12 洞窟

 ダルがランプで照らした洞窟内は、なるほど人工のものであると分かる作りになっていた。


「足元気をつけてな、暗いしちょっと滑るかも」


 ダルに続いてトーヤも足を踏み入れる。


 大人が二人が並んで十分通れるぐらいの幅と、立って歩いてもまだ十分な高さがある。もしかしたら、やはり馬も一緒につれて入ることも考慮されているのかも知れない。そのぐらいの高さを保ってずっと先に続いているようだ。


 足元は洞窟を掘り抜いたままの石の道だが、できるだけ平らかに整えられている。石畳ほどではないが、確実に「誰かが歩くこと」を想定して作られた、そんな地面がずっと続いている。

 

 壁面は、円曲していたり、真っ直ぐになっていたりとあまり気を遣って整えているようではないが、歩いていくには何も問題がない。むしろ、色々な形に削られた石の形、その凹凸でどのぐらい歩いたかの目安になるぐらいかも知れない。

 ところどころ、ろうそくか何かを掲げた焦げ跡のようなものもある。通る者がそこで一休みしたりすることもあるのだろう。

 


 どう見ても何かの目的をもって作られた巨大な洞窟だ。

 誰がいつ、こんな大層な物を、どういう目的で作ったものか。

 考えても分かるはずもないが、そのおかげでトーヤは真っ暗な状況から明るい場所へ抜け出せるかも知れない。


(どこのどなたさんか知らねえが、ありがたいこった)


 心の中でそうつぶやいた。


「どうした?」

 

 考えこむトーヤにダルが声をかけた。


「いや、思ってたより大きいなと思って」

「だろ? 馬に乗っては無理だけど、手綱を引いてならなんとか行けるから、王宮から馬連れて、どこかから出て乗って逃げることもできるかも」

「こりゃ、案外本当にそうなのかもな」

「ありえるよな」

 

 ダルもトーヤの言葉に同意する。


「だとしたら、なんで使われなくなってんだろうな」

「さあねえ、でもまあシャンタリオは平和だからな。もうずっと大きな戦もないし、単に必要なくなって忘れられただけかもしんねえな」

「そうしてカースの男たちの役に立ってる、ってか、愉快なことになってんな」

「全くだな」


 2人でケラケラと笑いあった。


 ランプの灯りではあまり遠くまで見えないが、最低限足元を照らして歩くのに何も問題はなさそうだ。


 洞窟の通路の壁際には苔むしているが、真ん中の通り道のあたりには何も生えていない。


「よく踏みしめられてるよなあ。こりゃ、みんなしょっちゅう使ってんじゃねえの~?」


 トーヤが冷やかすように言う。


「だからあ、使っててもそういうところ行くだけじゃねえってば」


 またダルが居心地悪そうにそう言うのにトーヤが笑う。


「分かった分かった、もしも使ってアミちゃんに知られたら困るもんなあ」

「ば!!」


 暗闇の中でもダルの顔から火を吹くのが分かるようだった。


「まあまあ、まかせとけって、トーヤ様がうまくうまく、取り持ってやるってば」

「いいってそんなの!!」

「遠慮することねえってば、親友じゃねえかよ」

「もう、いいから! 行くよ!」


 足を早め、前を向いてとっとと歩くダルの後ろ姿に、トーヤがニヤニヤと笑って付いていく。


 思った以上に歩きやすい道であった。カースの砂地に足をとられて歩くより、よっぽど快適に進める。

 

 しばらく歩くと進む方向の先にうっすらと、洞窟の中とは違う暗さが見えてきた。


「ほら、あそこが海だ」

「うん」


 さらに進むと夜の闇が次第に大きくなってくる。

 波が打ち寄せる音も聞こえる。

 潮風の気配もしてきた。

 

「ここまでだよ」


 ダルが言って洞窟から外を覗く。

 すぐ足元から打ち付ける波のしぶきを感じる。


「今夜は新月しんげつ大潮おおしおだから、すぐそこまで水が来てるんだよ」


 ダルが言う通り、洞窟の入り口のすぐ下にまで海面が上がってきているようだ。


「引き潮の時には、ほら、そこの階段みたいになってるとこから下に降りるんだ」


 と、洞窟の入り口の横を指差した。


 トーヤは言われたように洞窟から首を出して右側をのぞいてみる。

 崖を削り、海の中まで階段のようにつながっているのが伺えた。


「あれが砂浜までつながってるのか?」

「うん、干潮の時にはそれで砂浜に降りられるよ」

「なるほど、こっちも本格的に作ってあんだな」

「そうだな」


 階段のすぐ横、小さな船が2そうつないであり、波に乗ってゆらゆら動いているのが見えた。


「この船で行けるのか」

「俺は行ったことないけど、みんなこれで行ってるよ」

「そうか・・・」


 小さな船だが、これで行けるぐらいの場所に他の町がある。

 そして、その町からつながっている可能性があるのだ、トーヤの故郷まで。

 

 トーヤは顔を上げ、右の崖のずっと向こうを見た。

 かすかに灯りのようなものが見える気がする。


「あれ、あそこでちらちらしてるのがその町か?」

「そうだね、俺は行ったことないけど多分」

「そうか・・・」

 

 トーヤには、それがやっと見つけた暗闇の先の灯りに見えた。


 ざぶーんざぶん、波の音だけがこだまする。

 寄せては返す波が永遠に続く。

 この波の向こうに希望があるのかも知れない。


 そんなことを考えながらトーヤがじっと町らしき灯りを見ていると、突然ダルが言った。


「行っていいぜ、トーヤ」

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