21 吐露

「だから付いて何をしているのか聞いているのです!」


 声が大きくなる。


「シャンタルがお休みなのです、静かになさってください」


 ミーヤが言うとまた馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「どうせお聞きにもご覧にもなってらっしゃいません」


 この言葉にミーヤが心底から驚く。


 「前の宮の者」であるミーヤの耳にも「シャンタルは託宣以外のお言葉をお話しにならぬらしい」との噂は聞こえてきていた。そして実際にそれが本当であることも既に知ってはいる。


 だが、だからと言ってシャンタルに対してこのようなことを言うなどミーヤには信じられないことであった。


「なんということを……」


 やっとの思いでそれだけを絞り出すように言った。


「おまえにも分かったでしょう? シャンタルは何もお聞きにもお話しにも、そしておそらく何もご覧にもなれない方なのだと」


 食事係の侍女が両目を閉じ、息を吐いた。


「奥の者ならみんな知っていること……」


 一度口に出したことはもう止められなくなったかのように続ける。


「みんな不安なのです。ただでさえその方がマユリアとして務まるのかどうか、そう思っているのに、今、この時期に、なぜマユリアはじめ主だった方々が姿を隠されたのか。そしておまえのような前の宮の者がその代わりにシャンタルに付くなど、何があったのか知りたいと思っても不思議ではないでしょう……」


 ワゴンから手を放し、ミーヤのそばに近づくと肩を掴み言う。


「今、何が起こっているのです? おまえは何を知っています?」

「私は……」


 とても言えるものではない、本当のことを。


「言えません……」

「言いなさい」

「申し訳ありません、言えません……」


 肩を掴まれた手にぐっと力が入る。


「いた……」

「言いなさい」

「言えません」


 どうやってもミーヤが話す気がないと分かると手を放した。

 掴まれた場所が痛みでしびれている。どれほどの力で掴まれたものか。


「おまえは託宣の客人に与えられたにえだと言う者もいます」

「え?」

「あのようなならず者、何をするか分からない。だが託宣故に宮にいてもらわねば困る。なのでなぐさめのためにおまえを与えているのだ、そう言われているということです」

「なんということを!」


 ミーヤは驚くと同時に情けなくなった。

 奥宮で働く侍女は誓いを立て、生涯を宮に捧げる立派な方々、そう信じていたのに、その方々が自分を、そしてトーヤをそんな目で見ていたなんて……

 実際に一度乱暴を働かれそうになったことはある。だがあれは、自分の置かれている立場に苛立ったトーヤがマユリアに会わせろと脅すためにやったことだった、本気ではなかった。


「何をおっしゃっているのかご自分でお分かりですか? それは、マユリアが私をそのようにする目的で差し出した、そうおっしゃっていることですよ? お分かりでしょうか……」

「それは……」

「なんということを……情けない……」

 

 ミーヤが侍女を見上げた。


「私は、ずっと奥宮の侍女の方々はご立派な方だと信じていました。いつか自分もあのようになりたい、その一心で懸命に宮にお仕えしてきたつもりです。それが、私だけならともかくも、シャンタルにあのようなおっしゃり方、その上にマユリアにまでそのような無礼を……信じられません」


 力を落として首を振る。情けなさ過ぎて涙も出ない。


 肩を落とすミーヤを見て、さすがにそれは本当のことではなかろうと察したらしい。そして聖なる宮の中でそのようなことがあろうはずがないと思ったのか、食事係の侍女は少し表情を弱めた。


「ごめんなさい……」


 マユリアの名を出されてさすがに後悔したような顔で謝る。


「ですが、ですが本当に不安なのですよ。分かるでしょう? だから教えてほしいのです、おまえの知っていることだけで構いません。そしておまえから聞いたと口外はいたしません。だから頼みます」


 そう言って頭を下げる。

 

 この方の気持ちも分からぬではない。もしも自分が同じ立場だったなら、と考えると責めることもできなかった。だが言えるものでもない。


「申し訳ありません、私の知ることがあってもそれは申せません。そして知らぬこともあります。必要であればマユリアからお話があると思います。それだけしか……」


 ミーヤが深く頭を下げた。


「どうしても言えませんか?」

「はい、申し訳ありません」


 ミーヤの答えに侍女が首を落としてうなだれた。


「本当に不安なのです、この先、どうなってしまうのか……シャンタルはそのようなご様子で、マユリアは交代が終わると後宮こうきゅうに入られる。見えぬ聞こえぬ話せぬマユリアと生まれたばかりの次代様、そのようなことでどうなるのでしょう……」


 侍女が顔を上げてミーヤを見る。


「おまえはまだ誓いを立てておらぬ。何かあっても宮を辞して生きる道を変えることもできる。ですが、私たちは? 一生を宮に捧げると誓った侍女たちは? 何をどう信じてその道を進んでいけば、え!」


 侍女がミーヤの後ろを見て動きを止めた。


 シャンタルが、寝台の上に上体を起こして侍女をじっと見つめていた。

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