10 家族の想い

 考えようとは言ったものの、何をどうかんがえればいいものか……


「ミーヤ……」


 小さなあるじが不安そうにミーヤを見上げる。


「ええ、考えましょう……」


 シャンタルに不安を与えぬように普通の顔をしながら必死に頭を回す。


「シャンタル、考える前にお伝えしておきたいことがあります」

「う、うん……」


 シャンタルが不安そうにミーヤを見る。


「私は、ミーヤはトーヤを信頼しております」


 シャンタルが「え?」というような顔をする。


「あのように乱暴な物言いをし、粗野な振る舞いをするので不安に思われるのもごもっともですが、本当に信頼できる優しい人間です。それはお分かりいただきたいのです」

「…………」


 シャンタルが少し考えてから、


「ああ見えて情に厚い信用のできる人間です」

「え?」

「キリエがそう言ってたの」

「キリエ様が?」


 ミーヤはその言葉を耳にはしていない。


「いつです?」

「うーんと……いつだったかなあ……」


 一生懸命考える。


「ネイとタリアが怒ってて、ルギも……そう、ルギが『悪魔を滅せよ』って」

「え?」


 悪魔? 滅する? それは一体……


「ルギがあの悪魔をのさばらせておくわけにいかない、って言った」

「それは……」


 ミーヤは背筋が凍るのを感じた。


 それは、もしやルギがトーヤを殺すと言ったのではないか、そう思ったからだ。


「それで、それでその後はどうなりました?」

「うーんとね……」


 必死で思い出そうとする。


「そう、マユリアがいけませんって言って、それでその時にキリエがそう言ってたの、信用できるって」

「そう、そうですか……」


 ではマユリアが止めたのだ、そう知ってホッとする。


 それはいつのことなのだろう? 少なくともミーヤがいなくなってから。ではあの後だろうか、あの後すぐそのような話がされていたのだろうか。


「トーヤが猶予をくれた、マユリアがそう言ってた……」

「え?」

「わたくしたちにできることをやるのです」

「え?」

「マユリアがそう言ってた……」


 シャンタルの顔が歪む。


「ラーラ様にもシャンタルを頼むって言って、そうしたらラーラ様も……」


 ちょっと言葉を飲み込む。


「諦めないって……自分にできるのはそれだけ、シャンタルに心を開いてもらうことだけって……」

「シャンタル……」

「マユリアが、できることはなんでもやる、って……」


 それだけ言うとしゃくりあげて泣き出した。


「シャンタル……」


 しがみついてシクシクと泣いているシャンタルを優しく上から抱きしめる。


「ミーヤ、ミーヤ……」

「はい……」

「マユリアは……ラーラ様は……シャンタルを嫌いじゃないのよね?」

「はい、そうですとも……」

「シャンタルを助けたいのよね?」

「はい、そうですとも」

「じゃあ、じゃあどうして……」

「それは……」


 託宣に従うためだろうか。

 世界の運命を変えないためだろうか。

 もちろんそれはある。


『マユリアがおっしゃっていらっしゃったように言えぬことには沈黙を守るしかできない……』


『なーんかあるんだよな、まだ……』


『おまえはどうやっても一度は沈まなくちゃなんねえ運命らしい』


 そうなのだ。

 ミーヤにもそうとしか思えなくなってきた。


 何か理由があるのだ、託宣や運命以外にも何か理由が。

 そしてそれはシャンタルのためだ、シャンタルを助けるためなのだ。

 理由は分からなくとも確信できる。

 あの人たちはシャンタルを助けるためならなんでもやると言っていた、それならばそれもきっと……


「シャンタル……」

「なに?」

「ミーヤにも、シャンタルが一度お沈みにならないといけないように思えてきました……」

「えっ!!」


 驚いてシャンタルがミーヤから飛び跳ねるように離れた。


「ミーヤまで……」

「よくお聞きください」


 ミーヤがシャンタルの両手をそっと持つ。

 シャンタルはビクッとしたが放そうとはしなかった。

 じっとミーヤを見る。


「ミーヤはシャンタルをお助けしたい、その気持ちに間違いはありません。お信じください」

「…………」

「そしてトーヤが申しておりました通り、一番シャンタルを思っていらっしゃる方、大事にしたい方、お助けしたいと思ってる方、それはマユリアでありラーラ様です。これは間違いありません」

「ミーヤ……」

「マユリアがシャンタルを助けるためならなんでもやる、そうおっしゃったんですよね?」

「……うん……」

「なんでも、そうおっしゃいました」


 ミーヤがシャンタルの両手を握る手に力をこめる。


「なんでも、そう、なんでもやるのです……シャンタルをお助けするためならシャンタルを湖に沈めることもやるのです……」


 シャンタルが青い顔をしてミーヤをじっと見る。


「トーヤが言っているのはそのことだと思います。おいしいものをおいしいと感じるように、シャンタルが信じていると思う人を、シャンタルを大事にしてくれていると思う人を信じてください」

「ミーヤ……」


 ミーやにぐっと手を握られたままシャンタルが言葉をなくす。


「一番おつらいのはマユリアです。なぜならマユリアがご決断なさらないと誰にも決断できないからです。マユリアをお信じください」

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