3 父親
そうしてギリギリまで努力は続けられた。
トーヤとミーヤだけではなく、ダルもリルも、ルギとキリエも必死で話しかけ続けたが、シャンタルが反応することは一切なかった。
「お部屋でマユリアとラーラ様も話しかけられているそうなんですが、そちらはなんと言うのでしょうか、元々通じ合っていらっしゃるお3人なので……」
聞くところによるとシャンタルは不思議がるだけだと言う。
「不思議がる?」
「ええ……どうしてあの者たちが毎日毎日自分に話しかけてくるのか、と」
「え、そんなこと言ってんのか?」
「マユリアがキリエ様におっしゃるにはそうらしいです」
「って、あいつ話せるのか?」
ミーヤが困った顔をする。
「託宣以外でお話になるのを聞いてらっしゃるのはマユリアと、それとラーラ様だけなのです」
「キリエさんは?」
黙ったまま首を振る。
「そりゃあ……」
十年、身近で自分の命をかけるようにして仕えているキリエにさえそうだとすると、やはり自分たちは無理と言うものだ。
「それにしても、あれだけ自分を殺してるキリエさんにすらそれだとはなあ……キリエさんもつらかろう」
ミーヤは返事に困った。
どうしたものかと考えあぐねていると、
「リルです、入ります」
息を切らすようにしてリルが部屋に入ってきた。
「どうしたの?」
ダルが驚いて聞く。いつもは上品なリルのこんな姿を見るのはあの時以来である。
「御誕生になられますよ!」
「え?」
リルが聞いてきたところによると、親御様が産室に入られたいうことであった。
産室は宮から少し離れたところに建てられた離宮の中にある。
お産も血を伴うことから穢れとされるため、奥宮から渡り廊下でつながってはいるが同じ建物内には造られてはいない。出産の時まで親御様はそこにある客室で過ごされ、出産後も体調が整うまで滞在される。
生まれたシャンタルはそのまま奥宮まで運ばれ、以後10年、宮から出ることはない。
「いよいよか……にしても親はかわいそうだよなあ、生んだ子に会わせてももらえねえんだろ?」
「それは……」
ミーヤは答えに詰まる。
ミーヤたちの常識では親御様がシャンタルをご出産になられるのは光栄なことなのである。だが、あらためてトーヤにそう言われると確かにかわいそうなことでもあると思わないわけにはいかなかった。
「また気になることができたんだが」
「なんでしょう」
「親御様ってのは母親だよな?」
「はい」
「じゃあ父親はどうしてんだよ?」
「お父上はトーヤが滞在していた客殿のお部屋におられるはずですが」
「え、親父も来てんのか!」
「はい、離宮に入られた親御様とお会いすることはできませんが、産後体調が整われるまでは客殿にご滞在です」
「1人でか」
「次代様の上の方がいらっしゃったらご一緒かも知れませんが、今回の親御様には先にお子様がいらっしゃらなかったそうですので、多分お一人かと」
「子供がいない、か……」
トーヤは少し考えていたが、
「まだ昼過ぎだな、ちょっと行ってくる」
「え、どこに?」
「親父って人に会ってくる」
「え、え、ちょっと!」
ミーヤが驚いて後を追うがさっさと部屋を出て客殿へ向かう。
「お会いしてどうするんです?」
「いや、ちょっと気になる」
「何がですか」
トーヤが足を止めてミーヤを見た。
「……そうだな、あんたも一緒に来てもらったらいいかな」
「え?」
「まあ、一緒に来いよ」
「え? え?」
疑問符でいっぱいのミーヤを連れて客殿へ行く。
「お父上のお部屋はこちらのはずですが、本当になぜです?」
「まあまあ」
トーヤはそうしか言わずに足を進める。
客殿のトーヤがいたのとは違う階、そこから離宮の方が見える廊下に面してその部屋はあった。そして部屋前に1人の男が立っていた。
「すみません、ひょっとして次代様のお父さんですか?」
廊下の窓から離宮の方を見ていたその男が振り返った。
見たところは30代といったところか。中肉中背、トーヤとそう変わらない体型でごくごく普通、これと言って特徴がない文字通りごく普通の男であった。黒い髪にほんの少し白髪が混じり、そしてすごく疲れた顔をしていた。
「あんたは?」
口調からすると一般的な人、特に上流とか裕福とかそういう感じはなく、トーヤやカースの人間とも気軽に話すぐらいの中流階級程度の人間と思えた。
「俺は、えっと、なんて言えばいいのかな。まあ色々あって宮に世話になってる人間です」
「もしかして託宣の客人とかいう……」
「あ、知ってます? そう、それです」
「そうですか……それで、どういったご用です?」
「もしかして、ですが、家具職人とかだったりしませんか?」
「え」
次代様の父親は少し驚いたが、
「ええ、そうですが、どうしてそれを」
「やっぱりか……」
トーヤがミーヤを向き直って、
「あんたの出身地はなんて場所だ?」
「え?」
なんでそんなことを聞くのかと不思議に思いながらミーヤがある村の名前を口にする。
「え?」
次代様の父親が驚いた顔になる。
「あなた、そこの村にいましたよね?」
男は警戒するような顔になる。
「いや、そんな怪しそうに見なくても大丈夫ですよ。このミーヤなんですが」
と、トーヤがミーヤの方を見る。
「おそらく、あなたが一緒に仕事をしてたある家具職人の孫だと思います」
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