12 誰の手が
「とにかく一度起きて服をお召しになり、そしてご飯も召し上がってくださいませ。何もかもそれからでございます」
キリエをじっと見ていたシャンタルが、
「分かった……」
そう言って布団から出てくる。
水気を取った後で何枚もの大きなタオルで包まれていた裸の体にタオルを1枚だけ巻き、寝台の足元の敷物の上にいつものように立つ。
身支度を整えゆったりとした部屋着を着せる。
少し時間をかけ、ゆっくりと話をするためにも力を抜いていてもらいたい、キリエがそう判断したからだ。
寝室から出て食卓に連れて行き食事係を呼ぶ。目の前に食事を並べられてもシャンタルはあまり食欲がなさそうに手を付けずに見ているだけだ。
「お召し上がりにならないのですか?」
「…………」
時間的にもお腹は空いているだろうに、気が進まないように手を付けずにじっと座っている。
「では、遠足のパンを作ってさしあげましょう」
ミーヤが明るくパンと手を叩いてそう言うと、黙ったままこっくりと頷く。
「さて、今日は何をはさみましょうか。肉? それとも魚? どれにいたしましょう?」
「どれでもいい……」
まだすねたようにそう言うのに、
「では今日はこれを」
そう言って揚げた魚と野菜を挟み、紙ナプキンでくるっと巻いて渡す。
「はい、遠足でございますよ」
にっこりと言うと、渋々のように手に取り、少しずつ、それでも1つを全部食べた。
そうして食事をようやっと終えた。
「ミーヤ、私は少し仕事があります。その間シャンタルをよろしくお願いいたしますね」
「はい、いってらっしゃいませ」
シャンタルと2人でキリエを見送り応接のソファに並んで座る。
「キリエ様がお戻りになるまで何かお話をいたしましょう。どんな話がよろしいですか?」
「なんでも……」
ミーヤは少し考え、
「では、ミーヤがシャンタルにお聞きしても構いませんか?」
そう言われて少し考えた後、黙って頷く。
「はい、では少しシャンタルにはおつらいかも知れませんが、どうしてもお聞きしたいことがございますので」
「何?」
興味を引いたようだ。
「あの時、ミーヤが水を飲み、その後でシャンタルが夢の水に沈んだ時、何がありましたか?」
「え!?」
さすがに思ってもみない質問に体を
「一体何がきっかけでシャンタルがあのようになられたのかミーヤにお聞かせ願えますか? またもう一度あのようなことがないようにするためにも、どうしてあのようになられたかを知りたいのです」
黙ってミーヤの言葉を聞いている。考えるのも怖いのか今にも嫌だと言い出しそうな顔だ。
「必要なのです。そうでないとまたシャンタルがあのようにおなりになる可能性もございます。あの時はすぐに終わりましたが次にもそうできるとは限りません。そうなるとシャンタルのお命にも関わります。どうか思い出してくださいませ」
そう言われて考え始めたようだ。
「あの時、何が……」
思い出そうとする。
「ミーヤに触った……」
「私にですか?」
まだあまりまともに呼吸もできていなかった時のこと、ミーヤにはよく思い出せない。
「そう、ミーヤに触ったら濡れていて、冷たくて、はあはあと言っていて、そうしたらシャンタルも同じことがあったように思ったの。そうしたら息ができなくなって」
「同じことが?」
「そう」
あの夢のことを言っているのだろうか。
「ではミーヤに触って思い出された、前にもあったことだったということですか?」
「そう、なのかな……」
じっと斜め下を見るように首を
「そう、あった……」
うっすらと思い出した、そんな様子だ。
「あった……」
段々と思い出す。
「水に……」
かすれるように声を出す。
「水に、沈んでいって、息ができなくて、冷たくて、苦しくて、怖くて、頭がぼおっとして……」
椅子の肘掛けを掴む手に力が入りブルブルと震える。
「助けて、助けて、いや、誰か助けてって、手を伸ばしたら、そうしたら、そうしたら……」
「そうしたら、どうなさいました?」
「誰かが、手を……」
「誰の手でした?」
多分それはトーヤの手だ、ミーヤはそう思った。
そう認識していただけたら、そう思って思い出させようとする。
「誰の手でしたか?」
「誰の、手、誰の……」
シャンタル自身も知りたいと思っているように見える。
「誰の……あっ!」
「思い出されましたか!?」
「うん、思い出した」
「誰の手でした?」
「ミーヤの手だった」
「え?」
思いもかけない名前にミーヤが驚く。
「ミーヤの手だったの」
「私の?」
「うん」
そんなことがあるはずがない。
「男の人の手ではありませんでしたか?」
「ううん、ミーヤの手だった」
混乱する。
せめてラーラ様の手だというのなら分かる。だがミーヤの手とはどういうことか。
「だからさっきもミーヤが助けてくれたの」
確かにミーヤが触れたと同時に息を吹き返していた。
「あの時と同じ手が触ったら戻ったの。だからあれはミーヤの手!」
「そんなことが……」
どうしても納得のできる話ではない。だが、そう言うシャンタルは信頼に満ちた目をしてミーヤを見つめていた。
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