第三章 第四節 死と恐怖
1 死の宣告
「黒のシャンタルのお役目……」
キリエが静かにその言葉を口に出した。
ミーヤがその苦しそうな横顔をじっと見つめる。
「私は侍女頭でシャンタルでもマユリアでもありません。ゆえに本来は託宣について口にすることは許されておりません。ですが、今はマユリアからこのお役目を、黒のシャンタルのお役目についてをお伝えするために、マユリアの代理としてその内容についてのみをお伝えいたします」
一つ息を吸うと言葉を続ける。
「千年前の託宣にあるのは、黒のシャンタルが現れるということ。黒のシャンタルはそのお力の強さゆえに数々の託宣を行われ国を潤されます。ですが……」
また一つ息を吸う。
「そのお力ゆえに、お力の大きさゆえに、女神シャンタルが眠る聖なる湖にお沈みにならねばならない、ということです……」
力を振り絞るようにキリエは言い切った。
シャンタルはその言葉を最後までじっと静かに聞いていた。
「湖に沈めばいいのですか?」
シャンタルはこともなげに言う。
「それだけですか?」
「え?」
キリエがその言葉に戸惑う。
「沈んで何をすればいいのですか?」
ミーヤも言葉を失う。
「シャンタル……湖に沈む、という意味をお分かりでしょうか?」
キリエがそっと尋ねる。
「ええ分かります。湖に沈むのでしょう? それで、沈んだ先で何をすればいいのですか?」
「何をと……」
キリエもミーヤもその先をどう続ければいいのか分からない。
「わたくしが『黒のシャンタル』として生まれてきたのは大きな力を出すためだ、と言っていましたよね?」
「は、はい……」
「では、その湖の底でまた託宣をすればいいのですか?」
話が噛み合わない。
キリエもミーヤも何も言うことができない。
ただ沈黙だけが続く。
――おまえは湖の底に沈むのだ――
そう言われることが「死」を意味するということは子供でも分かるはずだ。よほど幼いまだ何も分からぬ
「シャンタル、湖の底に沈むということは死を意味いたします」
勇気を振り絞るようにしてミーヤが言う。
「死? 死とは?」
ああ、やはり……
ミーヤがキリエを見る。
キリエもミーヤを見る。
2人共同じ瞳をしている。
絶望を浮かべた瞳を。
シャンタルは「死」をご存知ではない
また沈黙が続く。
再度の沈黙にシャンタルが話の先を進めたそうにまた言った。
「湖の底で託宣を行うようになるのですか? 違うのですか?」
「いえ……」
キリエは続く言葉を見つけられない。
シャンタルの目に
「シャンタル……」
ミーヤが何か言わねばと言葉を探しながら続ける。
「人はみなこの世に生まれてくるのだ、ということはご存知ですいらっしゃいますか?」
「ええ、知っています。次代様が御誕生になった、これが生まれるということですよね」
シャンタルが何を聞くのだ、という風に答える。
「はい、さようでございます。その後、人は成長をいたします」
「成長?」
「はい、生まれた時は
「そうなのですか」
それは知らなかったという風に、新しい知識に目を輝かせる。
「赤子から幼子、子ども、大人になり、その後さらに年月を
言われてシャンタルが2人をじっと見比べる。
「言われて見れば少し違うように思いますね……」
「はい、そうなのです。そしてシャンタルともお比べください。シャンタルはまだお小さい、この先、まだお背がお伸びになってキリエやミーヤと同じぐらいの大きさに、大人の大きさになります」
「わたくしは幼子と大人の間ぐらい、それで背も少し小さいということなのですね」
「はい」
冷静に、楽しそうにそう答える姿が恐ろしくすらある。
「ですが、それは順調に成長をすれば、ということでございます」
「順調に?」
「はい。何事もなければそうして赤子は数十年で老人となり、
「そうなのですか」
意味が分からないなりに理解しようとしているのが分かる。
「ですが、みなが天寿を全うできるわけではありません。生まれてすぐの赤子も、幼子も、子どもも大人も、病を得たり大きなケガをしたり、他にも事故や色々な出来事で命を落とす、死を迎えることもございます」
「そうなのですか」
少し考えてからシャンタルが尋ねる。
「死、とはどういう状態になることなのですか?」
「死は命の終わりです」
ミーヤが答える。
「終わりとは?」
「言葉の通りです」
「終わる……終わるとどうなるのです?」
「死ぬと、人に限らずすべての
「見ることも聞くことも話すこともできなくなる、肉体がなくなる……」
シャンタルはミーヤの言葉を反復し考えているようであった。
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