19 溢れる思い
シャンタルの緑の瞳から次々と涙が流れる。とめどなく流れる。
「そう、そうなの? そう、そう……」
そう言うと青い小鳥を両手でそっと包むようにする。
「うん、うん、分かった……うん、ありがとう……」
そう言うと青い小鳥を包んだ両手をそっと口の前に持ってくる。
「うん、うん、分かった……」
そう言うとその手に優しく頬ずりをする。
ミーヤは言葉もなくその
「フェイが、教えてくれたの……」
泣きながら続ける。
「トーヤ様を信じて、ミーヤ様を信じて、そう言うの」
「フェイが……」
信じられないことが目の前で起こっている。
だが、そもそもシャンタルは神の身だ、信じられないことが起きても不思議ではないのか。
「フェイがね、トーヤとミーヤがどれだけフェイに優しかったかって。シャンタルのことも嫌いじゃない、助けたいって言ってるって……」
ミーヤは何も言わずにただシャンタルの言葉を聞く。
「この間もフェイのところに来てトーヤが言ってたって……シャンタルに『頼むから助けてくれって言ってくれ』そう言ってたって言うの」
「トーヤが?」
「うん、フェイに『どうやったら助けてやれる?』って聞いたって……」
トーヤがフェイの墓所の前でそんな話をしたことを知る者はいない。聞いていたのはフェイだけだ。
「それでね」
シャンタルがクスクスと笑う。
「トーヤがね、ため息ついて『ああ、かっこよくなりてえよなあ……』そう言ったって笑ってる」
「かっこよく……言いそうです……」
思わずミーヤが吹き出す。
なんだろう、怖いと思っても不思議ではない話なのに心が温かい。
「フェイ……」
フェイが、シャンタルと笑い合って話す姿が見えるような気がする。
「フェイはね、何かお返しがしたかったって」
「お返し?」
「もう一度トーヤ様とミーヤ様とお話しさせてくれてありがとう、言いたかったことが言えてありがとうってシャンタルに……」
「それは……」
もう間違いない。シャンタルは本当にフェイと話しているのだ。
「フェイ、フェイ、聞いてますか! ミーヤです、聞こえますか!」
思わずミーヤは見えない青い影に話しかけていた。
「もっとあなたといたかった。ずっといたかった。今でもあなたを思うと涙が出ます。私もトーヤも、ずっとずっとあなたを好きですよ!」
うんうんと頷いていたシャンタルがミーヤに言う。
「フェイがありがとうって」
「フェイ……」
ミーヤの目からも涙が流れる。
「うん、うん、ありがとう、じゃあね」
シャンタルがそう言うと青い光が消えて寝室にはまた柔らかい薄闇が戻ってきた。
「フェイ……」
行ってしまった……
ミーヤはぼんやりと薄闇の中を見つめていた。
つい今までいたのだ、フェイがすぐそこに。
「いっちゃった……」
シャンタルの声に我に返る。
「今までここにいたのに……」
そっと胸を押さえる。
「シャンタル、フェイは、なんて?」
「フェイね、ずっとさびしかったんだって。ずっと1人だったって。これからもずっと1人なんだと思ってたら、トーヤが来てミーヤとも一緒にいるようになって、ダルやルギやカースの人たちもいて、毎日が楽しくなったって」
「そうなんですか……」
「うん。それでねずっとずっと幸せだといいと思ってたけど、どこかで分かってたって」
「何をですか?」
「うん、自分はそんなに長くは一緒にいられないんだって」
「え?」
思いもかけない言葉に驚く。
「宮に来た頃からずっと分かってたって。自分は大人にはなれないんだなって」
「そんな……」
「だから、ずっとさびしいまま、子どものまま終わるんだろうなって思ってたら、本当に幸せになれたって。世界で一番幸せになれたんだって」
『フェイは、とっても幸せです、この世で一番幸せです』
そう言っていたのを思い出す。
「そんな……」
「だから幸せだったけど、もっと幸せになりたいって思ってしまった、そう言ってた」
「フェイ……」
「だからね、シャンタルにも幸せになってほしいって。だから信じてって、トーヤとミーヤを」
ミーヤには言葉がない。
「フェイが、フェイがね……」
そう言う小さな主の緑の瞳からまた涙が
「見えないけどずっとそばにいます、ってそう言ってる。いないけど自分はいますって」
「フェイ……」
ミーヤは右手で口を押さえて静かに泣く。
「それでシャンタルはこのままでは死んでしまう、死ぬのはだめって。だから、だから……」
シャンタルが誰かに一つ頷いて、
「だからトーヤに助けてって言うから」
「シャンタル」
ミーヤが思わずシャンタルを抱きしめる。
「よく言ってくださいました。大丈夫です、トーヤは助けてくれます。これでもうシャンタルは大丈夫、そう大丈夫です」
前にもそんなことがあった。
ミーヤがシャンタルに「大丈夫」と言ってくれたことが。
シャンタルは思い出した。
「大丈夫です、もう大丈夫、ええ大丈夫ですとも」
同じように言いながら小さな子どもをギュッと強く強く抱きしめた。
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