13 その手の持ち主

「ミーヤだった、ミーヤが助けてくれた、さっきも」


 そう言ってうれしそうにミーヤの手を取る。


「この手だった……」


 小さな手が持ち上げた、こちらもそう大きくはない手を見つめて笑う。


「あの、ラーラ様の御手おてではございませんでしたか?」

「ううん、違う。ラーラ様の手はよく知ってるけど違う手だった」

「ですが、シャンタルがその溺れる夢をご覧になっていらっしゃった頃、私はトーヤの部屋に……あ……」


 話がつながった気がする。


 あの時、苦しむトーヤの手を取ったのは確かにミーヤであった。

 眠りながらもがき苦しむトーヤの手を必死で握った。その手は確かにミーヤの手である。


「どうしたの?」


 途中で言葉を止めたミーヤを不思議そうに見る。


「それはどうやらミーヤの手のようです……」

「そうでしょ?」


 うれしそうにシャンタルが言う。


「ですが、私が、ミーヤが握っていたのはシャンタルの御手ではございませんでした」

「え?」

「その時、私が握ったのはトーヤの手でした」

「どういうこと?」

「共鳴です」

「共鳴?」

「はい、二度目の共鳴の時です。トーヤもシャンタルがご覧になったその夢を見て、夢の中で溺れておりました。それを起こしに行った私が見つけて、驚いて手を握って起こしました。その時の手だと思います」

「トーヤを起こした手?」

「はい、そうです」


 ミーヤが頷く。


「あの時、トーヤとシャンタルは2人で1つの夢を見ていたのだと思います。それでトーヤの手を掴んだミーヤの手がシャンタルの御手も一緒に握っていたのだと思います」

「トーヤと一緒?」


 不愉快そうな顔になる。


「はい、あの時2人は1人だったのでしょう」

「トーヤと?」


 はっきりと嫌な顔をする。


「それだけシャンタルとトーヤの繋がりは深いのでしょう」

「トーヤと……」


 ますます嫌そうな顔をする。事態を考えなければその表情さえ魅力的、思わず微笑まずにはいられない、そんな可愛らしさだ。


「はい。シャンタルが託宣でお呼びになられた『助け手たすけで』ですから」


 ミーヤの言葉にも嫌そうな表情を崩さない。


「でもトーヤはシャンタルが嫌い、シャンタルもトーヤが嫌い」

「嫌わずにくださいませ」

「嫌いなものは嫌いだもの」

「シャンタル……」


 ミーヤが悲しい顔をする。


「でもミーヤは助けてくれたから、少しだけなら言うことを聞いてもいい……」

「シャンタル」

 

 すねながらも、いやいやながらもそう言う様子のなんと可愛らしいことか。

 だがそんなことを言っている場合ではない。


「トーヤはシャンタルの味方です。信じてください」

「でも引っ張ったのはトーヤだと思う……」

「確かですか?」

「顔はそうだったと思うけど……でも手はミーヤだった」

「では引っ張ったのはミーヤでしょうか?」

「違う!」 


 はっきりと否定する。


「どうして分かりますか?」

「だってミーヤの手は握ったけど引っ張らなかった」

「握っただけ?」

「そう」

「引っ張った手とは違ったということですか?」

「そう」


 誰の手なのだろうか。本当に引っ張った人などいるのだろうか。ミーヤはそう思った。


「大きな手ですか?」

「……ううん、大きくはなかった」


 考え込んでしばらく黙った後、シャンタルが驚いたような表情で顔を上げた。


「そんなはずない……」


 ふるふると首を振る。


「シャンタル?」

「ううん、なんでもない」


 そうは言うがなんでもない顔ではない。

 だがその後は何を聞いても首を横に振るだけで何も話をしなくなってしまった。


 黙って座ったまま時が経つ。

 夕飯の時間になっても、今度は最初から首を横に振っていらぬと意思表示をして座り続ける。


 寒くなってきたので毛布を持ってきて肩からかけるが、元の人形のようなシャンタルに戻ってしまったかのように反応をしない。心配になって表情を覗き込むと表情はある。何か、自分の決意でじっと黙っているだけのようだと分かり、心配しつつも元に戻っていないことには安心する。


 やがてキリエが戻ってきた。


「遅くなりました。お食事はちゃんとお食べになられましたか?」


 何も知らぬように話し掛けるとやっとシャンタルが顔を上げた。


「キリエ、聞きたいことがあるの……」


 固い表情でキリエの目をじっと見て言う。


「シャンタルを、湖に沈めようとしているのは誰?」

「シャンタル……」


 キリエが言葉を失う。


「ミーヤに聞かれて、引っ張ったのが誰の手なのかを考えたの。最初はトーヤだと思っていたけど違った……あの手、シャンタルの手を引っ張って水に入れたの……」


 膝の上で関節の色が変わるほどきつく両手を握りしめる。


「あの手……」


 握る手が震える。


「マユリアだった……」


 ミーヤが驚愕する。


「キリエ、違うでしょ? マユリアはそんなひどいことしないでしょ?」

 

 キリエが無言でシャンタルを見つめる。


「違うでしょ?」


 無言の視線がシャンタルを貫く。


「違うでしょ?」


 さらに重ねて聞くがキリエは答えない。


「違うって言って……」


 最後の方は小さくなり聞こえなくなる。


「シャンタル……」


 キリエがようやく口を開く。


「さきほども申しました、何があろうともマユリアはシャンタルのためになさっていらっしゃいます、お信じください……」

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