20 不満
ミーヤはキリエを見送るとシャンタルの身を整え寝台に寝かせた。もうすっかりミーヤの手に慣れたようで、安心したようにされるがままになっていた。
子どもは寝かせられるとすぐに寝息を立てて幸せそうな顔で眠りについた。
寝台のそばに座り、ミーヤはそれを見守る。
シャンタルは今日、味を知り食すことを知った。
シャンタルは今日、手で触れて持つことを知った。
本当に赤ちゃんから始めていらっしゃる、生き直していらっしゃるかのようだとミーヤは思った。
では人が自分の意思を自分の口で伝えられるようになるのは何歳ぐらいなのか? 内容にもよるだろうが、助けてと言うだけならまだ幼いうちから大丈夫な気はする。
なんとかご自分の目で見ていただけたらもっと世界が広がるのに、ご自分の耳で聞いていただいたらもっと世界が広がるのに、そうして見て聞いたことをご自分の口で伝えていただけたら……
トーヤはシャンタルに生きてもらいたいと思っている、ミーヤは確信していた。トーヤは誰かの死を望むような人間ではない。
だが、同時にもう一つのことも分かっていた。
(もしも、シャンタルがご自分でトーヤに助けてほしいと言えない時、その時はトーヤは本気でシャンタルを見捨てるつもりだ)
それだけの覚悟を決めての上でのあの行動だったのだ。
「なんて
シャンタルを見守りながらふっと半分笑うように言う。
ダルが言っていたように何も言わずに助けたほうが楽なのに。自分の心が生きるか死ぬかを
そうして時間を過ごしているといきなりお腹が鳴り空腹なのに気がついた。
そう言えば昨日の昼食を食べて以来何も食べていないことを思い出す。色々なことでいっぱいっぱいで何かを食べるなどと思いつきもしなかったのだ。
「そう言えばシャンタル付きをしている間はどうやってご飯をいただけばいいのでしょうか」
シャンタルに語りかけるように言う。よく眠っている小さな
「キリエ様もきっと何も召し上がっていらっしゃらないだろうと思います。どういたしましょうね」
すべてのことをシャンタルに話しかけるように言う。いつか返事があるだろうか。
そんなことを考えながらシャンタルを見つめていると、寝室の扉が開いた。
さきほどシャンタルの朝食を運んできて、その後で片付けた侍女の1人がワゴンを押して入ってきた。
「キリエ様が、あなたが何も食べていないだろうからこれを運べとのことです」
ワゴンの上にはパンと肉、魚、野菜など、1人分には十分な量であろう食事とお茶などが乗っていた。
「ありがとうございます」
「シャンタルに付いたまま食べられるようにワゴンのまま運び入れるようにとも」
「はい。食べ終わりましたらまたワゴンを外に出しておけばよろしいでしょうか?」
ミーヤがそう聞くが侍女は答えることなくじっとミーヤを見つめた。
「あの……」
「あなたはそもそも
「え?」
いきなり関係のないことを聞かれミーヤが戸惑う。
「それがなぜかマユリアの命で託宣の地へ同行し、託宣の客人の世話役を拝命した。なぜです?」
「なぜと聞かれましても……」
この人は何を聞きたいのだろうとミーヤは返事に困って黙り込む。
「今、一体何が起こっているのです? マユリアはどこにいらっしゃいます? ネイ様とタリア様は? そしてラーラ様は? おまえのようなお目見えも済ませぬ侍女が、なぜこの奥宮の、シャンタルのそば付きに? キリエ様までそれを許すなど、なぜ……」
言われてみれば確かに宮の方々が変だと思っても仕方のない状況なのだと初めてミーヤは思い至った。
「なぜです?」
もう一度聞かれる。
「あの、私には……お答えしかねます……」
「答えなさい」
静かに、だが怒りを込めて言われる。
「お答えしかねます……」
きっぱりと言う。今起こっていることを知らせるわけにはいかない、答えるわけにはいかない。
「生意気な、前の宮の者が……」
「
この侍女にしてみれば「前の宮の者」である若輩のミーヤが、自分たちを飛び越えてこの神域中の神域に入り込んだことだけでも
「マユリアの命です。なんと言われようともお答えはできかねます」
重ねてそう言うミーヤに相手ももう一度問うことはしなかった。侍女というものをよく知るからである。奥の者であろうと前の宮の者であろうとも、マユリアの命に逆らう者がないことをよく知っている。
「それでは聞き方を変えましょう。今、おまえはここで何をしています。それなら答えられるでしょう」
「シャンタルにお付きしています」
「付いて何をしているのですか」
「お付きするように、と言われております」
ミーヤの答えに相手は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます