第三章 第五節 神として
1 対面
ミーヤはそのままトーヤの手を引っ張ったままシャンタルの私室へとたどり着いた。
もうその頃にはよろよろと自分の体重で前へ倒れるように進み、倒れてしまわないようにトーヤがそれを引っ張っているという状態ではあったが、それでもようやくたどり着いた。
やっとここまで来た。
扉を開けると
「おい、ここどこだよ。って、その前にあんた大丈夫か?」
トーヤにそう言われて、もう自分がフラフラの状態であったことにようやく気づいたようだ。
ミーヤのふらつく足が応接の毛足の長い絨毯に
「おい!」
トーヤがミーヤの肩を掴んで引き止める。
「だ……大丈夫……すぐそこ、です」
はあはあと息を切らしながらその姿勢でまだトーヤをその先へと連れていこうとする。
「ちょっと落ち着けって、そんな引っ張らなくても付いていくからよ」
そう言ってもひたすら前へ前へと行こうとするので、仕方なくトーヤも歩調を合わせて付いて行く。
その先にある少し小さめの扉をやっとのように押し開き、
「ミーヤです、トーヤを連れてまいりました」
そう言いながらトーヤを引っ張り込むようにその場に膝をついて座り込んでしまった。
「おいおい、大丈夫かよ」
「だ、大丈夫です、それより、あちら」
肩で息をしながら震える右手を上げて指差す。
それまでミーヤしか見ていなかったトーヤが視線を上げると、どうやら寝室、そして指差す方向には寝台がある。その上には誰かが座っているような影が
「あれは……」
なんとなく誰かが分かった。
ミーヤを見るとコクンと頷く。
トーヤも頷き返して寝台に近づく。
黙ったまま紗幕を開くと、思った通りシャンタルが寝台の上に座っていた。
大事そうに何かを抱えてトーヤを見る。
「よう、久しぶりだな」
何事もないように声をかける。
シャンタルがその緑の瞳でじっとトーヤを見上げた。
「なんか、変わったな、おまえ……」
目の前にいる子どもがもう人形ではないことが分かった。
「なんだ、なんか言いたいことがあるんじゃねえのか?」
心の中の期待を出さぬように普通の状態で言う。
「トーヤ?」
「ああ」
黒い瞳と緑の瞳が合う。
本当の意味で初めての対面であった。
「トーヤ……」
「なんだ」
「シャンタルを、助けてくれる?」
トーヤがじっと子どもを見つめる。
「助けてほしいのか?」
シャンタルが男をじっと見つめる。
「シャンタルは水に沈みたくない、死にたくないの」
「そうか」
トーヤが寝台のすぐ横にある椅子にどさりと腰掛けた。
体を
「よく言えたな、いい子だ」
そう言って左手を伸ばし、シャンタルの銀色の髪をガシガシと掴んで撫でる。
「心配すんな、俺がおまえを助けてやる。たとえ水の底に沈んだとしても助けてやる、信じろ」
シャンタルはじっとトーヤの顔を見つめていたが、右手に何かを握ったまま両手でトーヤの首に抱きついてわんわん泣き出した。
「助けて、沈むのは嫌、怖い、死にたくないの」
「分かった、安心しろ、トーヤ様が来たらもう大丈夫だ」
そう言ってシャンタルの頭を左手で撫でながら右手で背中をとんとんと叩いた。
「もう大丈夫だ、おまえは大丈夫だ」
そういう声を聞きながら、シャンタルはミーヤと同じことを言っていると思って泣き続けた。
「トーヤ……」
やっと立ち上がったミーヤがそばに来て声をかける。
「驚いたな、一体どんな魔法を使ったんだ?人間に呪いをかけて人形にしちまうって話は聞いたことあるがその逆だ、呪いにかかった人形を人間に戻しちまった。あんた、すごいな」
そう言って笑う。
「シャンタルは最初からお人形ではいらっしゃいませんでしたよ。ただ、その方法を御存知なかっただけなのです。それを思い出してご自分の意思でトーヤに助けを求める、そうおっしゃったので迎えに行ったのです」
「そうか」
そう言ってまだ首に抱きついているシャンタルをトーヤもぐっと抱きしめる。
「もう大丈夫だからな。だからもう泣くな、おいちび、泣くなって、ほら」
そう言いながらもトーヤの腕にも力が入っているのをミーヤは見た。
キリエは寝室の扉を細く開け、中の様子を見てがっくりと力を抜く。
「ありがとうございます……」
そう一言だけつぶやいて息を一つ整えると、後ろを向いて応接に戻る。
リルとダルが困ったような顔をして黙って立っている。何が起こっているのかさっぱり理解できないからだ。
「リル、マユリアの元へ行き、もう大丈夫だとお伝えしてどこかの部屋で休ませてさしあげてください。明日お迎えに参りますのでそれまでゆっくりお休みくださいと」
「は、はい!」
聞くなりリルがうれしそうに部屋から駆け出していく。やっとあの部屋から、あの状態からマユリアを解放して差し上げられる、そのうれしさで一目散に駆けていく。
「ダル、カースに行ってラーラ様に宮にお戻りいただけるとお伝えして明日にでもお連れしてください。それから村長にルギの家がどこか聞き、そちらに行って同じ報告を。頼みましたよ
そう言って今までダルが見たことがない満面の笑みでキリエが笑った。
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