9 第ニの託宣
「トーヤ……」
ミーヤが立ち上がってトーヤの右手を今度こそ取り、そっと両手で上から包み込んだ。
「あなたの気持ちも分かります……でも、もう少しだけ落ち着いて……まだ全部を聞いたわけではないでしょう? マユリアだってラーラ様だって、他の方々も、そして私も、みんなシャンタルを助けたいと思ってこうして集まっているんです」
トーヤがミーヤを見た。
怒りに燃えていた目が少しだけ落ち着いた。
「……分かったよ……確かにそうだ。助けたい気持ちが全然なかったら俺のことも助けてなかっただろうしな。そのおかげでとりあえず俺は助かった。その分の礼、そういやまだ言ってなかったな、今言っておくよ。ありがとう、助かりました」
そう言ってまだミーヤが握っているままの右手を静かに降ろした。ミーヤが握っている手を左手でそっとはずす。
「もう礼は言ったぞ。だからな、これから先はもうその話はチャラだ。あんたらの都合のいいように連れてこられてじっと観察されてたわけだからな。この先は純粋に仕事の話だ。さあ、それでどうした」
「ええ、託宣はまだあります」
マユリアはそう言って、ミーヤを見て、
「ミーヤありがとう」
そう言うと話を続けた。
「そう、もう一つ、わたくしが十年前におこなった託宣です……おそらく、それを聞くとトーヤはもっと怒るでしょうね……」
そっと言う。
「え?」
トーヤが眉を寄せる。
「さきほどの千年前の託宣、言葉にするとあれだけです。ですが、ラーラ様とわたくしには他のことも見えています」
「他のこと?」
「ええ、どうしてシャンタルが湖に沈むか、そのことももっとしっかりと知っているのです。それは代々マユリアにだけ伝えられてきた夢のようなものです。そう、悪夢です……」
マユリアはそっと目を閉じた。
震えるまつげに露が宿ったようだ。
「わたくしがおこなった託宣……それは対の棺の託宣です」
「棺……」
トーヤは思い出した。
(マユリアからこれを使うようにとのことです)
フェイが亡くなった時、侍女たちがそう言って子ども用の棺を持ってきた。
(あれは、先代シャンタル、当代マユリアの最後の託宣で作ったものです)
(棺を、子供用の棺を2つ作ってください)
そのことを聞いた時にキリエがそう言った。
「フェイの棺、か……」
「そうです」
「2つの棺を作れって言ったらしいな」
「そうです」
マユリアがトーヤを見てこくりと頷いた。
「わたくしの託宣はこうでした」
マユリアは自分がおこなった託宣だからか、今度は歌うようにではなく淡々と口にした。
「子ども用の棺を2つ作ってください。1つは白で表面に青い小鳥の意匠を施すこと。それは青い少女のもの。もう1つは黒で表面に銀の小鳥の意匠を施すこと。それは黒のシャンタルのもの。時が満ちるまで2つの棺はひっそりと眠ること。誰にも知られぬようにすること」
部屋のみんなが驚いて声も出せなかった。
トーヤが驚いた顔から冷たい顔になり、やっとのように言う。
「つまり、あんたはフェイも死ぬ運命だと知ってたってわけか……その上で、分かっていて、助からないと分かっていて、俺に水を汲みに走らせたってことだな……」
「いいえ、それは違います」
マユリアはきっぱりと言った。
「自分がおこなった託宣のその後についてわたくしが言えることはありません。あれを、あの棺をフェイに使うようにとおっしゃったのはシャンタルです」
そう言えばキリエがそう言ってた。
「分かったよ、そこは信じよう。フェイが生きるか死ぬかはあんたにも分からなかったってことだな」
「そうです」
「分かった、嘘は言えねえもんな、あんたらは。もっとまずい隠し方はしてもな」
悪意を込めてトーヤが言った。
マユリアが少し悲しそうな顔をした。
「フェイが亡くなったと聞いた時、シャンタルがこうおっしゃったのです。白い棺を青い少女に、と。それで初めてそれがフェイのことだと分かりました……」
「そうか……」
今ではもう信じるしかない。シャンタルの託宣を実際に見てしまった今となっては信じないとは言えなくなっている。
「それでもう一つは黒のシャンタル、シャンタル本人に使うんだよな? どうやって使う」
「それがラーラ様とわたくしだけが見ている夢です……」
マユリアとラーラ様が苦しそうに目を合わせた。
「わたくしたちは何度も何度もその場面を夢に見ています。ラーラ様と何度も共に泣きました。ですが、それに従わなければならないのだとその度に思い知りました……」
「なんだか分からねえが、あんな夢、俺が見たようなああいうのを何回も見てるとすりゃそれは気の毒な話だ、そこは同情する。で?」
トーヤは言葉とは違って全く感情に触れることはないように突き放したように言った。
「それはシャンタルを沈める夢です……眠るシャンタルを黒い棺に入れ、その棺を聖なる湖に沈める夢です……」
マユリアが口に出すとラーラ様が顔を伏せた。
全員がざわりと動いた。
「シャンタルに、一時的に死んだようになる薬を飲ませ、見ただけでは命がないように見せてから棺に入れて沈めるのです」
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