20 駆け抜ける

 ミーヤはシャンタルを胸から離すと、


「シャンタル、今からトーヤを呼んできます。お一人でここにおられますか? 大丈夫ですか? それとも誰か呼んできますか?」

 

 じっと目を見て言った。


「ううん、大丈夫。1人の方がいい。誰も呼ばないで……」


 シャンタルはフェイと話したことでトーヤに助けてもらいたいとは思ったが、マユリアたちに対する気持ちは裏切られたとのままであった。


「分かりました、では待っていてください。すぐに呼んできます。絶対にそのままじっとしていてくださいね」

「うん、分かった」

「お友達と一緒にいてくださいね」


 そう言われて自分が青い小鳥、フェイのお友達をしっかりと握りしめたままなのに気づき、


「うん、この子がいれば大丈夫だから」


 一度開いて黒い丸い目を見てふっと笑い、もう一度握ってそう言った。


「本当にすぐ戻ります。絶対絶対動かないでください、約束ですよ?」

「うん、分かった。待ってる」


 こくんと頷く小さな主を確認すると、急いで寝室から出ていく。


 応接にはキリエが座っていた。


「ミーヤ……」


 どうなったのか問いたげに言うが、


「キリエ様、急いでトーヤを呼んできます。それまで寝室の扉の外からシャンタルを見ていてあげてください、お願いします」


 ペコリと一つ頭を下げ、走ってシャンタルの私室から飛び出して行った。


「なにが……」


 そっと寝室の扉を細く細く、本当に少しだけ開いて中を伺う。

 薄暗い寝室の寝台の上、小さな影が薄っすらと見える。

 

 キリエはシャンタルの信頼を失ってしまった今、この中には入れないのだと自分に言い聞かせた。


 ミーヤは奥宮を走り抜け前の宮に入った。

 

 周囲を構わず全速力で走り抜けるミーヤにすれ違った侍女たち、衛士たちが驚くがそんなものに構っている時間はない。


 宮は広い。奥宮から前の宮に入って走り続け、息が切れるのも構わず走って走ってようやくトーヤの部屋の前にたどり着いた。


 ばたーん!


 ノックもせず思い切り扉を開く。


 室内にはトーヤとダル、そしてリルがいた。

 3人はミーヤの姿を見ると声もなく驚く。


「……トーヤ……」


 よろけそうになりながらソファに座っているトーヤに近づくと左手を伸ばし、無言でその左手を掴む。


「な、なんだ?」

「来てください!」


 トーヤの手をぐいっと引っ張って立たせる。


「早く!」

「って、おい!」


 トーヤは引っ張られるまま小走りになる。


「ミーヤさん!」


 ダルが驚いて立ち上がり追いかける。

 リルも弾かれるようにそれに続く。


 よろけるようにトーヤを引っ張って走る、にしてはもうスピードが落ちて息ばかりあがるミーヤとそれに呆然と引かれるトーヤ、その後をやはり小走りで続くダルとリル。すれ違う侍女や衛士たちがさきほどのミーヤ1人の全速力の時よりもっと驚くが驚き過ぎて何もできない。


 奇妙な行列が前の宮を過ぎて奥宮に入り、さらにその先、最奥への出入りを取り締まる衛士のところまで来た。


「シャンタル付きのミーヤです! シャンタルの勅命によりこの者を連れて入ります!」


 ミーヤが息を切らしながらかすれた声を絞り出すようにしてそう言う。


 奥宮は侍女と言えどお目通りを許された者しか入ることはできない。さらにこの先は最も神聖な奥宮の最奥、男を連れて入るなど言語道断ごんごどうだんである。


「待て、その者を入れるわけにはいかん!」

「シャンタルの勅命ですよ!」

「だめだ!」

「勅命です!」


 押し問答を続けていると、


「通しなさい」


 背後からキリエがそう言う。


「キリエ様……」


 衛士の2人が驚いて振り返る。


「シャンタルの、そしてマユリアの勅命です。忘れましたか?」


 衛士が無言で顔を見合わせた。


 マユリアはお籠りの前に警護隊に属する衛士たち全員に伝えるようにとこう言っていた。


「ミーヤが連れてくる者は誰であろうとここを通しなさい」


 だが、いくらそう言われても、奥宮はどうしても必要のある時に一部の許された者だけが決まった必要な場所に最低限に足を踏み入れる以外は男子禁制である。しかも自分たちに命令を下すはずの直属の上司であるルギの姿も見えず、本当に通していいものかの判断をしかねる。一応事前に第二、第三の警護隊の隊長にもお伺いを立てたてはいたが「そんなことがあろうはずもない」と一笑に付されて相手にもしてもらえなかった。

 まさか本当にそんなことはあるまい、そう思っていたところにミーヤが男を連れてやってきた。

 そのミーヤだとて本来なら役職もない「前の宮の者」である。すんなりと通すわけにはいかない、そう判断しても不思議ではない。


 だが、侍女頭のキリエが命ずるのならそれはまた別だ。本当に通してもよいのだろう。万が一のことがあったとしても、それは侍女頭の責任である。


 さっと左右に開き、ミーヤとトーヤを通す。


 2人が急いで奥宮のさらに奥に向かって駆けていくのを2人の衛士は呆然と見送った。


「あの……」


 慌てて振り向くと、そこにはリルとダルが立ってこちらを伺っている。


「あの……」


 今度は衛士がキリエに言う。


「2人とも、私に付いていらっしゃい」


 そう言うのでもう一度場所を開けてまた2人を通す。

 一体何が起こっているのか、理由を知らぬ衛士たちは戸惑うだけであった。

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