8 第一の託宣

 マユリアが歌うように古い託宣を語る。

 深い谷から流れ出る霧のような不思議な韻律が部屋に流れ出る。




長い長い時ののち黒のシャンタルが現れる


黒のシャンタルは託宣をよく行い国を潤す


だがその力の強さ故に聖なる湖に沈まなければならない


黒のシャンタルを救えるのは助け手だけ


助け手は黒のシャンタルを救い世界をも救うだろう


だが黒のシャンタルが心を開かぬ時には助け手はそれを見捨てる


黒のシャンタルは永遠に湖の底で眠り世界もまた眠りの中に落ちるだろう




 マユリアが語り終える。

 部屋の中には沈黙が満ちた。


「なん、っだよ、そりゃ……」


 トーヤが口を開いた。


「黒のシャンタルに対する託宣です」

「いや、それは分かった、分かったけどな、湖に沈むってなんだよ!」


 トーヤはラーラ様と会った日に見た例の夢を思い出して震えた。背筋が怖気だって毛穴が全部開いたかのようだ。


「トーヤの見た夢です……」


 マユリアが続けた。


「シャンタルと共鳴を起こしたのかと思います」

 

 トーヤがシャンタルをキッと見た。

 シャンタルは変わらない、いつもの表情がないままでじっと正面を見据えている。


「こいつがそんな夢見たってことか? それが俺のところにもきたってことか?」

「夢……というかこれから起こることをご覧になったのかと」

「なんでそんなことになるんだよ」

「それは、シャンタルが黒のシャンタルでトーヤが助け手だからです」

「そんな説明で分かるかよ!」


 ダンッと音を立ててトーヤが立ち上がった。


「こいつ、何を見て何を聞いてる? 俺には全く分からん。それがなんで夢でつながるんだ。ものすごく怖い夢だった、ってことはこいつが怖いと思ってるってことか? なんでそれを俺が感じる!」

「トーヤがそうしてシャンタルとつながったことが分かったのであのお茶会を始めたのです。心を開いていただきたくて」

「だったらな、そんな夢よりもっと前から会わせとけよ!こいつ、今でも全然変わんねえじゃねえかよ。このままだったら湖に沈む、つまり死ぬってことだろ? 俺が来てもうどのぐらいだ? とっとと最初から会わせときゃもっとなんとかなったんじゃねえのか? 助ける気あんのかよ!」


 マユリアが表情を曇らせた。


「今までにも色々とお話したと思います……わたくしたちは、シャンタルを助けようとしてはいけない、助けられるのはあなただけなのです」

「だから、それがなんでだよ」

「シャンタルの運命が、生きるべきものか死すべきものか、それはわたくしたちがそうしたいと思って進めた先にあってはいけないからです」

「どういう意味だよ……」


 トーヤが険しい表情をする。


「嫌な言い方だな……あんたの言い方聞いてるとな、シャンタルが死ぬべき運命だったら死んでもしょうがないって言ってるように聞こえるね」

「そう言っています……」


 マユリアがつらそうに言った。


「は?」


 トーヤが信じられないという顔になる。


「なんかよく聞こえなかったな……もう一回聞くぞ? あんたは、シャンタルが死ぬべき運命だったら死んでもいいって言ってるわけじゃねえよな?」

「もしも……」


 マユリアが静かに、だがしっかりと言った。


「もしも、シャンタルがそこでお隠れになる運命なのだとしたら、わたくしはそれを受け入れます」

 

 トーヤが言葉もなくマユリアを見つめる。

 マユリアは変わらない。

 そうだ、この女はずっとそうだった、何があろうと変わらない……


「信じられねえな、あんたがそんなこと言うなんてな……」


 やっとそれだけを絞り出すように言う。


「助けてくれって言ったんじゃねえのかよ、シャンタルを」

「そう申しました」

「だったら、だったらな、助かるようにしてやるもんじゃねえのかよ」

「そうしてきたつもりです」


 確かにそうだった。

 なんだか分からない制限の中で、マユリアたちは確かにできる限りのことをしてきてはいたのだろう、だが……


「そんなもんな、そんなもん、俺に言わせりゃ全然足りねえ、本気で助けたいと思ってるようには見えねえ」 


 トーヤが固く右手を握りしめている。震えるほど。


「俺がな、もしもあんたらの立場だったらな、俺が、助け手が見つかった時にすぐにそれを伝えて助けたいから連れて逃げてくれって言ってる。本当にそいつを助けたいならな」

「できるものならそうしたかった……」

「だったらやれよ!」


 トーヤがテーブルをダンッ! と大きな音を立てて拳で殴る。


「トーヤ、手が!」


 テーブルの上に血がついていた。

 ミーヤがその右手を取ろうとするが、振り払ってマユリアを指差す。


「あんた、あんたはな、いっつもそうだ! そうやってすました顔してな、そんで俺が右往左往してるのをじっと上から見てるんだよ! それで運命だなんだとごじゃごじゃごじゃごじゃ御託だけ並べてる!」


 トーヤがもう一度右手を握りしめ、その目がラーラ様に向けられた。


「あんたもだよ、ラーラ様! 何がシャンタルの母親だ! そんなこと知って本当の親だったら子供連れて逃げてるよ! 一緒に部屋に閉じこもってかわいそうかわいそうって泣いてただけか! え!」

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