第二章 第七節 残酷な条件
1 何のための
「あいつが不思議な力を持ってるってことは間違いねえ……」
「え?」
「いや、なんでもねえ」
ふうっとトーヤがため息をついた。
「まあ、一つ問題が解決したが、こっちの問題は全然解決してねえってことだ」
「はい、そうですね……」
「しかし、なんだよ、あれは。託宣はできるのに普通の話には全く反応しねえ。いっそしゃべれねえ聞こえねえ見えねえってのなら分かるんだが、話せて聞こえてて見えてるんだよな、あれ」
「ええ……」
「それとな、気になった」
「なにがですか?」
「マユリアが託宣は慈悲だって言ってた。ラーラ様もな。だからシャンタルはリルに、失恋して誤った道に進もうとするリルに気づかせるために託宣をしたってこった。だったらな、俺のこと、助け手が現れるってのは誰のためにやった託宣なんだ?」
「え?」
「俺が助けてやる誰かのために託宣をやったってことだろ?」
「はい、そうなりますね」
「マユリアやラーラ様は俺がシャンタルの命を助けるって言ったんだ。だったらシャンタルは自分のために託宣を行ったってことか?」
「言われてみれば……」
「運命を知るものがその運命を動かすようなことはしちゃいけねえらしい。だったら、自分の命が危うくなったから助けてくれって託宣するのは変じゃねえか?」
シャンタルが自分の運命のためにトーヤを呼んだとしたらそれはやってはいけないこと、試験の答えを知っていてズルしようとしていること、にトーヤには見えた。
「一体なんのためだ……」
知れば知るほど分からないことが増えていくように思えた。
その頃、ダルは自分に与えられた部屋へ戻ってリルと対面していた。
「あの、ダル様……」
「は、はい……」
「ごめんなさい!」
リルが思い切り頭を下げた。
「私、ダル様に断られてダル様が不幸になってしまえばいい、ダル様がお好きな人も不幸になってしまえばいい、そう思ってしまいました!」
「えっ……」
ダルが返事に困っているとリルが頭を下げた。
「私、あれから色々と考えました。そしてやっぱりダル様のことが、月虹兵でなくとも好きです」
「ええっ!」
「ダル様のお人柄が、その笑顔が、優しくて、そしてちょっと恥ずかしそうな、そんなダル様が好きだと思いました。大好きです」
「え、え、あ、あの……」
ダルが赤い顔をしてうろうろする。
「ですが、ダル様がおっしゃった通り、やっぱり自分は漁師のお嫁さんになってということは考えられない人間だということも分かりました、いえ、分かってました……」
「…………」
「ごめんなさい、漁師というお仕事を、商会の娘という私は、その、下に見ていたんだと思います。今ももしかしたらやっぱりそう思っているのかも知れません……許してください」
また頭を下げる。
「いや、いやいや、そりゃそうだよ~俺の仕事って海で汚れながら魚取るんだから、そりゃお嬢様から見たら嫌な仕事だよな、謝ることないって」
「いえ、違うんです、そういう私を正すために私は宮に入ったんです、行儀見習いをして心を磨くために。なのに全然分かっていませんでした、ごめんなさい」
「いや、もういいって」
「やっぱりダル様はお優しい……」
リルは、そう言ってにっこりと笑った。
「シャンタルのおかげで私はそのことに気づきました。シャンタルに、自分のことではなく相手のことを思いなさいと
「え、シャンタルが?」
ダルが驚いて声を上げる。
「はい。そしてやっぱり私はダル様が、そのままのダル様が好きなんです」
「あ、あの」
「だけど、だけど漁師のお嫁さんにはなれない、それもやっぱりそうなんです、だから、だから……」
リルの目にゆらっと涙が浮かんだ。
「だから、今は諦めます……」
「え、今は?」
「もしも、もしもこの先、もっと成長した私のこと、ダル様も好きだと思ってくれたら、そして私がお仕事のこと関係なくダル様と一緒に生きていけると思ったら、この思いが叶うこともあるんだとは思いますが……もういらっしゃるんですものね、お好きな方が……」
「……うん」
「では、ダル様もがんばってください、その方に思いを伝えてください、どうぞ思いが伝わりますように、お幸せでありますように」
「え」
「私、ダル様を好きになってよかったです」
「…………」
「だから、これからも、せめてお友達ではいてください」
「うん、うん、それは歓迎だ、うん」
「はい、よろしく」
リルはダルの手を取った。
「そして、そしてもしもダル様がアミさんに断られた時」
「え、え、ちょっと」
「その時に、私が本当にいい女だと気がついて、私を好きだと思ったら来てください。もしも私がまだ独り身なら、その時にまたダル様とのこと、考えてあげます」
「おいおい」
ダルが笑った。
「もしも私が誰も好きじゃなくて、ダル様が私を好きだと思ったらですよ? アミさんに振られて仕方なくではだめですよ?」
「うん、分かったよ」
「はい、では今日からまたよろしくお願いいたします」
「うん、こちらこそ」
ダルとリルはそうして手を取り合って微笑み合えた。
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