10 沈める

「なんでそんなことしなきゃいけねえんだよ……」


 トーヤが信じられないという顔で言う。


「つまりシャンタルが死ぬってのは、あんたらが、あんたら自身が殺すってことなのか……」

 

 マユリアが黙ったままこくりと頷いた。


「何を言ってんだ、あんたは……」


 もう一度トーヤが立ち上がった。

 今度は怒りに燃えるようにではなく、心底から呆れたように感情の震えさえ見せなかった。


「だったらやめりゃいいだけの話だろうが、自分らがやるならやめりゃいいだろう」


 トーヤの顔がふっと緩んだ。

 そうして大笑いする。


「なんって馬鹿馬鹿しい話だよ、え? そうだろ? 自分らでやめりゃいいだけのこと、こんな大騒ぎして託宣だー託宣だー運命だ? はあ、ああー損した、色々真面目に考えて損した」


 音を立てて椅子に座る。


「なんだよそれ、すっげえ簡単な解決方法があるじゃねえか。やめりゃいいんだよ、そんだけのことだ、なあ?」


 ミーヤとダルに顔を向けて同意を得るように言うが2人とも固まったまま動かない。


「なんだよ、ミーヤもダルもそんな顔すんなよな、もう問題は全部解決だ。後はそのまま俺が連れて逃げりゃいいのか? それともそれすらもうなしか? なんだよ、大騒ぎしてこの結末」

「いいえ」


 マユリアがトーヤを見てきっぱりと言う。


「わたくしたちはシャンタルを沈めなければなりません」

「はあ?」


 トーヤはまだ笑っている。


「あんた、自分が何言ってるか分かってるか? 自分らは人殺しになるっつーてんだぜ? 慈悲の女神がか? 自分らが大事大事って言ってるこのガキ、おっと女神様を殺すって言ってるんだぜ? マジじゃないだろうな」

「その通りです」


 マユリアがきっぱりと言うのにトーヤは凍ったような目を向ける。

 ミーヤが一度見たことがあると思った。あの時、ルギに斬りかかろうとした時の目だ。ミーヤが見たことのないもう一つのトーヤの顔の……


「やめろっつーてるだろ」

「やめられないのです」

「やめろってんだよ……」

「やめられるものならば……」

「やめろよ!」


 トーヤが怒鳴りつけた。


「なんでそんなことしなきゃいけねえんだよ! あんたらがやめりゃみんな丸く収まる、なんでそれが分かんねえんだ!」

「分かっていないのはトーヤの方です」

「はあ?」


 マユリアが怒りを恐れず静かに言う。


「託宣はなされなければなりません、それが運命なのです」

「あーもうたくさんだ! なーにが託宣だ、運命だよ!」


 トーヤが大きく息を吸って、それでも声を荒らげずに精一杯の風に言う。


「俺はな、運命ってのは自分で決めるもんだと思ってる。だからな、全部自分で決めるんだよ。あんたらもそうすりゃいいだろうが。千年前のやつに言われた? そいつにどんな借りがある? ほっとけよ、そんないたかどうかも分かんねえやつ。やめりゃいい、そんだけの話だ。おまえだってそう思うだろ? え?」


 そう言ってシャンタルに目を向けるが反応はない。


「イラッとするな、こいつ……」

 

 トーヤの言葉にマユリアが大きく震えた。


「なんだよ」

「それです……それが一番恐ろしい……」


 マユリアが自分の肩を抱く。

 こんなマユリアを見るのは初めてだ。


「あー、そういやなんかそういうこと言ってたか、俺が見捨てたら死ぬって」

「そうです……」

「俺が見捨てようがどうしようが、さっき言ったようにあんたらがやめりゃいいだけだよな?」

「やめられません」

「あー!」


 またドンッとテーブルを叩く。


「イライラする! やめろっつーてるだろ!」

 

 だまったまま下を向きマユリアが首を振る。


「そうか……だったら勝手にしろよ。だけどな、なんでそんなにこいつを沈めたがる? それがそういや秘密か。とりあえずそれ、聞かせてもらおうか。そんだけでも教えてもらわねえとすっきりしねえからな」

「秘密……」


 マユリアがほおっと息を吐く。


「そうですね、それをお話しなければなりません……」

「まあな、それ聞いて、そりゃそうだ、そりゃ沈めねえとなと思ったら納得してやるよ。まあ、そんな理由、こんな人形みてえなガキ沈める理由なんて納得できるたあ思わねえけどな」


 今まで黙ってマユリアとトーヤのやり取りを聞いているしかなかったミーヤやダルたちもマユリアを見る。それほどの秘密とは何なのか。


「シャンタルは……当代はそれは大きな力を持ってらっしゃいます」


 マユリアが語り始めた。


「それは、シャンタルが御誕生になられた時に分かりました」

「何がだよ」

「強い力をお持ちになるために、常のシャンタルとは逆の存在としてお生まれになった、と。黒のシャンタルとはそういう意味であったのか、と」

「ああ、髪や肌か、言われてみりゃ逆だよな」


 トーヤが納得するように首を縦に振った。


「慈悲の女神の力だけではもうどうしようもないほどこの国、シャンタルの神域は淀んでしまった、聖なる空気で淀んでしまったのです。時が止まったままの千年の月日のためにそうなったのです」


 マユリアが一度口を閉じ、それから思い切るようにまた開いた。


「そのために、さらに大きな力をお出しになるためにシャンタルは全て逆の存在としてお生まれです……当代は、男性なのです」

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