2 死の恐怖
「つまり、湖の底に沈むとわたくしは死に、肉体を失い、見ることも聞くことも話すこともできなくなる、ということですね?」
「はい、その通りでございます」
ミーヤはなんとか死の恐ろしさを知っていただきたい、そう思って必死で訴えかけた。だが……
「では、その
そう言ってマユリアのように
「違います!」
「違います! シャンタルはお二人の中にお戻りになることはございません! 亡くなるのです! 死ぬのです! ご理解ください! お願いでございます!」
頭を下げることも忘れ、必死に叫んだ。
「意味が分かりません……」
シャンタルが戸惑った顔で美しい眉と眉の間にわずかに
「死ぬと人はそこで終わりなのです。もう続きはないのです」
キリエも必死で訴えかけるが反応は同じだ。
「死とは恐ろしいもの、それをどうぞ、どうぞご理解ください!」
ミーヤが血を吐くように訴えるが、それでもシャンタルは首を
どうしてお分かりいただけないのか、そう思いつつもどこかでは仕方のないことなのだ、とも思う。
シャンタルはつい先日までずっと長い間、おそらくは生まれて
「違うのです……」
ミーヤが横に首を振りながら言うのにシャンタルが答える。
「何が違うのですか?」
「もうお戻りにはなれないのです……」
「戻れない?」
「はい、そうです」
「なぜ?」
「死んだ人間にはもう何もできないからです」
「よく分かりません……」
花のような吐息を吐く。
「2人の話を聞く限り、これまでずっとわたくしは死んでいたように思います。でもそれが不快ではありませんでした」
静かに続ける。
「こうして色々な物に触れて色々な話を聞いて、そう、美味しいものも味わって、そのような生活も確かに楽しいけれど、お二人の中で一緒に世界に触れるのも心地よいものでした。それが死と言うのなら、特に戻っても問題はないように思いますが」
「そうではないのです……」
ミーヤが弱々しく首を振りながら言う。
「死ぬとはそういうことではありません。もしもシャンタルが命を失われたら、もうシャンタルの意識もなくなりますし。その美しいお顔もお体も、朽ちて、やがては骨となりチリとなり最後にはそれすらも消えてしまいます。もう何も聞こえません、見えません、もちろんお話もできません。死とはそのようなことなのです、どうぞ、どうぞご理解くださいませ」
そう言って深く深く頭を下げる。
「分かりません……」
今度はシャンタルが弱々しく首を振る。
「肉体がなくなるのがそんなに問題でしょうか? それに先ほどから申している通り、また元通りにお二人と一緒に色々なものを見られるならば特に肉体がある必要を感じられないのです」
「シャンタル……」
どう説明すればいいのだろう、どう説明すれば分かっていただけるのだろう、どうすれば、どうやって、どうすれば……
「もしも……」
ミーヤは何をどうと考えるでもなく心に浮かんだことを口にした。
「もしも、私の大事な人が死んでしまったら、そう考えるだけで私は苦しいのです……」
「苦しい?」
「はい、そうです」
ミーヤは誰のこととは言わず続ける。
「その方はやがて私の前から去っていく。そのことは承知しております。遠い場所に行ってしまう人、分かっております。ですが、ですが、その方がこの世界のどこかで生きている、そう思うだけで私は生きていけるのです。いつかまた会える、そう思うだけで今日一日を生きていけます、明日一日を生きていけます、
シャンタルがじっとミーヤを見つめる。
「ですが、もしもその方が死んでしまったら、この世界からいなくなったら、私は明日を生きていける自信がございません。明後日も、その後も、その方がいらっしゃらないこの世界に自分が生きていることがつらいのです。それが死ぬということです。見えないだけとは違います。大事な人がいなくなってしまうのはそれほどつらく、さびしく恐ろしいことです」
これでシャンタルが理解してくれるとはとても思わなかった。だが言わずにはいられなかった。
「私は死が恐ろしいのです」
「恐ろしい?」
「はい、恐ろしいです。おそらく私だけではありません、死を知る方はみな恐れると思います」
「キリエも恐ろしゅうございます」
キリエも言う。
「キリエは年齢から言ってもシャンタルより、ミーヤより死に近うございます。他の方の死だけではなく、私自身も死に近づいていると思うととても恐ろしゅうございます」
「キリエが死に近い?」
シャンタルが驚いて目を丸くする。
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