19 日数

 今、シャンタルは食べ物を自分で持って食べるということを理解して、そして実行することができた。


「このまま色々とお教えしたらきっとご自分でトーヤに声をかけていただけますよね」

「ええ、きっと、ですが……」


 キリエがふっと暗い顔をする。


「そのためには21日という日数は十分なのか短いのか……」

「大丈夫です」


 ミーヤがキリエを励ますようにする。


「マユリアとラーラ様がこうしてシャンタルがお一人でも色々なことを手に入れられる道をつけてくださいました。私たちもその道を進むすべを手に入れました。きっと大丈夫です」

「そうですね、そう思って進むしかありません」

「ええ、ですからまずキリエ様、お休みください」

「え?」

「昨夜、私を休ませるために一睡いっすいもなさっていらっしゃらないですよね? これから何日続くのか分かりません、お休みください」

「ありがとう。ですが、私にはまだやらないといけないことがあります。トーヤに、黒いひつぎを見てもらわなければ」

「あ……」


 支度をする必要があるだろうから見せてくれと言っていた、そして、


『せっかくこいつが声かけてくれても間に合わねえだろ?』


 そうも言っていた。


「トーヤは、決してシャンタルを見捨みすてたりはいたしません。そのために私たちに心を開かせてやってほしい、そう言っているのだと思います。きっと自分にたのみにくるはずだと信じているんです。トーヤ自身も最後まであきらめないつもりです、ですから棺を見せてほしい、と……」


 そこまで言ってミーヤがうつむき、声をまらせる。


「ミーヤ?」

 

 キリエがミーヤの顔をうかがう。


「泣いてる時間はないんです、分かってはいるのですが……」


 そう言う瞳からはらはらと涙がこぼれている。

 あの時、トーヤの前ではこらえていた涙が遅れてやってきたようだ。


「トーヤは、もしもシャンタルを助けられない時は、そのままこの国を出て二度と戻らぬ、と……」

「そうですか……」

「はい……シャンタルをお助けしたい……もちろんそれが一番大きな願いです。ですが、私はあの人と二度と会えないということ、それにも耐えられそうにありません……」

「ミーヤ……」


 キリエは目の前の侍女をじっと見つめた。


「私はこの宮の侍女です……この先は誓いを立て、宮にこの人生をささげるつもりでおります。ですから、会うだけでいいのです……会って、何年かに一度だけでいい、顔を見て、言葉を交わす、それだけでいいんです。天は、それほどの小さな望みも捨てよと申されるでしょうか……」


 キリエが黙ってミーヤを見つめる。触れたりはせず、ただじっと。


「私の立場では何も言えないのです。侍女とは何か、それを知り、その道を生きてきた私には何も申せません……ですが」


 キリエが続ける。


「シャンタルをお助けすること、それがおまえの望みを叶える道でもある、それは分かります。もしも、トーヤがシャンタルを助けてくれるのなら、それもきっと捨てる必要のない望みなのではないのかと思います」


 キリエの言葉にミーヤが言葉なくうなずく。


 キリエはシャンタルを見る。


 こんな時、目の前の苦しむ人を助けるためにいつも託宣たくせんを行ってきた黒のシャンタル。だが今はただの子どものように、生まれて初めて楽しんだ食事でお腹がくちくなったせいだろうか、満足げな顔で座ったまま少し眠そうにするだけだ。


「託宣がないのはシャンタルご自身の運命とからみ合っているからかも知れませんね……」


 キリエがミーヤに視線を移し、そうして言った。


「やはりおまえの運命も、そしておそらく私の運命も今回の出来事と深く絡み合っているのでしょう。何よりもシャンタルをお助けすること、全てはその先にあるように思います」

「はい……」


 やっとミーヤが答える。


「あと21日……長いようで短いその先に運命が待っています。ミーヤ、どうあってもシャンタルにお心を開いていただいて、そしてトーヤに助けてと言っていただきますよ」

「はい……」


 キリエが立ち上がると言った。


「さあ、動きますよ。私は今からやることが色々とあります。それを終えたらここに戻り少し休ませていただきます。その間、おまえにシャンタルを託すのです。しっかりしておまもりしてくれないと困ります。さあ、顔をきなさい。そうですね、一度顔を洗っていらっしゃい、その間待っています」


 そう言ってミーヤを侍女部屋に送り出した。


「シャンタル……」


 そう言ってほんのり眠そうにしているシャンタルの髪をでる。もう暗闇の中で触られることに慣れてしまったのか嫌がることはしない。


「どうかお心を……ミーヤのためにも……」


 願うように髪を撫で続けた。シャンタルは心地よさそうにキリエの手に身をまかせている。


「お待たせいたしました」


 戻ったミーヤはもうしっかりと一人前の侍女の顔に戻っていた。


「ではシャンタルをお願いいたします。眠そうにしていらっしゃるから少しお休みいただいてもいいかも知れません。今は、もうシャンタルにはやるべきお仕事はありませんから」

「はい」

 

 シャンタルとして残す仕事は交代だけである。

 その日まで残り20日と1日だけ……

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