9 契約不履行

「『けいやくふりこう』?」

「ああ」

「それって何?」

「うーん、そうだな、約束を破るってことかな」

「シャンタルが?」

「まあ、この場合は宮とかマユリアになるのか? どっちにしてもそっちの責任だ」

「責任……」

「そうだ」


 トーヤがうんうんと頷きながら言う。


「もう一度最初から話をまとめるぞ、いいか、よく聞いとけ」

「うん……」


 シャンタルがミーヤにしっかりとしがみついたまま頷く。


「俺はこの宮から、直接にはマユリアから仕事を依頼された。その仕事の内容は、聖なる湖に沈めるシャンタルを助けることだ。ここまでは分かるな?」

「うん……」

「俺は仕事を受ける上で条件を2つつけた。1つ目は金だ、その金額を言ってマユリアが納得して払うと言った。分かるな?」

「うん……」

「そしてもう1つの条件は、千年前の託宣に従うこと。つまり、おまえが俺に心を開いて自分の口で助けてくれって言うことだ。これも分かるよな?」

「うん……」

「そしておまえは俺に助けてくれと言った、そうだよな?」

「うん……」

「つまり、その時に契約は成立してる。おまえを助けるという仕事は正式に契約がなされた、つまり約束できたってこった」

「うん……」

「だからな、俺は仕事をしなくちゃならねえ、約束した仕事をしないってことは俺の信用にかかわる、つまり嘘つきってことになる。だがちゃんと仕事をしたら報酬を、金をもらえる」

「うん……」

「だけどな、そこでおまえが沈まないって言うってことは、湖に沈められたおまえを助けなくてよくなる、これも分かるな?」

「うん……」

「おまえを助けないと普通は金ももらえねえんだがな、今回の場合はおまえが勝手に約束を破った、俺が破ったんじゃない。つまりそっちは俺が仕事をするって言ってんのに約束を破って俺に仕事をさせなかった、それが『契約不履行』ってことになる。だからそのことを謝ってその分を金でつぐなう、それが『違約金』だ。分かったか?」

「うん……」

「本当に分かってんのかねえ……」


 トーヤが頼りなさそうに言う。


「それはどういうことになるんですか?」


 ミーヤが聞く。


「どうって?」

「あの、その後のこと……」

「ああ、金もらった後か」

「どうなるんでしょうか……」

「さあ、どうなるかねえ」


 トーヤが肩をすくめて両手を上げる。


「その先のことは俺の知ったこっちゃねえしな」

「そんな!」

「いや、だってな、仕事したくてもできねえんだからよ」

「ですが……」


 ミーヤがシャンタルを心配そうに見る。


「シャンタルは、どうなるんでしょう……」

「さあな、それも俺の知ったこっちゃねえし俺に言われてもな、なあちび」

「…………」

「お、さすがに『うん』とは言わねえか」


 そう言って笑う。


「後はおまえとマユリアたちとの問題だ、俺は知らん」


 シャンタルがじっとトーヤを見る。トーヤがその目をじっと見返す。


「さっき、俺とミーヤはおまえの味方だと言ったな?」

「うん……」

「だがな、それは『仕事』があるからだ。おまえを助けると約束したからだ。ミーヤはこの宮の侍女、おまえの侍女だからずっと味方かも知れんが俺は違う。おまえが約束を破るなら俺は味方しなくていいってことになる、これも分かるよな?」

「…………」

「分かるよな?」

「分かった気がする……」

「だからな、その後でおまえがどうなろうとも、そうだな、マユリアたちにひっつかまえられて水に沈められようが崖から投げ落とされようが助ける義理はねえってこった。分かったか?」


 シャンタルが助けを求めるようにじっとミーヤを見上げる。ミーヤの上着を握る手にも力がこもる。


「そうだな、約束を破った瞬間、おまえの味方はミーヤだけになる」

 

 シャンタルがミーヤにしっかりとしがみついた。


「トーヤ……」

「なんだ?」

「どうすれば……」

「さあな、俺が考えることじゃねえ」

「トーヤ……」


 ミーヤはトーヤを信じている。今の言葉もシャンタルを助けたいがためだ、そう思う。だが……


「どうすれば……」


 もう一度繰り返しじっとシャンタルを見る。


「まあよく考えるこったな、どうせあいつらが戻るっても明日か明後日あさってだろ? その間によく考えろ」


 真面目な顔でミーヤをじっと見る。


「おい、ちび」


 呼ばれてシャンタルが顔だけをトーヤに向けた。


「俺の言ったことを思い出してよく考えろ。うまいもんをうまいと思え。そして何を信じればいいか考えることだ」

「おいしいものを……」

「そんじゃ用事は済んだし俺は部屋に帰るわ、後は任せた」


 それだけ言うとくるっと背中を向け、無慈悲なほどさっさと部屋を出ていってしまった。


 扉が閉まる音がしてその後は沈黙が続いた。


「ミーヤ……」


 シャンタルはそれだけが命の綱と言わんばかりにミーヤの服を握りしめる。


「ミーヤ、シャンタルはどうすればいいの?」

「シャンタル……」


 主従は冷え冷えとしたかのような応接でじっと抱き合っていたが、


「考えましょう、どうすることがシャンタルにとって一番いいのかを。それがたとえ厳しい道だとしても進むべき道を」


 やっとミーヤがそう口にした。

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