2 届かぬ声
それからはまた元の通りの日々が戻ってきた。
リルは楽しそうにダルの世話を続け、前よりも親しくなった分、
「なんか、ミーヤさんがこっちにもいるみたい……」
と、ダルが言うようになった。
「うん、どういう意味かは分からんがなんとなく分かる」
「分かってくれる?」
「うん、分かる……」
一息ついて小さい声でトーヤが言う。
「怖いよな」
「うん、うんうん」
男2人、手を取り合って
「さて、どういうことなんでしょうね?」
同じ部屋にミーヤとリルもいたのだ。
「なんでもないでーす」
「ないでーす」
声を揃えて言うトーヤとダルにミーヤとリルが笑う。
楽しい時間が続いていた。
ただ、リルにはやはり「仕事」のことは言ってはいない。そのことでリル以外の3人で話す時間も前より増えたが、そのことでリルがやきもきすることもなくなった。非常に落ち着いた状態になったと言える。
そして例の「お茶会」である。トーヤと、他に色々な人間が呼ばれて続けられていたが、やはり状態は変わらない。
特にシャンタルに癒してもらったリルは一生懸命に自分の話をしたり、家族から聞いた王都の話をしたりもするがシャンタルはあれ以来リルの目を見ることもない。
「交代の日まで続けるってマユリアは言ってたが、なんかザルで海の水すくってるような気になるぜ……」
とは言っても、今の段階でできることは全てやってしまったと言ってもいい。「お茶会」でもないと何もやることがない。
洞窟にもあれから2度ほど行ってみたが、それ以上は往復する意味もない。ただ、必要と思われる荷物を一応運んではおいた。置く場所は湖の下の、例のルギがいた場所までだ。万が一カースの誰かが洞窟を使うと見つかってしまう、それ以上行った場所には置いておけない。
「いつ頃になるんだろな」
「何がですか?」
「御誕生と交代」
「ああ、そうですね、もうすぐですね」
あれから半月以上経っている。年も変わった。トーヤは18になりミーヤは16になった。だが新年になっても御誕生の気配はない。
さすがに新年の日は宮もお祝い気分であったが、今は王都も封鎖されており、やや静かな年越しとなったらしい。らしいと言うのはトーヤには初めてのことであるからだ。
その日は「お茶会」に呼ばれたのはトーヤとミーヤ、ダル、そしてルギ、キリエもいた。
「珍しい顔ぶれだな。っても仕事のこと知ってるやつばっかりか。それだけ本気ってことだな……リルがいたら言えないことも全部ぶつけてシャンタルを動かせってことか」
「そう思っていただいて構いません」
マユリアの顔もいつもより硬いように思われた。
「あれか、御誕生の日が近いのか」
「ええ。あと2、3日のうちだそうです」
「そうか、ようやくか」
「ですので、どうやってもシャンタルのお心を開いていただきたいのです」
「分かんねえんだよなあ、それが」
トーヤがマユリアに言う。
「それがそんなに大事か?前も言ったけどこのままの状態でも抱えて逃げるには問題ないと思うぜ」
「いいえ、いけません」
このことに限ってだけはマユリアはきびしい口調になる。
「どうあってもトーヤへお心を開いていただかないと」
「だからなんでなんだ? 何回も言ってるが問題ないと思うんだが。理由があるなら教えろよ。なんだかんだ言ってもすぐその日がきちまうじゃねえか」
「だからこそです。もしも、シャンタルがトーヤにお心を開いてくださらないと……」
マユリアが一つため息をつき思い切ったように言う。
「トーヤは、シャンタルを助けてくださらないかも知れません……」
「はあ?」
驚いてトーヤが言う。
「そんなことするかよ。ここまで準備して後は連れて逃げるだけだろ? そんなことしねえよ」
「いいえ、きっと助けてはくださいません……」
「いや、そんなことしねえって」
トーヤが困りきった顔になる。
「
「そうではないのです……」
マユリアが弱々しく首を振る。こんなマユリアを見るのは初めてだ。
「トーヤの問題ではないのです……トーヤのことは信用しています」
「だったら」
「いいえ」
きっぱりと言う。
「どうあってもシャンタルにお心を開いていただきます」
常にはないマユリアの様子にトーヤだけではなくキリエやルギですら戸惑っているのが分かる。
「分かったよ……じゃあ、まあ、できる限りやるか……」
トーヤの声が終わるか終わらないかのうちに驚いたことにルギがシャンタルの前に進み出た。
「シャンタル」
驚くほど優しい口調でシャンタルに話しかけた。
「マユリアのお心をお分かりでしょう、どうぞ、我々の声にお応えいただきたい……」
丁寧に頭を下げる。
「シャンタル……」
続いてキリエも近づき、手を取って声をかける。
「お願いです、どうぞお聞き届けください」
だがシャンタルは動かない。いつものように緑の瞳が空を写すだけだった。
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