5 雲隠れ

 その日の夜、まだこの日の興奮覚めやらず、繰り出してあちこちで歌い騒ぐ人々で街が踊るように動いている頃、いきなりその音は鳴り響いた。


 がらーんがらーんがらーんがらーんがらーん!!


 神殿から誰か高貴な方の不幸を知らせる鐘がリュセルスに鳴り響く。


「なんだ、何が起こったんだ」

「神殿の黒い鐘だ」

「どなたに何が」


 さざめいていた人々が思わず動きを止めた。さっきまでとは打って変わって不安そうに集まる人々、その前に神殿の神官が乗った馬がだんだんと大きく見えてくる。

 黒い衣装に身を包んだ神官が、リュセルスの宮への坂道へ続く入り口にある掲示板、今朝はシャンタルの交代の儀と、その他諸々の慶事やそれに伴う公布などを張り出していた紙を次々と剥がし、黒い縁取りがある1枚の紙を張り出した。


「な、そんな……」

「嘘でしょう?」

「いやいや、こんなめでたい日に悪い冗談だ」


 誰もが信じられぬ顔で神官を見るが、神官は黙って首を横に振り、次の掲示板に向かうために馬に乗ると、もう一度見下ろす人々に向かって首を振った。


 そうして「シャンタルの死」はすぐさま公表された。

 

 何しろ本当なら翌朝にはすぐにマユリアを継承することになっている、隠せるものではない。それと、マユリアが「託宣に従う」と「明日の夕刻にはシャンタルの棺を聖なる湖に沈める」と宣言したのだ。それに従うためにもすぐに準備に入らねばならない。

 シャンタル交代の祝いに沸いていたリュセルスの街は、信じられぬ報に今度は嘆きの声に満ち満ちた。


「そんな、お出ましの時にはあんなにお美しくてお元気でいらしたのに!」

「何があったんだ、え、どんな魔の仕業なんだ!」

「ああ、シャンタル、どうして……」


 リュセルスの住人も、遠い場所から交代の日のために王都へやってきた民も、全ての人が悲しみの声を上げると同時に、これからこの国はどうなるのかと不安の影に押しつぶされそうになっていた。


「だけど交代はもう成されてる、明日には次代様が当代シャンタルになられるんだ、マユリアもいらっしゃる心配することはない」


 比較的冷静な者はそう言うが、それでもシャンタルが亡くなった事実に悲しみを感じぬわけではない。そうしてリュセルスに、それからリュセルス周囲の街や村に、その夜が明けるまでに訃報は知れ渡っていた。


 カースの村でも各々の家の戸口に弔慰を表す黒い布を垂らした。出入りする時にはそれをくぐって腰を屈めて出入りすることになる。


「信じられないねえ……昨日、お出ましを見に行った時にはあんなにお元気そうだったのに」


 ダルの母、ナスタがやりきれないという風に言う。


 ダル一家は朝早くからお出ましを見るために宮へを足を向けた。漁師の朝は元々早い、早くから動くのは苦ではない。宮の前の掲示板に月虹兵という役目を設けたこと、そこにダルとトーヤという2名を任命することという記述見て誇らしい気持ちになりながら長い列に並んだ。そして高齢の村長やその妻のディナ以下一家全員、それからアミ一家と一緒にお出ましを見て帰ってきたのだ。


「フェイの時も突然だったが、シャンタルも同じ年の10歳でいらっしゃるのになあ。本当に人というのは順番にはいかないもんだ」

「まったくだね……」


 村長の言葉にディナもそっとそう言う。ディナはラーラ様のことが気がかりであった。ラーラ様がシャンタルの母のような方であること、先々代のシャンタルであることはダルがディナにだけ話している。昨日、シャンタルのおそばであんなににこやかにしていらっしゃったのに、とやるせない気持ちになる。


「どうなさっているんだろうねえ……」

「え?」


 ぽつりと言ったのにナスタが聞く。


「いや、ああ、宮の方々だよ」

「そうだよね……そういやダルは宮のお役目だとか言ってたけど、今どうしてるんだろう」

「なんか、お出ましが終わったらどこかに行くって言ってたぞ、もしかしたら知らないままかも知れないな」

「トーヤも一緒だって言ってたな、2人は知らないかもなあ」


 ダルの兄2人がそう言う。


「そういやそういうこと言ってたかね。ってことは、どっちにしても結婚式は日延ひのべしてよかったんだよ、服喪ふくもの期間は慶び事は控えないとだからね」

「そうだな、仕方ねえ」


 ダルの父サディもそう答える。


「ミーヤさんはどうしてるかねえ……」

「それとリルさんか? 一度ここに来たことがある、なんかダルの世話役だって言ってたおきれいな侍女の方」


 ダルの家族は関わりのあった宮の人々に思いを寄せる。


 そして宮の内ではすでに千年前の託宣に従うべく物事が動き始めていた。


「これがその黒い棺ですか……」

「そうです」

 

 やぎひげの神官長が託宣の黒い棺を見て息を呑んだ。なんとも見事な芸術品と言っていい「逸品」だ。これは確かに昨日今日で準備できるものではない。


「あの、とある神官が申していたのですが」

「はい、なんでしょうか」


 鉄の侍女頭が感情を動かさずに答える。


「なんでも昨年、侍女見習いが亡くなって、その時にやはり見事な棺に入れたとの話を聞いたのですが」

「ええ、当時のシャンタルの託宣により、これと対で作られた白い棺です」


 侍女頭の回答に神官長が息を止める。

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