒のシャンタルが命を失うかも知れぬ、そのための
「は、はい、それはもちろん」
マユリアがシャンタルの名代としてカースへ出向いたという大事は王宮にも伝えられていた。
「そうして宮へ迎え、色々と動いてもらっていたのです。そのために世話役として付けたのがミーヤでした。そしてその手伝いのためにやはり宮に迎えたダルの世話役がリルです。わたくしのお籠りが終わり、2名の任も終わったとばかり思っておりましたのに……」
やはりマユリアのお籠りに話が戻る。お籠りの邪魔をしたがためにシャンタルがお命を失ったということになっては自分だけではなく王にも神の障りがあるやも知れぬ。なんとかそれだけは避けなければならない。
「で、では、一度はその託宣のことは無事終了したということでよろしいのですな?」
無理やりのように話をそう持っていく。
「ええ、そう思っておりました。これでもう当代は救われたと……ですが」
「まだなにか?」
心臓が飛び出しそうになりながら聞く。
「当代の託宣がございます。本来ならわたくしが口にすることではないのかも知れませんが、シャンタルからお伝えできないことゆえ、申し上げるべきかと思います」
「そ、それは何を」
「黒い棺の託宣です」
「え?」
「『わたくしを聖なる湖に沈めるように』、そうおっしゃいました」
「ええっ!」
あまりの言葉に使者が大声を上げる。
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