14 もう一つの沈黙
「嘘!」
シャンタルがソファから立ち上がる。
「シャンタル……」
キリエがシャンタルに近づくとシャンタルはキリエを
「キリエも……キリエもシャンタルを沈めたほうがいいって言った……」
「シャンタル?」
キリエが驚いて近づくとなおも後ろに下がる。
「思い出したの……」
ミーヤに近寄りその背に隠れる。
「ミーヤはやめてって言ってた」
「あの時の……」
何を思い出したのかが分かった。
あの日、マユリアの客室に呼ばれて秘密を話したあの時、シャンタルはやはり全てを聞いていたのだ。
何をどのぐらい思い出したのかまでは分からない。だが自分を冷たい水に沈めようとしている者の手が誰のものであるかを知り、それをきっかけに記憶の中から引き出すことができたのだろう。
「ダルもやめてって言ってた。でもキリエはマユリアに従うって……」
「シャンタル……」
キリエが苦しそうに顔を歪める。
「どうして? マユリアはシャンタルが嫌いなの? キリエも嫌いなの? ラーラ様も? さっき好きって言ってたのに嘘だったの?」
「嘘ではございません!」
キリエがシャンタルの方を向いて膝をつき、深く頭を下げる。
「キリエはシャンタルを心より大事な方と思ってお仕えしてまいりました。今も、これからも、唯一のお方、その気持ちは変わることはございません」
「だったら、だったらどうしてシャンタルを沈める、そう、死ぬようにするの?」
はっきりと言葉に出されキリエが
「そうではございません……そうならぬように、ずっとマユリアとラーラ様と共に、シャンタルをお救いする方法を探し続けておりました」
「だったらどうして!」
「託宣でございます!」
声を張り上げるようにキリエが言う。
「全ては託宣のためでございます……千年前の託宣にあります通り、従わねば世界が眠りにつかねばなりません。何が起こるか分かりません。ですから、託宣に従わぬということはできないのです」
「シャンタルが死んでも!?」
「いえ、シャンタルをお助けする方法があるはずだとずっと探して参りました。託宣に従ってもなお、シャンタルをお助けする道を、ずっとずっと探しておりました」
「嘘!」
シャンタルがキリエの声に切りつける。
「嘘ではございません!」
「シャンタルを助けようとしてはいけないって!」
「それは……」
それを持ち出されるともう何も言い返せない。
マユリアははっきりと言った。
『もしも、シャンタルがそこでお隠れになる運命なのだとしたら、わたくしはそれを受け入れます』
「シャンタルが死んでもしょうがないって言ってた……」
ミーヤの背にしがみつく手に力が入る。
「シャンタルはマユリアもラーラ様もキリエも好きだったのに……ずっとずっと一緒にいたいと思ってたのに、マユリアもラーラ様もキリエもシャンタルをいらない……」
「それは違います!」
キリエが叫ぶ。
「本当に心の底からシャンタルを思っていらっしゃいます、マユリアもラーラ様も。そして私もシャンタルの御為に生きて」
「嘘!」
シャンタルが激しく首を横に振る。
「だったらどうして沈めるの!」
ミーヤにきつくしがみつく。
「あんなに苦しいことに、息ができないことに、死ぬことにするの……」
ミーヤは2人の間で動くことも言葉を発することもできなかった。
「本当に本当にシャンタルが大事なら、好きならやめて……」
『なんだよそれ、すっげえ簡単な解決方法があるじゃねえか。やめりゃいいんだよ、そんだけのことだ、なあ?』
トーヤの言う通りだとミーヤは思った。
本当にそれだけのことなのだ、マユリアたちがやめてくれさえすればシャンタルはこんなに苦しむ必要がない、死ぬ必要はない。
「キリエ様……私もやはりそう思います。おやめくださればそれで……」
「ミーヤ、申したはずですよ」
キリエが苦しそうに言う。
「どうしてもやらねばならぬのだ、と……」
キリエの言葉でシャンタルの体がビクッと動いたのが分かった。
「託宣なのです……託宣を守らぬという道は選べないのです……」
「ですが、ですがもうシャンタルもご自分を取り戻しになり、このまま交代を……」
思い出した。
シャンタルはマユリアにはなれない
キリエが頷く。
「どうしても一度は湖にお戻りになっていただかなくてはならないのです」
「あの、おっしゃっていらっしゃったように眠っていただいて、そうしてトーヤにそっと連れ出してもらう、それではいけないのでしょうか? 助けるという結果は一緒ですよね、ならばそれでもいいのでは」
キリエが黙って首を横に振る。
「一つだけ言いたいことがあります。マユリアがおっしゃっていらっしゃったように言えぬことには沈黙を守るしかできない……」
「沈黙を?」
これ以上まだ何かあると言うのだろうか。もう全ての秘密は明かされたはずだ。
「まだ何かあるのでしょうか? その、秘密が」
キリエが黙って首を振る。
あるのだろう、まだ何か。
その「何か」のためにマユリアたちはどうしてもシャンタルを沈めねばならないのだろう。
言えぬことがあるためにキリエは黙って首を横に振るしかないのだろう。
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